294.丸投げ作戦は順調だ
落ちた4人は骨折していた。落下したからしょうがないと思ったのに、残る1人も骨折してる。全員左右の足首を揃って骨折するのは、偶然という確率ではあり得ないだろ。
「ヒジリ、あいつらを噛んだ?」
『主殿、聖獣の咬み傷は栄誉ですぞ。我が奴らに栄誉を与える理由がありませぬ』
「うん、わかった」
そうだよな、ヒジリの言う通りだ。疑ったオレが悪かった。
「踏んだの?」
『叩きつけただけですぞ』
叩きつけて足首が折れるって何? すっごい高いところから投げ落としたとか。でも大腿骨とかも折れそうだよね。
『僕知ってるぅ、首根っこ咥えて叩きつけたの』
ブラウがくねくねしながらバラした。そうか見てきたのか。影を移動すれば距離も時間も関係ないもんな。ヒジリは一切嘘をつかなかった。本当に叩きつけただけだったらしい。
首を掴んで投げたのに腰や背中が無事……つまり空中で足だけ器用に叩きつけた、と。サスペンスの完全犯罪目論む犯人みたいな計算だな。
『僕なら闇に引き摺り込むけど』
「厨二な発言はいらん。つうか、それだと死ぬだろ」
闇というとカッコいいが、足元の影スペースだ。確実に息の根止めて、物体……死体? じゃん。ヒジリを撫でながら、ジャック達に縛り上げられた犯人を眺める。落ちた際に折れた足首が粉砕骨折になったみたいだが、まあ問題ないだろう。王族の暗殺は未遂でも死罪確定だと聞いた。
「死体にして持ち帰るか、このまま運ぶか」
悩ましい。
「運んで裁判を受けさせよう。一番苦しい死罪を求刑してやる」
気合の入ったリアムの発言に、あちゃーと額を押さえる。皇帝陛下はお怒りのようです。腰に手を当ててぷんぷんと怒りを表明する可愛いお姫様の頬に、ちゅっと音をさせてキスをする。
「セイ?」
「運んでから考えよう。シフェル達の意見も聞きたいし」
「? わかった」
理由は理解していないが、運ぶことは納得した。そんな雰囲気で返答された。この世界の命は、本当に軽い。気をつけないと毒されちゃうか。平和な日本の倫理観や道徳が正しいか分からないが、オレは出来たら基準にしたい。銃廃止論者とかじゃないけどね。
「アーサー爺さんは、獣人の王様決めといて」
しっかりお願いし、オレは帰るメンバーを確認し始めた。
「転移するのはオレとリアム、ベルナルド、じいや。ジャック班……犯人か」
ジャック、ノア、サシャ、ライアンがそれぞれに犯人を引きずってる。体格のいいジャックが2人を纏めて拘束した。忘れた奴がいないか考えたが、まあ……思い出したら回収すればいいか。聖獣達は勝手についてくる。
「それじゃ帰還しよう。リアム、旅行はちゃんと準備してから行こうね」
「本当か? 旅行したい」
「叶えるから心配しないで」
簡単じゃないと思うが、旅行は可能だろう。シフェル達が反対するなら、転移で逃げる手も使えるんだから。
北の国に置いてきたジーク班は、逃げた貴族の捕獲に成果を出した頃だろうか。マロンを呼んでこそこそとお願いしてみた。聖獣なら国境もひとっ飛びだし、ジークもマロンの人型を知ってるから話してくれるだろう。
「ジークを見つけて、成果を聞いてきて欲しい。これは重要な任務だ」
重々しく頷くマロンに、もうひとつ追加した。
「南の国の契約だけど、可能ならジークと交わしてきてくれ」
ジークムンドが承知するか分からないが、マロンが愛らしくお願いすれば通りそうな気がする。マロンは嬉しそうに笑うと馬に戻り、空に駆け上がった。見送るオレの背に、ブラウがぼそり。
『マロン、騙されてない?』
「騙されてない」
言い切って足元へ魔法陣を描いた。光が踊りながら文字を作り出し、模様を描いていく。完成した魔法陣に関係者を乗せ、オレは官舎の入り口へと飛んだ。
犯人を引きずって移動するジャック達を見送り、じいやがリアムとオレをお茶に誘う。ベルナルド付きで官舎に足を踏み入れ、がらんとした静かな食堂を見回した。そうか、みんな北の国で働いてるんだっけ。
常に多くの傭兵で賑わっていた官舎が、こんなに静かなのは初めてか? オレが全員を引き連れて出かける時は、戻ってくるのも一緒だったし。
じいやが手早くお茶を淹れる手元を見ながら、根拠のない不安でリアムの手を握る。強く握り返されて顔を上げ、息をのんだ。ほわりと柔らかな笑みを浮かべたリアム……どう見ても女性にしか見えない。出会った頃の凛々しい姿も素敵だけど、今の彼女は本当に、ただただ綺麗だった。表現できない自分がもどかしい。
照れた様子のリアムが何度か唇を湿らせてから、小さく呼びかける。その声に耳を傾けた。何を言うんだろう。近づいてキスで塞いでみたい。
「セイ、私は」
ドキドキしながら続きの言葉を待つオレの耳に飛び込んだのは、女性の声だった。世間的には美しいとか麗しいと表現される美女の叫び声は、しかし愛しいリアムのものではない。
「いた!! 転移魔法陣の仕組みを教えなさいよ、キヨ! 私とあなたの仲じゃない」
「キヨ様と呼べ! それと仲はない」
思わず叫び返していた。いいとこだったんだ、キスできそうな雰囲気もあったし、邪魔者もいないはず。そう思っていたのに、誤解されそうな言葉を撒き散らしながら、メッツァラ公爵令嬢は飛び込んできた。ドレスではなく、魔術師のローブ姿だ。宮廷魔術師の資格があるんだっけね。
「ヴィヴィアン嬢、久しぶりだ」
切り替えた皇帝陛下バージョンのリアムが返答し、オレは崩れるように机に顔を押し付けた。くそっ、くそ。邪魔するタイミングが兄妹そっくりだぞ。嫌なタイミングで現れやがって。
「よくやりました、ヴィヴィアン。おかえりなさいませ、陛下。ついでにキヨ」
オレはついでか? シフェルの声に全身から力が抜けた。キスのチャンスは遠のいていく。悔しいが一度諦めるか。深呼吸して気持ちを落ち着けながら、入ってきたメッツァラ公爵と妹令嬢に向き直った。
じいやがお茶のカップを足していく。手際良く菓子も追加された。場所が傭兵の官舎じゃなけりゃ、優雅なお茶会そのものだろう。
「セイ、こちらを向いて」
言われるまま隣を向いた瞬間、するりと白い手がオレの頬を撫でる。嬉しいのと驚きでフリーズした。近づいた蒼い瞳と見つめ合いながら、触れて離れた柔らかさを追うように手で唇を押さえた。
一瞬だけ触れて離れたのは、間違いなくリアムの唇。甘い香りとしっとりした温もりが残っていた。
「いま……」
「先に部屋に戻っている。後で来てくれ」
「あ、うん」
もちろん。夕食を一緒に食べようと約束して別れ、ベルナルドに送っていくようお願いした。そこまでは理性を保っていたのだが、彼女の姿が視界から消えた途端に椅子から転げ落ちる。掃除しても汚れが目立つ床を転がり、うおおお! と絶叫した。
「キスしちゃった」
「キヨ、落ち着きなさい。今のは幻覚です」
幻覚で片付けようとするシフェルの震える声、素敵と踊りまくる宮廷魔術師ヴィヴィアン嬢。そして、感情の見えない笑みを浮かべて叱るじいや。
「キヨ様、お召し物が汚れます。作法としても問題がございますよ」
「わかってるけど、あと5分だけ見逃して」
転がりながら昂る感情を散らし、オレは約束通り5分後に起き上がった。汚れた淡い金髪を手櫛で撫でながら、まだ緩む口元を引き締める。
「最高に幸せなんだけど」