293.国主とお菓子は同等か
屋敷の外の敵はあらかた排除した。東の国を獣人達に解放するとして、国を纏める代表者が必要になる。集まった獣人達に説明をしたが、誰もが嫌がった。国ができて守ってもらうのは嬉しいが、面倒な役割は誰かに押し付けたい。わかりやすい理屈だった。
「うーん、誰がいいか」
唸りながら食卓へ向かう。ノアとじいやが動いたので、問題なく配膳された味噌汁とおにぎりに手を合わせた。
「いただきます」
「「いただきます」」
「「「いがか(た)きはす?」」」
慣れた傭兵以外は奇妙な発声だったが、ここはスルーだ。意味も分かってない状況で、単語だけ教えても仕方ない。傭兵達の食事風景と大差ない、マナーなしの獣人達を見ながら、味噌汁に口をつけた。ん、ちょっと塩っぱい。赤味噌? いや、入れ過ぎか。せっかくの出汁が台無し……あれ? じいやが確認したんじゃないの。
「じいや、味見……してないね」
眉を顰めた一瞬の変化を見逃さず、オレは苦笑した。リアムは気にしてないし、ノアも平然としている。日本人には塩っぱいが、中央の国の味覚では問題ないようだ。ということは、味見担当はノアだったか。
おにぎりは塩気が強いこともなく、普通に美味しかった。この米もじいや提供らしい。焼き魚はししゃもに似てるが、味はやや苦かった。獣人は平然としているが、侍女やアーサー爺さんは不思議そうな顔をしている。やっぱりリアム達は平気だった。味覚的に一番味付けの濃いのが中央の国なのか? 単に色々な食材を口にする豊かさがあるから、変わった味でも気にしないのかも。
食べ終わる頃、リアムがぽつりと提案した。
「アーサー殿に国を預けてはどうか」
「……なるほど」
確かに宰相だったので国を運営する能力はあるし、国王を誰か獣人にして補佐についてもらう。それなら獣人も人間も住みやすいだろう。
「ほっほっほ、もう隠居した身ですぞ」
「残念だったね、アーサー爺さん。オレは使える者は猫でも使うクチだよ」
にやりと笑った後ろから、じいやに指摘された。立ってる者は親でも使え――の変形だが使う場所が違うそうだ。日本人がいなければバレなかったものを。
「東の国は任せよう。えっと聖獣は誰だっけ」
ヒジリが中央、西はブラウ、北がコウコ……マロンはどっち? ちらりと視線を向けると、大人しく子ども姿で食べていたマロンと目が合う。首を横に振られた。南の聖獣がマロンだな。
「スノー、お願いがあるんだけど」
自分で採ってきた果物を齧るチビドラゴンは、こてりと首を傾げた。ぺたぺたとテーブルを歩いて近づき、足元から新しい果物を取り出す。そっと差し出してきた。でもって手に持った食べかけを隠す。
「お前から果物取る気はないけど、傷つくぞ……」
泣き真似をすると、焦った様子で駆け寄った。果物の果汁に濡れた手でオレの髪を撫でる。
『私はそんなつもりじゃ、ああ……主様が泣いて……ちょ、マロン引っ張らないでください。あ、千切れるぅ』
尻尾の先をマロンに引っ張られたスノーへ、ちらっと視線を向ける。両手で顔を覆ったオレと目が合い、慌てて覗き込んできた。
「スノーにお願いがある」
『はい!』
「東の国を維持するために、アーサー爺さんか獣人の誰かと契約して」
『……はい?』
疑問系だが了承を得たと判断するぞ。はいって言ったよな! 強引に決めたが、これで東の国の独立は保たれる。全部の国が中央に併合されたら事件だし、今後、貴重な食材が入手不可能になるから。
「マロンは傭兵の中から選んでくれたらいいぞ」
オレによく似た子どもの頭を撫でて微笑むと、照れながらジークムンドを指定した。以前にオレに似てるからとお菓子をもらったそうだ。主君を変える気はないが、王族としての土地契約に応じると口にした。
ジーク、どんだけ高額な菓子をやったんだ? じゃなくて、わらしべ長者みたいな展開だな。
「東と南の国は一段落、帰ろっか」
いつの間にか戦いに興じてたが、そもそもオレはジャック達を回収に来ただけなのだ。絨毯爆撃してる場合じゃなく、中央の国に帰ってリアムの婚約者としての地位固めをしたい。その辺はシフェルやウルスラがなんとかしてくれると思うけど。
「帰るのか? もっと他の国も見たい」
「うん、旅行するか」
オレの決意はリアムのお強請りひとつで流れた。砂のように崩れ去り、あっという間に飛ばされる。にこにこしたオレに、じいやが釘を刺した。
「キヨ様、先に片付けることがおありでしょう」
言われて考える。今後の展開として、騎士団の粛清はシフェルに任せた。ジャック達も回収したし、東の国は獣人とアーサー爺さんが采配してくれるんだよな。南の国は一度帰ってから、ジークムンドに話して。北の国は建て直しだけだから、ジーク班の傭兵が財産を没収して国庫に収めたら終わり。西の属国は、唯一残った王女様が結婚したら国を独立させて、中央から切り離せば問題なし。
「何か問題残ってたっけ?」
解決し忘れた事件があったかな。そんなニュアンスで尋ねたら、大きく溜め息を吐かれた。
「皇帝陛下の配偶者となられるなら、もっと学ばねばなりません。知識もさることながら、今後は付き合う国の貴族も覚えていただく必要がございますし。マナーや礼儀作法も中途半端のまま。これでは執事として面目が立ちません」
きっぱり「礼儀知らず」と言い渡された。潔くここは認めよう。日本のニートが王侯貴族のあれこれを完璧にこなすのは無理だ。幼い頃から自由奔放に生きてきて、お箸の持ち方くらいしか注意されなかった。だから立派なニートに成長したわけだが。
この世界でリアムの配偶者として暮らすには、まだまだ学ぶことがある。戦場を駆けるより大変な勉強と礼儀作法、ダンス、人との付き合い方……突きつけられた現実に肩を落とした。
「頑張る、明日から」
「今日から頑張ってください」
おう、引導を渡されるって……ここで使うんで合ってる?
『主殿、運んできましたぞ』
ヒジリがのそっと影から顔を出す。そういや、オレを狙撃した犯人を連れに行ってたっけ。影から出てきたが、犯人は生きたまま連れてくる約束だったな。
「犯人は?」
『外ですぞ』
言われて窓から外を見たオレは、言葉を探した。ほら、あの……鳥が獲物を枝に刺すやつ……生け贄? じゃない。思い出せないが、5人が向かいの建物の窓にある柵にぶら下げられていた。
「じいや、あれ……生け贄みたいな単語」
「早贄ですかな?」
「そうそれ」
奥歯に挟まった繊維質みたいな違和感が取れる。すっきりした。生け贄、結構いい線いってたな、かなり近かったぞ。
「全部生きてる?」
『ここへ運んだ時は生きておったが』
責任は持てない。けろりと物騒な発言をした黒豹は、ぺたんと座り尻尾を揺らす。あれか、褒めて欲しいんだな?
飛びついて全力で撫で回し褒めた。嬉しそうにしながらオレの肩を噛み砕いたヒジリは、ちゃんと治癒してくれる。だが痛いから手首くらいまでにして欲しい。あれか、一度折れた骨は丈夫になるから全身噛む気か。
ヒジリとのスキンシップに勤しむオレに、びりっと不吉な音が聞こえた。窓の外? 悲鳴と何かを叫ぶ声が響き渡り、引っ掛けた襟が破けた男が転がり落ちる。それを見てパニックになった別の男も転がり……最終的に1人を残して全員落下した。