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292.味噌汁のいい香りがする

 自称最強の青猫は、意気揚々と獣人達の援護を始めた。飛んでいくカップは、安い物を使ったが……時折高級品が混じっている。見つけて悲鳴をあげる侍女もいたが、命優先なので見逃して欲しい。


 ヒジリがまだ帰還しないため、マロンに手伝いを頼んだ。スノーは単独で空を飛び、あちこちで爆弾を落とす予定だ。


「タチの悪いテトリスみたいだ」


 ゆっくり落ちて横移動や向きの変更をしながら、空白を埋めるゲームによく似ていた。落下場所を風で調整しつつ人の上に落とす。地面に触れたところで爆発するのだが、ヴィリの爆弾は早々に引っ込めた。威力が強すぎて、ちょっとゲームのバグみたいになってる。


 カップ爆弾を収納から取り出し、火をつけて落とす。マロンは軽やかに空中を走り、たまに飛んでくる銃弾を蹄や角で叩いた。


「マロンは動体視力がいいんだな」


『胴体ですか?』


 うん、今日も自動翻訳は順調にバグってる。動くものを識別する視力だと説明し直した。今度はきちんと通じたらしい。


『銃弾くらいなら、寝ていても落とせます。ゆっくりすぎて退屈なくらいです』


 奇妙な表現なので説明を頼んだところ、某ハリウッド映画のスロー再生っぽい戦闘シーンのように、すごくゆっくり見えるそうだ。普段は面倒なので使わないらしいが、額にもう一つ目があるんですと言われた。撫でてみたがよくわからない。


「便利だな」


『目が疲れるんです』


 負担がすごいのか。この世界にあるかわからないが、ブルーベリーが効きそうだ。


 話す間にも爆弾を投下していく。避けようがないと思うのに、投げ返そうとする猛者が出た。掴んで爆発前に上に投げる。うん、気持ちはわかる。何がしたいかも理解した。ただ……この世界にも重力は存在している。地球のように丸いかどうか知らないが、重力があるから紅茶は注げるし、人が浮いたりしなかった。


 上からは手を離すだけで敵に当たるが、下から投げてもオレには届かない。万が一近くまで来ても結界で無傷だし、マロンが蹴り飛ばすだろう。案の定途中で推進力を失って、重力に引き戻された。


「ご苦労さん」


 どかんと爆発した地上に声をかけ、逃げ出す連中を追いかけ回すスノーを呼び戻した。


『主様、もう終わりですか』


 楽しかったのに。とんでもない感想を口にする聖獣は、以前に戦ったドラゴンの半分程度の大きさで愛らしく首を傾げる。3階建くらいかな。スノーの大きさを測りながら、手招きした。するすると空中で小さくなり、チビドラゴンはマロンの鬣に掴まる。


「もう帰ろう、ご飯の時間だ」


『『はい』』


 マロンとスノーが声を合わせて了承し、ブラウに「終了」と合図を送る。勝ったと鼻息荒い彼の様子に、スノーはくすくすと口元を押さえて笑った。


『ブラウは単純ですね。主様に勝てるわけないのに』


「そういうことを言わない。気分良く働かせるコツだぞ。ブラウは褒めれば出来る子だ」


『僕は?』


 マロンが尋ねる。背で揺られながら、考えて答えを出した。


「マロンとスノーはやればできる子、コウコは頑張り屋さん、ヒジリは天才かな」


 反論されず納得された。ヒジリに関しては先回りする能力が高すぎて、まるで執事のようだ。じいやといい勝負だな。


「帰ったよ」


 半分も散らせばいいと考えた作戦だが、ほぼ全員片付けていた。逃げた奴が7割ほど、倒れているケガ人が1割か。殺傷能力は下げておいたので、死者は2割前後。バズーカ持ち出したりしてたから、そういうタチの悪い奴は最初に潰した。あんなもの屋敷に打ち込まれたら、リアムがケガするかも知れない。


 命が軽い世界では、過剰防衛くらいでちょうどいい。すっかりこの世界に染まったオレは、鼻歌を歌いながら屋敷に帰還した。ああ、味噌汁のいい香りがする……。


「味噌汁?」


 急いで向かった厨房は、じいやの独壇場だった。リアムは味噌汁をかき回す役を担当し、ベルナルドは食器を丁寧に拭く。すでに調理が終わった道具を片付ける料理人の脇で、じいやがカトラリーを磨いていた。


「ただいま、リアム」


「おかえり。セイのために味噌汁を教えてもらった」


 沸騰させないように気を使いながら、護衛のコウコが弱火を維持している。リアムもコウコも褒めた。覗くと出汁のいい香りがして、じいやの仕業だと気づく。鰹節やら味噌を渡していかなかったからね。じいやの収納部屋から出てきたんだろう。


「じいや、ありがとう」


「いえいえ。キヨ様のお役に立てて安心しました。陛下もお上手でした」


 さり気なく褒められて、リアムが嬉しそうだ。今まで何もさせてもらえなかったから、余計に嬉しいみたい。火傷や包丁で手を切る心配がなければ、今後もリアムに料理を覚えてもらうのは歓迎だ。手料理食べたいし……ここはオレの夢だ。可愛い恋人に作ってもらう朝の味噌汁、愛しい奥様の煮物を楽しみに帰宅するオレ。もちろんオレも作るけど、やっぱ憧れはある。


 時々でいいんだ。お菓子とか作ってもらっても嬉しいけど、やっぱり味噌汁かな。ニヤニヤしながら、戦果を報告した。ベルナルドは驚いて食器を落とし、割れた皿を片付ける。じいやの目が冷たいけど、たぶん気のせい。頑張れ、ベルナルド。元侯爵でもじいやは容赦しないぞ。


 献立を聞いたところ、味噌汁、白米のおにぎり、焼き魚だった。漬け物はまだ浅いらしく、明日の朝には食べられるとか。突っ込んでいいのか迷ったが、オレはじいやに向き直った。


「なんでカトラリーを磨いたんだ?」


「執事らしいかと思いまして」


 なるほど。カトラリーは純銀に近い財産で、毒の確認以外に持ち出しやすい資産として執事の管轄だ。中世風ファンタジー映画で観たから知ってる。


「じいや、ここは他人の屋敷だから……オレの執事が磨く必要はないと思んだけど」


「あまりに曇っておりましたので。いくら戦時中といえど、どのような状況でも使えるよう磨いておくのが、執事の役目でございます」


 どのような状況でも? オレの脳裏には別の翻訳が流れた。あれか、最後の晩餐!? いざ自決の時の最後の食事で、曇った銀食器なんざ使えねえよ――という、覚悟だ。


「うん、任せる」


 にっこり笑って丸投げした。そんな状況になる予定はないし、危険だと思ったら転移で逃げるけど。備えあれば憂いなし……ここで使っていいかはオレに聞くな。


「セイは難しい話ばかりしている」


 むっと唇を尖らせる可愛い未来のお嫁さんに、にっこり笑って頬にキスをひとつ。反対側にも追加だ。機嫌が良くなったリアムのお玉をノアに託し、オレは彼女の手を引いて庭へ出た。


 多くの獣人達が休んでいる。彼らは屋内より屋外を好む。それは奴隷生活のせいではなく、本能のようだった。寝るときは屋内でもいいが、出来るだけ解放された場所にいたいらしい。


 そういった説明を交えて、東の国を一度併合してから獣人の国として独立させたいと話した。黙って聞いたあと、リアムは言葉を選びながらいくつか指摘する。


「獣人の国は構わないが、他国との軋轢が生じる。半数は人間を入れられないだろうか。それと他国へ逃げた元住民の権利を保障する必要があるし、他国への根回しも必要だ」


 中央の国と北の国は問題ない。直接国境を接する南の国は調整が必要だった。西の国は離れ過ぎているし、属国なので異議は挟まない。


「南か、王族を排除しちゃったんだよな」


「いっそ、傭兵や孤児達に新しい国を作ってもらったら? 戻る場所が出来れば、彼らも定住するだろうし」


 思わぬ発言にリアムをじっと見つめる。それからオレはにっこり笑って頷いた。


「いいな、それ」


 異世界の常識に感化されたか。この世界で最高位の皇帝陛下が、最下層の傭兵や孤児の心配をする。何故だか、誇らしくて胸が熱くなった。

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