289.事情はわかった、反撃だ(2)
「ほら、治療するから手を出せ」
「キヨ、もう東に帰ってきたのか」
「うん、転移があるし。ジャック達とも合流した」
言いながらライアンの汚れた赤い手を掴む。治れ、治れ、とにかく綺麗に元通りになれ。思いつく文言で快癒を願った。オレの治癒能力の使い方はおかしいらしいが、正常な使い方を見たことがないからこれでいい。魔力をとにかく大量に送り込んで、治るように祈るだけだった。
「もういいぞ」
手足も無事だし、内臓も損傷してなかったらしい。その意味ではノアの方が重傷だった。魔力の消費量が圧倒的に少ない。絆創膏もどきを収納から出したら、ノアが率先して受け取り、表面の痣に貼り始めた。サシャも手伝う。
「なんで捕まってるんだよ」
浄化を使ってライアンの身を綺麗にする。絆創膏貼る前に、まず傷口を洗えっての。このおおざっぱさが傭兵らしいけどな。文句を言いながら、パンを渡してナイフで縦に切れ目を入れた。そのまま齧ろうとしたライアンを待たせて、間に肉野菜炒めの残りを挟む。これはオレの夜食用だったが、他に適当なおかずがないから譲ろう。
「いただきます」
きちんと挨拶して食べているが、じいやが怪訝そうな顔をした。挨拶ではなく、ライアンが声を顰めないことが気になったらしい。
「ここの牢の監視は?」
「いない」
ライアンは答えだけ寄越すとパンに齧り付く。
「「「は?」」」
思わずハモったオレ達にライアンが説明したのは、驚きの状況だった。ジャック達と逸れたのは、敵を分断する目的だ。実際4割近い敵を引き付けて駆け込んだ森の木によじ登り、狙撃で半数まで減らしたという。その後は息を殺してやり過ごし、夜になって敵が引き上げたところで街に戻った。
灯台下暗しだっけ? 森の中で野宿するより安全で、暖かい。彼の判断は間違いじゃなかった。そのまま元貴族の屋敷に潜り込み、応戦で傷ついた体をここで休めていたのだ。前から思ってたけど、理知的な顔立ちのくせに本能むき出しの判断が多いよな、ライアン。
「思ったより広い」
部屋を見回したベルナルドが「よい場所だ」と言わんばかりに唸り、じいやは鉄格子の外を警戒していた。
「セイ、私は牢に初めて入った!」
嬉しそうなお姫様に、笑みが漏れた。
「普通は一生入らない場所だもんな、皇帝陛下」
茶化す口調に、ふふっとリアムも笑った。オレは先日放り込まれたけど、普通は王族や皇族が牢にぶち込まれる事態は考えづらい。入れられるにしても貴賓室に監禁くらいだろう。
「ライアンが捕まって拷問でもされたかと心配したんだぞ」
口いっぱいに頬張ったパンを噛む男の頬を、つんと突いて文句を言う。自分から牢に入るあたり、考え方は柔軟なのか。どうりで捕まったと表現した時、変な顔をしたわけだ。
「ジャック達との合流、ライアンの回収が終わったから……えっと、次はレイルの組織の様子を見に行って、大丈夫そうならアーサー爺さんの救出に向かおう」
指折り数えて順番を確かめる。時々やらないと、何か抜けるんだよ。買い物して帰宅した後に「あ、買い忘れた」って経験ないか? オレは結構多いんだが腹立つんだよな、あれ。
「アーサー殿は最後でいいのか?」
心配そうに尋ねるリアムに大きく頷いて理由を説明した。
「レイルの組織は民間だし、戦い専門の実行部隊はいるけど……基盤が弱い。あの建物に立てこもっても、すぐに突破されちゃうだろ? だから死傷者が出やすい状況なんだ」
頷くリアムを待って、続きを説明する。
「でもアーサー爺さんは屋敷だ。貴族の屋敷ってのは、ある程度立て篭れるだけの備蓄や装備があるし、騎士や兵士も雇ってる。余裕があると思うよ」
多分だけど……元宰相閣下のお屋敷なら、抜け道も作ってると思うんだ。地下道を抜けて、町外れの井戸に出るとか。通常は秘密だから存在自体口にしないけどね。
「なるほど。さすがはセイだ。それに王侯貴族の屋敷は抜け道もあるから、危険が迫れば逃げる方法もあるな」
「ああ、地下の一番左の樽の裏に扉が隠してあるんだ」
……普通秘密なんだよ、それ。あっさりと逃げればいいじゃんと抜け道の存在を暴露する皇帝陛下と、抜け道の場所を事細かに説明する元跡取り息子。これは信頼されてると思ったらいいのか。それとも叱る場面か?
『主殿、捕まえた狙撃犯は持ってくるか?』
持ってくる? 物騒な表現だな。
「生かしておいて」
『ならば咥えて運ぶゆえ、許可が欲しい』
「うーん、仕方ない。いいよ」
嬉しそうに尻尾を振ったヒジリが影に入っていった。犯人とやらを咥えて空を走る黒豹、雰囲気はファンタジーだが絵面はシュールだ。死にはしないだろうが、恐怖で反省してもらうのは大切だよ、うん。別に嫌がらせじゃないぞ。
「情報屋の拠点に移動だ」
「「「おう」」」
食べ終わったライアンも異論はないらしい。ノアの顔色も良くなってきたし、戦力に問題はない。転移の魔法陣として使用する円を描いて記憶の中の魔王召喚の魔法文字を並べた。装飾過多と批判されてたが、オレはあのゲームの魔法陣好きだぞ。じっくり眺めてニヤついてた時期が、今こうして役に立ってる。この世界の奴らが発動できない魔法陣で、なおかつ厨二心をくすぐるデザインは完璧だった。
「ブラウ〜、この間のレイルの拠点、覚えてる?」
『僕が覚えてるわけないじゃない』
「だよな、聞いたオレが悪かった」
ぷいっと他所を向いて次は誰を呼ぼうか考える、フリをしたら?
『ちょ、嘘。僕が覚えてるよ』
「じゃあ、本当かどうか。先に行ってみてくれよ」
むっとした顔でブラウが空を走っていく。え? アイツ、影から移動すれば速いのに。まあいいやと見送り、ブラウの魔力を辿る。ほぼ一直線に走った猫は突然止まった。どうやら到着したらしい。
「よし!! 行くぞ」
ライアンを加えた全員で転移する。非常識な量の魔力はいまだに尽きる様子はなく、お陰で楽して反撃できそうだった。教会の場所が曖昧なので、座標に送り込んだ青猫を終点として指定した。このために呼んだんだからな。
瞬きの間に移動した場所は、庭の茂みの影だった。目の前に騎士のマントがひらり、慌てて結界を張る。透明に向こう側が透けるけど、中の人は見えない都合のいいガラス玉。咄嗟だったので、音を防ぐ効果を忘れた。慌てて付け足す。
「……むぐ」
口を自分で押さえたリアムの後ろで、ほぼ全員が己の口を塞いでいた。オレは振り返って「問題ないぞ、音は消した」と伝える。途端にベルナルドが大きく息を吸い込んだ。お前、もしかして口と一緒に鼻を塞いだな?
「それじゃスノー、マロン。協力してくれるか?」
『頑張ります』
『僕だって役に立ちますから』
スノーもマロンも素直で可愛い。抱き着いたチビドラゴンとポニーを撫でながら、マロンにお願いした。
「人の姿で探りに行って欲しい。あの建物の中に出て、手紙を渡してくれるか。これはマロンにしか頼めない重要任務だ」
半分は誇張したが、半分は本当だ。子どもの姿だから紛れ込めるし、いざとなれば影を使って逃げられる。オレが行ってもいいが、この場のメンバーを危険に晒すのは無理だった。リアムがいるから。
大きく頷いたマロンの目が輝いて、嬉しそうに笑う。可愛いから頭を撫でてやった。手紙には状況を知らせて欲しいと書いたが、そこで気づいた。
「読めるけど、書けないんだっけ?」
この世界のルールだ。話せる言葉は読めるが、習わないと書けない。つまりオレが渡した手紙を組織の子は読めるが、返事が書けないのだ。マロンに伝言を頼むしかないだろう。
『僕が覚えて持ち帰ります』
「うん、頼むな」
書き終えた手紙をマロンのポケットに隠し、影に飛び込む子どもを見送った。あの姿だと少年兵みたいで可哀想な気がする。でもカミサマの分身だからオレより年上か。




