289.事情はわかった、反撃だ(1)
話を聞き終えて一言目はこれだ。
「馬鹿なの?」
死ぬの? 死にたいの? ったく、腹立たしい。ムッとした顔で吐き捨てたオレの肩をリアムが撫でる。落ち着けと諭す指先を掴まえて、唇を押し当てた。
「セ、セイ」
「ありがとう、落ち着いた」
お礼を言って深呼吸する。腹が立ち過ぎて胃がムカムカした。感情が刺々しくなるのを、必死で抑え込む。
新たに獣人国を作るから、東の国から移住しろ――アーサー爺さんが命令を出したのは、数日前らしい。元宰相の言葉に従ったのは平民のみ。貴族と准貴族待遇の連中は反発した。当然だ、彼らの財産には土地や家屋が含まれる。領地を持っていけないから、今後の生活の保証がなかった。
この点は平民も同じ条件だが、平民は逞しい。新しく耕す畑を用意する約束をしたら、すぐに準備を始めた。移動を始めた平民の保護を優先したジャック達は、東の国にいた傭兵達に金を払って契約し、護衛を頼んだという。お陰で大きなトラブルもなく、南や中央に向けて出発した。将来的には北や西にも流れてくるだろう。
傭兵とコンタクトを取るためにジャック達が外へ出たタイミングで、貴族連合が動いた。準貴族とは騎士や兵士の一部に与えられる、一代限りの称号だ。それが剥奪されるとなれば、騎士達も拳を振り上げて反発した。そんな連中に取り囲まれた爺さんは、当然だが籠城を選んだ。中央の国の騎士達を引き上げさせた後だったので、籠城しても備蓄が足りると判断したらしい。
戦う為に必要な最低限の装備と備蓄はある。約束したオレが戻って来るのが早いか、ジャック達が応援を呼ぶのが先か。忍び込んで連絡を取ったジャックは傭兵の手を借りようとした。傭兵は金で動く、仲間意識も強い連中だ。声を掛けている最中に襲撃され、ライアンは途中で逸れたらしい。
ジャックを狙った銃弾から庇う形でノアが腹を撃たれ、サシャとジャックが守りながらここまで逃げたという。
「事情はわかった。でもって獣人達はどこへ逃したの?」
「レイルの組織が半分、一部は南へ逃れて、あとは祖父さんの屋敷だ」
逃げ込んだらしい。体力がある男は南へ逃し、女子供はアーサー爺さんかレイルの組織が保護した。及第点どころかほぼ満点の対応だ。
ノアは傷が治ったものの、怠さは抜けていない。顔色が悪かった。しかしマメさを発揮し、サシャの肩に絆創膏もどきを貼り付ける。ジャックはすでに貼り終えていた。
「なんでジャック達は応援を呼びに走ったんだ?」
一緒に籠城して、防衛戦の指揮をとりながらオレに連絡すればいいのに。眉をひそめてそう告げると、驚いた顔をされた。え? なんで??
「どうやって連絡するんだ?」
「連絡方法、何か渡さなかったっけ」
渡したような気がする。唸るものの、自信はない。何しろあの時は、リアム欠乏症で頭が死んでたからな。
「渡してないなら悪かった。数日前なら、まだ落ちてないだろ。アーサー爺さん救出に向かう前に、ライアンの回収か」
レイルの組織は大きいし、戦う実行部隊もいるから問題ない。もしトラブルが起きれば、連絡が……あれ? そういや、レイルが何も言わなかったのもおかしい。
「レイルの組織の状況も確認した方がいいな」
レイルに連絡できない状況で膠着してる可能性が出てきた。頭の中で順番を確認する。
「ライアン回収、レイルの組織の確認、爺さんの救出、馬鹿を粛清する……忘れ物ないよな」
「問題ないと思うぞ。中央から兵を派遣するか?」
リアムが思いがけない提案をしてくれたが、首を横に振った。
「呼んでも着く頃には終わらせるからいいよ」
チートの本領発揮、舐めるなよ!? 今回の反逆者共には目にもの見せてやるぜ!!
まずノアは後方戦力とする。理由はリアムの護衛だ。ベルナルドを前衛に出すから、代わりに守って欲しいと伝えた。じいやも接近戦なら合気道で応戦可能で、身を護るくらいの銃の腕前はある。リアムの護衛としてコウコもつけた。尻尾を振る彼女は、リアムの影に潜む。
ほぼ完ぺきな布陣だった。現在望める最高峰だぞ。リアムはじいやとコウコが守り、体力が落ちたノアの安全も確保できる。その上、ノアがいれば緊急時の対応も万全だろう。何しろ気遣いのオカンだからな。
オレはジャック達を引き連れて、ライアンと合流からスタートだった。分散する戦力は集めるのが大事。当然だけど、リアム達をここに置いて行くことはしない。正直、オレの近くが一番危険で一番安全なんだよ。狙われる可能性が高く多少怖い思いをしても、一緒がいいと言ってもらえて浮かれてるのもある。
「ライアンだけ、来い! って召喚出来たら便利なのに」
ほら、あの使い魔を呼び寄せるみたいな? 使役獣もそうだけど、契約してると呼べるやつ。傭兵も契約してるんだから、召喚出来たら便利だ。ぼそぼそと呟くオレの言葉に反応したのは、足元から顔を見せたヒジリだった。
『しょうかん? とやらは知らぬが、転移を応用すればよいのではないか? 我が主殿ならば可能であろうよ』
「おお、ヒジリ。久しぶり。こないだの狙撃犯捕まえてくれた?」
するりと外へ出てきた黒豹は、ぺろぺろと前足の肉球の手入れをしながら誇らし気に頷いた。ブラウと違うからね、間違えて殺しちゃう心配はないし。確実に捕まえてくれると信じてましたとも。
「転移の応用っていうと……」
想像できる魔法が思い浮かばない。やっぱり召喚魔法陣か? 魔族呼び出し用を使った転移魔法陣は範囲確定用だから、あれの応用で誰かを連れて来れる認識で合ってる? 怖いからいきなり試すのはやめよう。まずは物や小動物からだ。この場でライアンに転用して、足や腕だけ届いたら泣ける。
「その辺は実験してからね。いきなり使って失敗したら怖い」
「まあ、首だけ届いてもなぁ」
「使われても嫌だ」
ジャックとサシャが苦笑いする。そうか、手足じゃなくて首が届く可能性もあったんだ。余計に怖いから使わない。
「オレが同行しての転移なら問題ないだろ。魔法陣の輪から出なけりゃ手足が欠けることもない」
大きめに描いた魔法陣に全員で飛び乗る。ヒジリも興味深げに文字を眺めながら乗った。スノーが最後に雪の小人を連れて走り込んだところで発動する。魔法陣は転移の範囲を確定する目印だから、本当は光の輪やベタ塗りの円でもいいんだけど。厨二患ったオレとしては、見た目にこだわりたい。
ぱっと景色が変わった。そういえば、転移の途中はなぜか目を閉じてるんだよな。転移中の景色を見た記憶がないから。いつか見てやろうと思ってるのに、毎回目を閉じてしまう不思議……世界の仕様だったりして。
目に映ったのは、まさかの地下牢だった。しー、口に手を当てて声を出さないよう指示を出してから暗闇に目を凝らす。地下牢なのは間違いない、振り返ると牢の鉄格子が見えた。その向こうは明るいから、こちら側が牢内だろう。
「誰だ?」
掠れてなくて元気そうな声はライアンだった。奥へ向かうとさらに暗くなるので、ぼんやり間接照明規模の光を灯す。手のひらに丸い電球を乗せたイメージにした。明るくなる牢内は意外と綺麗だ。鼠や虫は見当たらないし、じめじめと濡れた様子もなかった。窓は一切なく、後ろの鉄格子からの出入りしか出来ない。
ライアンらしき人影が身を起こし、オレはどきっとする。血の臭いだ。足を踏み出す彼の服は赤く濡れて、酷い有様だった。これは擦り傷や切り傷か。打撲も複数見受けられるが、銃で撃たれた様子はない。生きててくれたことにほっとした。