286.正当防衛か、過剰防衛か
「幼児にも分かるように説明してあげて、レイル」
「おれに振るな。頼んだ、シン」
下請けに出したら、孫請けに出された。面倒臭がりもあるけど、参加したくてうずうずしている従兄弟に譲ったんだろう。目を輝かせて身を乗り出す。シンやヴィオラは王族として尊重されずに育った世代だからね。しっかりやり返したらいいよ。
「王族と貴族の一番の違いは、替えがきくかどうか。聖獣様との契約を維持できるのは王族のみ。お前達などいくらでも交換がきく」
「そうよ。貴族と違い、王族は替えがいない。聖獣様と新しい契約を結べるほど、あなた方が有能だとは思えないわ」
ヴィオラも口を挟んだ。
「その点は理解できていたのであろう。だからこそ、ヴィオラの血を取り込もうと、婚約を無理やり取り付けたのだからな」
国王陛下が口を出した時点で、お前ら貴族は詰んでるからな? 青ざめる程度じゃ済まさん。つうか、お姉様……婚約話なんて知らないんですけど?
「え? お姉ちゃん、婚約してたの?」
「あ、あらぁ……照れるわ。一応ね、アホラ公爵の馬鹿息子を宛てがわれたんだけど、顔が悪いし体臭がキツくて……何より性格が最低だったの。女は大人しく足開いてガキを産めと言われたから、黙って足で蹴り上げて玉を潰してやったわ! きっちり2回よ」
ピースサインで過去の戦績を誇るヴィオラに、男性陣は一斉に股を押さえた。実際は何もされてないのに、痛い気がする。つうか、多分痛い。間違いなく痛い。2回も蹴られたら、殺る気満々じゃん?!
「お、お姉ちゃん……怖い」
「やぁね。可愛い義弟にそんなことするわけないじゃない」
にっこり笑う赤い紅が、より恐怖を煽った。北の国で逆らってはいけない人の順位が確定する。ヴィオラ、シン、国王だ。監禁ヤンデレより玉蹴りの恐怖が勝った。
シフェルもさりげなく隠してるし、ベルナルドは青ざめていた。痛みが想像できるだけに、怖い。レイルは引き攣った顔で笑いながら距離を取り、シンは蹲りそう。なんかダメージでかいけど、もしかして幼少時にケンカして蹴られた、とか?
オレはもちろんリアムを盾にして隠したさ。ちらりと視線を向けた先で、じいやすら背中を見せていた。そうだろ、怖い告白だった。
「あ、その……えっと。なんの話だっけ」
断罪中だったのに、貴族も王族も含め股間を隠しながら青ざめる状況だ。さっきまでの会話が頭から吹き飛んでしまった。
『もう、男ってダメね。ヴィオラが犯されて子を孕まされそうになったところまででしょ?』
「え? そんな話だった?」
蹴飛ばして、それも念を入れて2回もトドメを差したところしか覚えてない。だけど、隣でリアムとパウラが「非道いわ、女性は子を産む道具じゃないのに」と憤慨しているので、尻馬に乗った。
「そ、そうだよな、女性は神聖な存在だ。大切な子をお腹で育てて産んでくれる。どんな奴も母親の腹から生まれたんだから、女性は大切にしなくちゃ」
狡い! そんな男性陣の罵りの眼差しを受けながら、オレは媚びるように笑った。ここで価値がでる、美形スマイル!
「さすがはセイだ。信じていた」
リアムの硬い口調に「リア姫、言葉を柔らかくね」と囁いて誤魔化す。なんとか無礼者の謗りを免れたぞ。
「あ、アホラ公爵の嫡男が療養しておられたのは……」
療養と称して、治療に専念したんだと思います。ご愁傷様でした。さすがにここは気の毒という意識が先に立ち、オレは追い討ちをかけられなかった。絶対に使い物にならないと思う。
『安心して、ヴィオラ。次はないわ。いえ……一度でも許したらダメよ。消し炭にしてやるわ』
コウコは容赦なく追い討ちをかけた。この時点で男性陣のライフがゼロに近づいている。それ以上は黙っててくれ。
「王族と貴族の重要性の違い、理解してくれた?」
痛みを共有できる貴族男性に声をかけると、反論は小さな声になった。下手に声をあげると、ヴィオラの蹴りかコウコの消し炭が待っている。嫌でも悟ったのだろう。その察しの良さと保身能力を、どうしてもっと早く活かせなかったんだろうな、お前ら。
青ざめた連中の中から、それでも反論しようとする気概のある奴もいた。ここで言い負けたら、破滅だと悟ったらしい。
「ですが、借金は現実でしたぞ。我らとて、あれほどの大金を出せば、相応の」
「お返しが欲しかった? あんなに高い利率で貸し付けておいて、全額返済したのに?! 強欲にも程があるだろ」
呆れたと返して、オレは幼稚園児に言い聞かせるような言葉を選んで説明を始めた。
「いいか? 死んだ先代国王が高利貸しに金を借りたのは間違いない。だが彼が死んだ時点で返す義務はないんだよ。オレが習った各国の法律がそうなってる」
ここに嘘はない。ただ道義的な責任から返済することが多い。その行為が信頼できる貴族として息子の地位を高めることにもなっていた。だから慣習として返す方がいいよ……程度のものなのだ。この法律が各国で制定された際、王侯貴族は商人から多額の借金をしていた。戦争が続きすぎて、経済が疲弊してたのだ。
戦争すれば人が死に、補償金や賠償金が出ていく。だが国土は荒れて税収が減る。悪循環で足りなくなった資金を商人から調達した。ところが返せなくなると、王侯貴族は自分達に都合のいい法律を作った。それが廃止されずに残って、いまだに効力を発していた。
「道義的な責任がっ!」
「まあ、そう考えたから国王も返したんだろうけど。オレに言わせれば、元金だけ返せば足りたわけ。それは置いとくとしても、借金は利息ごと全額返済したら終わり。でも代々行ってきた不敬罪は積み重なって、まだ償われていないんだよな。まとめて返してもらうことにするよ――レイル」
ここでバトンタッチだ。
「了解した。片っ端から行くから、聞き逃すなよ」
そこからは一方的な断罪だった。各貴族家の名を呼び、後ろに罪状がつく。そのほとんどが爵位剥奪と領地没収だった。がくりと膝を突いた貴族が温情を求めるが、そんな声は聞こえないな。一通り終わったところで、オレがにっこり笑って付け加えた。
「ここまでは北の国の話。ここから先は皇族への無礼の罪状ね」
リアムやオレへの無礼や非礼、中央の国に対する暴言、公爵家や元侯爵への失礼……それらをあげ連ねた上で、賠償金を請求した。
「ば、賠償……」
「うん。領地と爵位没収は北の国に譲ったから……残ったのは財産没収だ」
丸裸にされる。ようやく彼らは気づいただろう。世の中には逆らってはいけない人がいる。今回の場合、ここまで断罪したオレより、ヴィオラの方が強烈な印象を残したけど。
「この国の騎士は貴族出身者が多く……」
「ご安心ください。中央の国の騎士をお貸ししましょう。何しろ皇帝陛下の婚約者で、皇家筆頭エミリアス家ご当主の実家ですからね」
にっこり笑ったシフェルの言葉で、貴族の一部が逃げ出した。おそらく屋敷に駆け込み、宝石や金を持って逃げるつもりだろう。
「逃がしていいのかよ」
「おや? 世界一の情報屋が追いかけてくれると思うよ。押収した罪人の財産を1割でどう?」
「もう少し欲しいが、まあいいか」
レイルが笑いながら仕事を引き受ける。ピアスから指示を出す姿は、王族じゃなくて情報屋の親分そのものだった。もう王家に戻らない方が幸せかもな。
「兵士は平民出身者ばっかりだから使えるし、騎士はこれから連れてくる」
一度に50人は転移させられると思うから。そう言って広間に魔法陣を作るオレにヒジリが頬擦りした。
『主殿、同行しよう』
「指揮を取るため、私も同行しますぞ」
ベルナルドが来てくれたら、騎士も素直に着いてくるだろう。リアムがさらさらと騎士派遣の書類を認めた。トップダウンだから、決裁が早い。
「早く戻ってこい、セイ」
「うん。ほんの少しだけ待っててね」
リアムの頬にキスをして、真っ赤になった彼女に微笑む。後ろから手を伸ばしたシフェルに叱られる前に魔法陣に飛び乗った。慌てて追いかけるベルナルドごと転移する。一瞬で景色が変わり、天気も変わった。
しとしとと雨が降る芝生の上で、オレが最初にしたことは……リアムの署名入り命令書が濡れないよう収納へ入れることだった。




