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279.結婚報告は波乱万丈(1)

 昨夜は愛らしい彼女を送っていき、ドアの前で失礼した。こう書くと紳士的だが、今のリアムはヤバい。同じ部屋に入って、見える場所にベッドがあったら意識しちゃうから。体が子供でも勃ったら大事件だろ。


 リアムは異性との交際がない無垢な状態だから、何かよからぬ知識でオレを気遣うかも知れない。よくある侍女から聞いた、とか。パウラみたいに耳年増の貴族令嬢が教えた、あたりが可能性として高い。そんなことになったら、泣かせちゃうだろうが。誰かが後ろから殴って止めてくれないと、無体なことしそう。


 そこで考えた自制案が、ドアから入らない。もちろん侍女も同席が基本だけど、危険だから。ソファに押し倒す前に、自分を律しておいた方が間違いない。ここまできてリアムに振られたら、また童貞歴が年齢とイコールになるぞ。異世界でせっかく黒髪美人を射止めたんだから、嫌われないまま結婚式を済ませたかった。


 紳士的なオレの振る舞いに、なぜか侍女や部屋の護衛騎士の評判が上がったようで、翌朝のお迎えは非常にスムーズだった。ちなみにこの時点で、まだ服は最後の仕上げを行なっている。


「おはよう、セイ」


「おはよ。まだ服を作ってるから、朝ごはんを先に食べちゃおう」


 くんくんと鼻を動かして匂いを嗅いだリアムが、目を輝かせる。


「新しい料理か!?」


「あ、うん。味噌の匂いがしたかな? 味噌汁っていう、オレの故郷の料理を再現してみた。口に合うといいな」


「美味しいに決まっている」


 力説するリアムの警護をしながら、また官舎まで戻る。そういや料理番は常にオレだけど、宮殿に引っ越した後の料理番を決めないと。やっぱりオカンか? でも今は東の国に置きっ放しだから、早く回収しないとマズイ。知らない間に結婚が決まったとか、オカンとオトンが切れるパターンだ。


 こういうフラグは早めに回収したほうが、被害が少ないと思う。後ろに従うじいやにお願いするより、ここはレイルの出番だった。情報屋の方が早くて確実、北の国へ行く時に会うから相談しよう。


 殺風景な広場を抜け、その先にある芝の庭に入る。


「キヨ様」


 注意を促すじいやの声、同時にキンと甲高い金属音がした。右側だったな、魔力感知の範囲を広げると……かなり向こうにいた反応が、一瞬で消えた。たぶん、いやきっと聖獣の仕業だ。ヒジリかな?


 足元に落ちているのはライフルの弾、ぐしゃりとひしゃげて半分くらいまで縮んでいた。


「狙撃?」


「そうだね、まあ結界が万能過ぎて問題ないんだけど」


 知ってるから、じいやも声だけだったんだろう。一応右手に銃は装備していた。じいやも拳銃を胸元に隠していて、そこに手を当てる。


「どっちを狙ったのかなぁ」


 リアムを狙ったなら処刑確定だけど、その前に聖獣に処分されちゃったから。八つ当たりする相手は、別に探してもらおう。機嫌よく歩き出すオレの後ろで、じいやは顔を引き攣らせる。だがリアムはにこにこと笑顔だった。


「セイは強くて、カッコよくて、最高のお婿様だ」


「ありがとう。でもリアムの方が可愛くて賢くて、オレを受け入れる大きな器を持った優しいお姫様だよ」


 ちゅっと頬にキスをして、官舎に入った。一気に口笛と拍手で迎えられ、どうやら見られていたことに……リアムが真っ赤になる。オレは耳と首は赤くなったものの耐えた。え? バレてる。そんなことないぞ。


 じいやの案内でテーブルにつく。用意したのは、他国で調達した食材をふんだんに使った和食もどきだった。というのも、じいやのところの女中さん達は夜通し働いた上、今もまだ交代しながら縫い物を続けている。早朝の訓練後にすぐ準備した朝食を届けた帰りに、リアムを呼びに行ったのだ。


 彼女達の食べ慣れた味は、じいやの指導した和食。あの椿旅館も刺身だの天麩羅だの、基本は和食だった。それを踏襲して、オレが和食を作ったのだが……じいやにダメ出しを食らった。そのため、表現としては「和食もどき」となる。


 くそっ、味噌汁の出汁ってなんだよ。鰹節使うのは知ってるけど、出汁の取り方を一般的な男子が知ってるわけないんだからな? いや、あの頃引きこもってたから知らないだけで、本当は全員知ってるのが当然の知識だったり? だからラノベで料理チートが流行ってたのか?! 


 青ざめたものの、知らない知識はどうしようもない。じいやに指導されながら出汁を取り、鰹節は勿体無いので青いほうれん草に和えた。冗談じゃなくて、本当に青い。緑じゃくて青……スカイブルーだった。鰹節の茶色といいコントラストだ。


「セイ、これはどうやって食べるのだ?」


 椿旅館で見た料理に似てる、くらいの感覚は持ったらしい。リアムが首を傾げた。箸は使い慣れていないが、徐々に覚えるつもりだと言っていたので放置。今日はおにぎりと味噌汁、ほうれん草の鰹節和え、焼き魚と梅干しだ。ちなみに梅干しは遠征先の南の国で調達したため、鰹節入りだった。どんだけ鰹節なんだろう。焼き魚が鰹じゃないのが救いだな。


「ちょっと待ってね」


 声をかけてから椅子の上に立ち上がり、変な顔で料理を眺める傭兵達に向けて声をかける。


「今朝は椿旅館風のお料理にした。黒い三角はおにぎり、手掴みで食べてよし! 魚には骨があるから注意。赤い丸いのは梅だけど、酸っぱい上に種が入ってるからね。あと味噌汁はスープと同じだ。以上! いただきます」


「「「いただきます」」」


 手掴みを許可したため、一斉に食べ始める。普段パン食なので、どうかと心配したが……あいつらには関係なかった。話を聞いて理解したらしく、リアムが目を輝かせておにぎりを齧った。小さな赤い口が開いて、ぱくりと黒いおにぎりの先を……なんだろう、エロい気がする。ちょっと前屈みになりそうだぞ。


 さり気なく味噌汁に視線を逸らし、そっと口元に運んだ。いい香りがする。実家の味噌汁は安っぽかったな。あれは絶対に出汁の顆粒使ってたと思う。味噌汁の具は、オレが自己流で開発した冷奴様の豆腐もどきだ。他の具を探し、ネギを入れた。玉ねぎだったので、ほんのり甘い。


「どう?」


「美味しい」


 嬉しそうに味噌汁をスプーンで掬うお姫様……うん、通常運転だ。見回すと傭兵達は器に口をつけて流し込んでいた。ほとんどお茶と変わらんな。あいつらに上品さは求めてないけどね。あ、シチューの時も流し込んでたわ、うん。


 ほうれん草は見た目の色だけ違和感すごいが、味は普通だった。焼き魚の骨は、じいやが綺麗に外してくれた。というのも、オレがぐしゃぐしゃに突いたのを見て、呆れたらしい。ついでにリアムのも骨を取ってくれた。その手元を見ていたジークムンドが真似を始め、他の連中も覚えていく。


 無事に朝食を終えたオレは、着飾る予定のリアムを部屋に送り届けた。この朝食を一緒に! 作戦の時間稼ぎで、女中さん達のお針子仕事は間に合ったようだ。じいや経由でお小遣いの金貨を追加しておいた。今日は一日、ゆっくりぐっすり眠ってください。お疲れ様。


 美しい桜色のふわっふわワンピースを着たリアムをエスコートするオレは、いつの間にか用意された紺色のスーツ姿だった。これも女中さんが仕上げてくれたらしい。胸元のスカーフを入れるポケットや袖、裾に濃桃色のテープが入っていた。隣に並ぶと映えるように考えてくれたんだと思う。その上、中のシャツは桜色だった。袖とか裾が濃淡のピンクで綺麗だ。


 感謝を伝えたオレは、以前の帰還パーティーの夜会でバーベキューをした庭に彼女を連れ出した。着替えた黒服じいや、ゴツい体を無理やりスーツに押し込んだジークムンド達、ベルナルドが右側に並ぶ。反対側にはシフェル率いる親衛隊……じゃなかった、近衛騎士団が制服で敬礼していた。


 見送りの宰相ウルスラやクリスティーンの姿もある。彼女らに手を振ったオレは、いきなり後ろに現れた気配に短剣を抜く。突きつけようとしたところで、正体に気付いて溜め息をついた。


「殺すぞ」


「やれるならどうぞ」


 レイルと軽口を叩き合ったところへ、パウラが飛びついた。化粧をした綺麗な顔で、唇を尖らせるリアムが可愛い。なにこれ、嫉妬?

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