278.後始末より夕食優先
シフェルが持ち込んだ話は、今回使い捨てにしたトゥーリ前公爵らの処分だった。せっかく聖獣を使って死んだ形になったので、このまま幽閉することになったらしい。命を奪うのはちょっと……と思っていたので問題ない。
今さら「人殺しはよくない」と言える綺麗な両手ではないが、単純に「シフェルが利用してポイ捨てしたのに、命まで取るのはやり過ぎ」という感覚が働いた。シフェルとウルスラも多少思うところはあるようだ。それに跡取りが、優秀だそうで。
「つまり、トンビが鷹を産んだ?」
聞かされた内容では、トゥーリ公爵となった息子は財務関係の処理に優れた能力を持つ人物らしい。さらにオタラ現公爵もお馬鹿な父親と似ず、策略上等の有能な外交官だった。ペッタラ侯爵に関しても、軍の中枢部で実力を発揮する婿殿。貴族ってのは金掛けて教育を受けさせるから、基本は馬鹿じゃないはず。それに父親が見栄っ張りだと、さぞ立派な家庭教師をつけてくれたんだろう。
なんとなく状況が想像出来た。有能な当代当主を罪に問わないために、前当主は死んで罪を償ったことにする。でも殺すのは寝覚が悪いので幽閉。うん、落としどころとして、こんなもんだろ。オレにこれ以上のチート展開は無理だからね。
「エロラ伯爵は?」
「彼は私の配下ですから、元通り近衛の分隊長に戻ります」
なるほど、脳筋に陥れられたのが自称お偉い方々なわけだ。馬鹿につける薬はないというが、実際その通りになっていた。
「あと、さっき話が途切れたけど……篩にかけた連中のリスト、回しておいて」
「私がお預かりいたします」
じいやがにっこり笑って存在を主張する。そっか、執事って現代の秘書さんだもんな。
「これからの連絡は、基本じいやに任せる」
シフェルは少し驚いた顔をしたものの、オレの今後の立場を考えて頷いたみたいだ。今後、あちこちの貴族がすり寄ってきたり、何か賄賂を贈った証拠は全部、じいやが握ることになる。これは憧れのあのセリフが使えるってことだ。
秘書がやったことなので、私は存じませんでした――政治家のあれ、真似してみたかった。ニヤニヤしていると、シフェルが時計を確認して促す。
「キヨ、時間がありません」
「うぉっ!? 本当だ、早くしないとリアムの夕食が間に合わない」
大急ぎで駆け降りる。その背中をベルナルドが追った。階段したで振り返ると、じいやとシフェルが何やら話している。うん、対応は任せた。
オレはベルナルドを連れて全力で走った。息を切らして到着した後で気付く。
「……転移すればよかった」
愕然としている時間が惜しいので、届いた食材を確認する。官舎には定期的に食材が届くよう手配してあった。誰かが常にいるし、余ったら収納すればいいのだ。
今日は豚肉っぽいのをソテーして、先日ゲットした醤油とバターの共演にガーリック足しで、禁断の味に仕上げる。いつもより厚く切るよう指示し、オレはスープの準備に取り掛かった。
豚肉もどきのガーリックバター醤油味なら、スープはある程度濃厚でもいいだろう。さっぱりコンソメも捨てがたいが、いまだにコンソメの顆粒に出会っていない。宮殿の調理場に頼むべきかも知れないな。牛乳もどきがあるので、ホワイトシチュー。巨大蜘蛛から絞ったなんて、言わなきゃ平気さ。この世界の奴は常識みたいだけどな。
手早く野菜をカットし、肉を手際よく処理していく。その間にブラウやスノーに仕事を与え、火の様子も見なくてはならなかった。うちの火焚き娘である紅一点コウコ不在なのだ。こんなときにオカンのノア達が東の国なのは痛い。くそ、連れ帰るか。
唸りながら料理の手を止めないオレの様子を見て、ブラウさえ文句を言わずに手伝った。スノーも合間を見て果物を取りに向かい、ヒジリが持ち帰った狩りの成果がジークムンドの手で解体される。一段落したところで、味付けに向かった。
シチューにコンソメが足りないので、大量の野菜をミキサーに掛ける。この魔法は蓋を忘れると半端なく熱く悲惨だった。先に蓋を作り、それから一気に回す。風を入れずに水流で! 砕けた野菜がとろみと甘さを出したところで、牛乳を投下。そこから泡立つ鍋の中身に別茹でした野菜と肉も入れる。
いつもなら野菜と肉は粉砕されているのだが、リアムが来るからね。しっかり食べた感じにしたい。彩りも綺麗だし。ちょっと奮発した皿を用意し、鍋の味見を済ませて火力を落とす。
焦げやすいので注意するようユハに頼み、隣で手持ち無沙汰そうな青年に食器の準備を命じた。これで準備完了か。ぎりぎり間に合った。ほっとしたところに、解体された肉が届く。肘まで真っ赤に汚れたジークムンドに礼をいって、着替えるようにお願いした。リアムが卒倒するぞ。
「今日は皇帝陛下がご一緒される。オレの婚約者なので、今後もちょくちょく来る。敬礼とか礼儀作法とか、うるさく言わないけど……泣かせたら殴るから」
「「「おう」」」
拳を突き上げて同意してるが、本当にわかってるのか? 首を傾げながら、オレも自分の服装をチェックした。飛んだ汚れとかない、よな。
「キヨ様、陛下とこちらをお使いください」
じいやが取り出したのは、顔が反射する鏡のように磨かれたシルバーだった。すげぇ、いつの間に用意したんだ……。
「じいや、鏡みたいだぞ」
なんとも間抜けな指摘をする。そのくらい言葉に詰まる驚きだった。たぶん……リアムとの食事の時よりピカピカだ。傷がない新品じゃなく、使った傷跡があるのに光ってる。
「コツがございます」
笑顔でそう言われると、やっぱり「おもてなし」精神か。と感心するしかなかった。
「セイ! 隣に座ってもいい?」
愛らしいワンピース姿で駆けてくるリアムを、両手を広げて受け止める。ああ、なんて幸せだ。可愛い恋人は婚約者で、未来のお嫁さん。それを人前で自慢できるんだぞ!
「もちろん。ほら、ここに腰掛けて」
教わったマナーの作法に従い、粗末な椅子にリアムを腰掛けさせる。といっても、きちんとした木製の椅子なのだが。リアムが普段使うふかふかクッションの椅子と比べたら、絶対に粗末な部類だろう。でも彼女は嬉しそうに手を受けて腰掛けた。そこで顔を顰めたり、嫌がる素振りはない。こういうところ、本当に……貴族令嬢らしくなくて好きだな。
「やべっ、本当に女だった」
「同性愛じゃねえのか」
「ボスはやっぱり面食いだったな」
最後のは否定しない。にやにやしながら座り、ノアの代わりに給仕を買って出たじいやに任せた。ちなみに聖獣達はすでに並んで専用の器に顔を突っ込む寸前で「待て」をしている。うちは全員揃ってから食事、この原則は聖獣でも守ってもらうから。まあ、戦闘時は除くけどね。
「今日も食材と聖獣に感謝! ではいただきます」
長い挨拶をする上司は嫌われる。特に飢えた連中に「待て」をさせた状態だと余計にだ。短いオレの挨拶を彼らも繰り返した。
「「「いただきます」」」
ぐあっと勢いよく食らい付く。シチューは現在人気ダントツ一位のメニューだった。パンを浸して掻っ込む……流し込まれていく。
「すごい、食べるのが早いのだな」
「リアム、口調」
「あ、うん」
照れるリアムが、じいや渾身のカトラリーを手に取る。顔が映るスプーンに感激し、ぜひ技術を執事達に伝えて欲しいと願った。
「キヨ様のお望みでしたら」
「うん、教えてあげてよ。執事のセバスとか、優しくていい奴だし」
当初から異世界人の差別なく優しくしてくれた彼らには、望むなら新しい技術を伝えたいと思う。それに連れてきた女中さん達も、侍女から技術やおもてなし精神を教えて欲しいと嘆願が出ているようだ。この辺は徐々に、かな。一気に伝える必要はないし、今後はオレの世話に女中さんとじいや、リアムの世話は元の執事や侍女が担当となる。
生まれ持った世界の知識が共有できると、私的な時間が寛げるからね。優雅に食べるリアムの横で、オレは行儀悪くパンを浸して口に放り込む。じいやは何も言わないけど、リアムも真似し始めた。あれ? もしかして悪影響を与えてるかな。