277.急いでくれ、金なら払う!
デザイナーと称するお兄さんとお姉さんが入室し、慣れた様子で採寸を始めた。それがまた……服の上からお姉さんが計測して、お兄さんがメモる。というか、この2人双子ですね。
現実から逃げようとするオレは、軽く意識を飛ばしていた。明日戻るって言っちゃった。徹夜したらドレスって間に合うの?
「あのさ、縫うのってどのくらい……かかる?」
「そうですね。陛下のドレスですから金貨150枚ほど」
「えっと、金額じゃなくて日数の方ね」
「通常は15日ほど……」
お兄さんの声が途切れる。オレの表情が強張ったせいだろう。お姉さんと目配せしたあと、最短時間を示してきた。
「最短で1日半、金貨を50枚ほど奮発していただければ」
「金貨100枚上乗せしたら、明日までに出来ない?」
青褪める双子は顔を見合わせる。きょとんとしたリアムは首を傾げ、状況が理解できていなかった。もう、いっそ既存のドレスの手直しじゃダメなのか? ダメだな、最高に可愛いお嫁さんの着飾る場面で、既製品の手直しなんざ邪道だ。
幸いにして金ならある!
「金なら、あるよ」
じゃらっと取り出してテーブルに置いた。革袋に入った金貨を積んでみせる。正規の金額を倍にしたら間に合うなら、積んでやるよ。目が据わってきた自覚があるが、後ろからじいやが予想外の助けを出してくれた。
「デザインができており、サイズがわかっていれば……うちの女中達が対応可能です」
「え? じいやの女中さん凄い。マジで? 明日だよ? 徹夜になるのに、頼んで平気?」
「お客様のご要望には全力で応えるのが、椿旅館のモットーです」
「頼む。この追加分の金貨は女中さんにあげて」
「これはまた過分なお支払いを。きっと喜びます」
じいやは収納に入れずに金貨を袋に入れて受け取った。あ、じいやの収納って体ごと入るから、機密なんだっけ。オレだって自分の収納はおろか、聖獣の影も入れなかったし。
「デザイン決めちゃおうか」
にっこり笑ってリアムを横に座らせ、いくつかのデザイン画の中から指差して作り上げていく。袖は可愛いぽふっとした形で、首元はほどほどに開けて。でも下品になると嫌だからレースを付ける。こぼれ落ちそうな巨乳だったら胸元は凝視対象だけど、自分の彼女なら隠して欲しいものだよ。だって他の男に見えちゃうし。リアムは普通より少し小さめだから、レースが品よく見えると思う。
腰は絞るとして、スカートが問題だった。
「リアムはフワッとした膝丈のスカートが似合うんじゃないかな。中に膨らますスカート入れて」
パニエですか? と絵を見せられて頷く。だがリアムは恥ずかしいので長くしたいと言う。彼女の希望だから頷きたいけど、ここは心を鬼にして!
「お願い、リアム。この丈のスカート姿が見たい」
自分勝手な好みを土下座で押し切る。困惑顔の彼女を承知で必死にお願いするオレの姿に、じいやが目頭を押さえる。情けなくなんかないぞ。これは戦略だ。
「わかった……それでいい」
この時点でドレスの形が決まった。お礼を言いながら彼女の手を握る……前にじいやが差し出した布巾で手を拭く。それから握ってその手の甲に唇を押し当てた。
「……っ、愛されてますね。陛下」
双子のお姉さんの方が感涙した。服の上から測ってたけど、当然女性だと気づいていたらしい。少女なのに性別を隠して生きるなんて、と同情していたらオレの出現だ。世話役のシフェル達にも、女性との情報は解禁になったと聞いた。その状況で、オレの暴走ぶりに感動したらしい。
「色は桜色がいいな。北の国へ行くけど、リアムらしくが大事だからね。黒髪とピンクって最高じゃん」
「わかりますぅ!!」
「同意します」
双子がきらきらと目を輝かせた。自分達の間で通じる趣味を共有できる仲間を見つけた時、人はこんなにも輝くのだ。あっという間に顔を突き合わせて、色の濃淡に唸り始める。オレとしては薄いピンクを想像したが、彼らはもう少しローズ寄りだった。そこを強引に淡い色で押し通し、逆に生地を譲る。
清楚な印象が大事だし、綿がいいと思う。そう告げたオレに、相手が絹着てるのに負けるわよ! とお姉さんに叱られた。挙句、最高級だという生地を見せてもらう。
ぎらぎらした感じの艶じゃなく、すごく品がいい。あれだ、着物の生地みたいな……侘び寂び系の手触り。縮緬とも違う不思議な感じで、リアムも気に入ったらしい。幸いにして在庫があるそうなので、じいやと女中さんが夕方に回収しに向かうことになった。双子は大慌てで型紙起こしをする。
もちろん彼らにも奮発したさ、金貨を。こういう時でもないと、リアムに大きく使ってあげられない。それに男として彼女の装いに協力金を出せるのは、すごく名誉なことだぞ。力説したら、リアムも折れてくれた。全部自費で支払う気だったみたいだ。
共布のリボンも用意してもらおう。簪などの飾り物が侍女によって運び込まれ、あれこれと迷いながらリアムと選ぶ。なんだこの楽しさ。世の男性は「女性の買い物は長くて疲れる」っていうけど、一緒に選ぶ楽しさを放棄してるんじゃね? オレはリアムだったら一日中でも付き合えるぜ。
わずかに色が違うネックレスで迷うリアムに、両方を肌に乗せてみるようアドバイスした。腕に乗せた感じから、左側の淡い色の方を選ぶ。順調に選び終えたところで、じいやがさり気なく時計を示す。ああ、もう夕暮れ時か。楽しい時間ってすぐに過ぎるんだな。
「楽しかった」
頬を赤く染めたリアムの声は弾んでいて、オレも満面の笑みで頷く。
「オレも。リアムを着飾るとき、また一緒に選びたい」
「本当か? クリス、やっぱりセイは付き合ってくれるぞ」
壁際で護衛として立っていたクリスティーンを振り返るリアムの言葉に、なんだ? と首を傾げた。苦笑いしたクリスティーンが教えてくれた話は、前の世界でもよく聞いたやつだ。
「男性は女性の買い物には付き合いきれないそうです。長く悩むのが楽しいのですが、それが理解できないとか」
「ああ、なるほど。オレもリアムが相手じゃなけりゃ、同じこと言うかも。でもリアムの唇に触れるリップだったり、肌に触れる生地だよ? 一緒に選ぶに決まってるじゃん」
大切なリアムを彩るパーツは自分の服より、断然順位が上だから! 力説したオレに侍女達から拍手が上がった。そうか、前の世界でもこれを言えば「彼女いない歴=年齢」から解放されたのか。まあ、顔がいいから出来る技でもあるんだけどね。これで平凡顔だったらウケないと思う。
「嬉しい」
「オレも。一緒に選ばせてくれてありがとうな」
甘い雰囲気になったところで、ストップの声がかかった。
「そこまでです。明日の準備が整ったなら、キヨはこちらへ」
シフェルめ。どうしていい雰囲気になるとコイツが現れるんだ? 何、これ、ゲームのバグなの!? もう!! ムッとしながら振り返ったオレに、顔の良さを生かした近衛騎士団長は「何か?」と微笑みかけた。だがその目が笑っていない。意味ありげに細められたので、話があるんだな……と察した。
「はぁ……じいや、悪いけど女中さん達に金貨を渡して。徹夜になるけどお願いしますと伝えてね。それから明日は休んで寝てていいから。オレが許可する」
「承知いたしました。過分な褒美に喜ぶことでしょう」
じいやが恭しく金貨の革袋を掲げたところで、オレは立ち上がってリアムに微笑みかけた。さりげなく膝を突いて目線を低くするのを忘れない。これはね、身分差の話じゃない。オレがリアムを尊重してるよと普段から示す行為だから。
「ちょっと仕事してくるね。夕食は一緒に食べよう?」
「セイの作った料理がいい」
「うん。リクエストはある?」
「任せるけど、食べたことがない物がいい」
オレと話してるせいもあるけど、徐々に口調がほぐれてきた。女性らしい言葉遣いを封じてきたから、貴族令嬢との会話を思い出しながら言葉を選んでる感じだ。これからも女帝陛下になるんだし、仕事の時は硬い口調でもカッコいいと思う。ただオレの前で、今みたいにぎこちなくても素を見せてくれたらいい。畏まらない相手って必要だろ。
くしゃっとリアムの髪を撫でて、オレは「後でまた」と部屋を出た。
 




