276.北の王家の裏事情
「父上、キヨを返してください」
「シン! 息子の分際で、パパからキヨを奪う気か」
現在両手を掴まれて、左右に引っ張られてるんだが……これって大岡裁きのアレだよな? ちらっと見たが、ブラウは知らないらしい。欠伸している。あいつの知ってる基準がよくわからん。
「シン、陛下……痛いっ」
ここで手を離した方が本当の家族だ! ここでようやく気づいたらしいブラウが目を輝かせた。互いに目配せして期待するオレ達に、予想外の展開が待っていた。
「キヨ、お兄ちゃんと呼びなさい」
「パパだろ? 呼んでごらん」
「……どっちも手を離せっ!!」
勢いよく手を振ったオレは、取り戻した両腕を抱きしめるように摩った。痛かったからな、マジで。睨みつけられた2人はメゲる様子もなく、呼び方の修正を求める。
「パパだ、ほら」
「お兄ちゃんだよ?」
「お兄ちゃんもパパも、そこに座って」
びしっと床を示すと、客間の床に正座する国王と王太子。向かいで腰に手を当てて怒るオレ……ん? 絵柄がおかしい? 気のせいだ。
「痛いと言われたら手を離す。それから呼び方よりオレの心配が先だろ」
「ごめん」
「すまない」
素直に詫びるが、この2人は懲りていなかった。
「パパの膝に乗りなさい、撫でてあげよう」
「お兄ちゃんの方が好きだよな? おいで」
オレはペット枠か? 唸るオレの後ろで、レイルが呼吸困難に陥っていた。お前の過去話はシリアスで、こんな叔父と従兄弟とは聞いてないが?! あれはお涙頂戴詐欺だからな!
神妙な顔で見ないフリを貫くじいやだが、肩が震えている。ベルナルドに至っては、背を向けていた。護衛なのにそれでいいのか。もう突っ込み所が多すぎて、オレ一人じゃ追いつかない。
大きく深呼吸して気持ちを落ち着けたところに、勢いよく扉が外から開かれた。顔を向けるとシンに似たお嬢さんが……これはオレの義姉じゃね? ご挨拶より早く、タックルされた。腰に顔を埋めながら飛びついた姉は、オレを床に倒して上によじ登る。なぜかマウント取られた状態で、降参を示すように両手を上げたオレに頬擦りした。
「やだぁ、可愛い!! この子、私がもらうわね」
「いやいやいや、おかしいだろ」
もう突っ込み役が足りないけど!! ブラウは声もなくヒクッてるが笑い過ぎか。ヒジリは危険がないと判断して、香箱座りだ。十分助けに入る状況だぞ。手招きすると近づいて、しっかり手を噛んで癒している。そうじゃない。
「ちょっ! キヨは私の弟だ」
「じゃあ、私の弟でもあるわ」
「パパが助けてやろう」
「以前にパパと呼んだら怒ったくせに」
収拾のつかない家族トラブルに、オレはのそのそと逃げ出した。立ち上がって国王と掴み合う王女とか、どこのラノベにいるんだよ。北の王家が貴族に舐められた理由って、まさか……これが原因か。
重すぎる義家族の愛を避けるため、現在のオレはヒジリに跨っていた。いざとなれば窓を突き破り、客間の外へ逃げる予定だ。威嚇する動物さながら、毛を逆立てて警戒するオレの様子に、じいやが目頭を押さえた。お気の毒にって、思うなら助けろ。
「パパのお膝が空いてるぞ」
「キヨ、お兄様が抱き締めてあげよう」
「こっちにいらっしゃい、子猫ちゃん」
一番怖いのがヴィオラ姉様なんだが……なぜだろう。近づいたら閉じ込められる気がする。それはシンや義父にも感じてるけどね。
「それ以上やらかすと、二度と帰って来なくなるぞ」
ぼそっとレイルが忠告する。愛用の煙草を咥え、火をつけるのは我慢していた。禁断症状か? 外で吸っててもいいぞ……この騒動が落ち着いたらね。
ベルナルドがようやく立ち直り、オレの斜め前に立った。護衛として通常は後ろに立つのがルールだ。この配置は、北の王家が主君に害をなす可能性があると公言したことになる。文句言ったら窓の外に逃げるから。ベルナルドに隠れるようにしたオレの睨みに、最初に心が折れたのは義父だった。
「……可愛い息子ができたと思ったのに、まさか初日で嫌われるとは」
がくりと手を突いて項垂れる姿は哀れだ。とても一国の王には見えない。その隣でシンが半泣きだった。
「キヨ、もう帰ってこないとか言わないでくれ。私はお前の良き兄になって、お兄様と呼ばれたいだけなのだ」
「お兄様は監禁しようとするでしょ? その点、私は安全よ。あなたを愛でるだけだもの」
ヴィオラ姉様、愛でるってもしかして? 収納から取り出したその愛らしいワンピースは、まさかオレに着せる気じゃ? ずるずると後ろに逃げるオレを守ろうと、ヒジリが牙を剥く。
「何にしろ、北の王家はこんな感じだ」
レイルの今さらながらの告白に、もっと早く言えよ! 知ってたら、公式以外の挨拶は拒否してたぞ! と叫んだオレは、本当に監禁されそうになった。二度と北の王家に私用で顔は出さない。自業自得だからな!!
護衛とじいやを見捨てて、自分だけ窓の外に避難したオレは大声で叫んだ。しょげた一家が反省を示したため、仕方なくオレも折れる。近づいた途端に抱きしめられるくらいは、まあ……仕方ないか。
愛情過多な北の王家での顔合わせが一段落したため、オレはすぐさま帰還の転移を試みた。
疲れ切ったオレは、最愛のお姫様リアムの膝枕をゲットした。というのも、あまりに気の毒な状況だったとベルナルドが説明してくれたのだ。じいやは曖昧に微笑みながらも、同情の意思を示した。この時点でリアムの足元に懐いていたのだが、膝の上をぽんぽんと叩いて促される。
恐る恐る頭を乗せると、優しく撫でてもらえた。なにこれ、すごいご褒美なんですけど? たまには北の王家に帰ってやってもいいかな。と思うくらいには嬉しい褒美だった。
明日にはまた戻らなくてはならない。リアムを連れに行くだけと説明したので、シン達はすぐに帰ってくると思ったらしい。意外と簡単に頷いてくれた。あまり待たせると、こちらに攻め込んできそうだ。
「義理の父上はどうだった? 優しくしてくれるか」
まだ皇帝陛下口調のリアムに、オレは曖昧に頷く。今になってなんだが、リアムを会わせても平気だろうか。心配になってきた。可愛い嫁が出来ると知ったら、リアムに抱き着くんじゃないか? もちろん即、引っぺがすけどな。
「優しいというか、過保護?」
リアムに曖昧に伝えるしかない、この辛さよ。愚痴りたいけど、危険な親がいると判断されたら結婚に差し支える。過保護と表現するしか思いつけない、オレの残念な言語力。くそっ、こんなんなら大量の本を読み漁ってチートに備えるべきだった。
「セイを大切にしてくれるなら、良かった」
「ああ、うん。まあ……良かった、のかな?」
嫌われるよりマシだろうけど。微妙な受け答えになってしまう。こうなったら見せた方が早いな。最近は魔力制御も慣れて上手になったので、護衛を一気に転移させることになった。北の国の王宮から数時間離れた街に魔法陣があるという。中央の国と国交があるので設置されたようだが、王宮から離れてる理由は「攻め込まれると困るから」辺りか。まあ、中央の国も田舎に設置してたけど。
「今回は直接飛ぶから」
「余はセイを信じているぞ」
「ええっと……その。もうバレたんだし、皇帝陛下じゃなくてリアとして同行して欲しい」
「い、いいのか?!」
リアムの方が食い気味に聞いてきた。え? なんでダメだと思ってたの。もう国内でバレたし、近々オレと結婚してお嫁さんになるんだぞ? 義理の家族に挨拶に向かうのに、男装はおかしい……んだよな? オレの常識がまた違うのかも。
不安になったものの、大きく頷いて肯定した。途端にリアムの表情が明るくなる。膝をついて見上げる状態のオレには眩しすぎて、目が潰れそう。
「ドレスを一緒に選んで欲しい」
「うん」
嬉しくなって頷き、オレはリアムに促されて隣に腰掛けた。もう公式の婚約者で、リアムと友人のフリは要らない。侍女達が嬉しそうに人を連れてきた。
ここでオレは育ちの違いを知ることになる。
「デザイナーの方がお見えになりました」
これからオーダーメイド!? すぐ帰るって言っちゃったんだけど……明日までに服の準備終わらない、よね?




