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16.食事をしたらお勉強(1)

 目を覚ますと――このフレーズを使わなくて済むだけで、ちょっと成長した気がする。この世界に来てから何回も意識失ったからな……。遠い目をしながら、目の前の干し肉を齧る。


「硬い……」


「そりゃ保存食はこんなもんだ」


 必死に戦って、朝から毒で死に掛けた。スナイパーに狙われ、粉塵爆発を掻い潜り、ナイフ戦も経験しました。銃も沢山撃って――で? なぜ朝食が干し肉なのだろう。


 ご褒美とは言わない。昨夜、リアムと食べたような豪華なコース料理じゃなくていい。普通のパンやご飯はないんですか?


 ひたすら噛むが、干し肉はずっと口の中に残っていた。唾液でだいぶ柔らかくなったが、お正月の酢だこ並みにもぐもぐ噛み続ける。


「いや、なぜ保存食?」


 子供の一番いいところは、歯に衣着せぬ素直さだと思う。だから直球で尋ねた。ジャックは隣で同じ干し肉を齧りながら、向かいのシフェルに視線を向ける。ちなみに彼だけ食事をしていない。


 食べてきたという話だが、絶対に帰った後に一人でまともな食事を摂るつもりだと踏んでいる。だからオレの視線は自然と睨みつける形となった。


「あなたが、今朝、壊した建物の、補修費が、思ったより(かさ)みまして」


 嫌味たらしく言い聞かせる形で単語を切るシフェルに、首を傾げる。


「そもそも、攻撃されるから逃げただけだぞ。狙撃には懐中電灯で対抗したし、粉塵爆発はヴィリの所為、ジャックやノアにケガはさせたが、建物を壊したのはオレじゃない」


 毒ナイフで切られた傷はようやく塞がってきた。この世界に魔法があるのは知っていたが、治癒系はあまり発達していない。代わりに便利な絆創膏(ばんそうこう)もどきが存在した。


 絆創膏と自動翻訳されたが、なにやら響きは違うっぽい。しかし使い方はまさに絆創膏そのものだった。


 ぺたりと貼ればあら不思議。傷がすごい勢いで塞がっていく。本人の自己治癒力を高めるらしいが、仕組みを説明されても理解不能だった。


 傷が塞がる、という事実だけ受け取っておく。ノアは刺さったナイフを抜いて貼った。弾傷のジャックはなんと傷口を切って弾を摘出してすぐ貼るだけ……凄いんだか、いい加減なんだか。吹き出る血の上からぺたり、だぞ? それで1時間もしない間に傷が治癒するなんて、チートアイテム過ぎる。


 凄いと思う反面、弾を受けたら抉るってのは御免だ。見るだけで痛いし、実際も絶対に痛いに決まってる。銃弾を受けない魔法か何かを学ぼうと心に決めた。


 毒に関しても苦い錠剤を飲まされたからか、すぐに熱は引いてしまった。回復の早さにジャック達が苦笑いしたのが、ちょっと気になる。


「あなたの訓練ですから」


「殺しにかかったくせに、訓練って言葉で誤魔化すな」


 口が悪くなるのは仕方ない。本当に朝から死ぬかと思ったのだ。腹が減るし、煤や埃で真っ黒になるし、お腹は空くし、毒で苦しい思いして、発熱して余計に腹減った。とにかく飢餓状態なのだ。


 こんなのおかしい。教育や訓練じゃないだろ。


()()ですよ」


 あ、シフェルの死の笑みが出た。これに逆らうと、さらに酷い目を見るんだよな。これ以上抗議しても受け入れられないと判断し、口の中でだいぶ解けてきた干し肉を飲み込んだ。これ以上噛んでも味がしないところまで頑張った自分を褒めてあげたい。


「顎、疲れる」


 ぼやいたが、目の前に残っている食料は干し肉、乾パン、牛乳らしき飲み物だけ。この乾パンが日本の非常食と違って、本っ当に硬い。最初にひとつ齧って歯が折れそうな痛みに吐き出した。


 薄めた牛乳もどきに浸して、柔らかくして齧るものらしい。味はとにかくマズイ。牛か馬の飼料じゃね? ってくらい美味しくなかった。いや、飼料食べた経験はないけどね。イメージの話さ。


「育ち盛りなのに……」


 こんな食事では痩せてしまう。うるうる目を潤ませてお願いポーズをしてみるが、シフェルは天使の笑みで鬼のように却下した。


「嫌なら食べなくていいですよ?」


「すみません、食べます」


 お腹は空いている。普通何回も噛んだら満腹中枢だかが刺激されて、少しの量でも満足できる筈なんだ。なのにぜんぜん足りない。


「おれのを分けてやろうか?」


 親切なジャックの発言に目を輝かせても、分けてもらえたのは乾パンと干草……じゃなくて、干し肉。顎が疲れる物が増えただけだった。ありがたいから遠慮なく齧るけどね。


「ありがとう」


 顎が疲れて痛くなってきた。笑顔が引きつってる気がするのは、きっと顎の所為だ。こっそり机の下で飴を手渡すノアにウィンクしておく。バレる前にポケットに突っ込んだ。


 そうか、ノアはあの収納魔法みたいなの使えるから、中から食料品も出せるんだ。後で柔らかくて腹にたまる何かを分けてもらおうと決め、目の前の干し肉を口に放り込んだ。


「まだ午前中の訓練時間が余っていますから、みっちり戦術講義をしましょう」


 戦術講義はシフェルが担当だ。口いっぱいの干し肉の所為で話せない間に、彼は勝手に時間割を決めていく。


 戦術講義が終わったら、爆薬処理についてヴィリと実戦形式で解体作業、次に銃を撃つ訓練がノアとジャック。午後はリアムによる魔法や歴史などの授業があり、魔力制御もしっかり組み込まれた。夕食時は作法を叩き込まれる。最後に夜間の狙撃訓練があり、眠れるのは深夜――殺す気か?


 昼食時間が10分間はマジおかしい。干し肉じゃなくて柔らかい食事なら、我慢するけど……早食いは体に悪いんだぞ。


「何しろ半月ほどで仕上げないといけませんからね」


 仕上げられる側の都合も聞いてください。もごもご口を動かすが、干し肉と格闘するオレの苦情はシフェルに届かない。訓練の前に、口の中で水分を吸って大きくなった干し肉にヤられそうだった。


 結構本気で負けそう。


 涙目で必死に干し肉を片付けるオレがようやく声を出せる状況になったとき、すでに外堀は埋められていた。そう、分刻みのスケジュールでの“お勉強タイム”が始まる。


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