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273.お姫様にジョブチェンジ

 肩は黒髪が映える白に近い薄いピンクで、胸の下から桜色に変わり、最後は桃の色になって揺れる。エンパイアって言ったっけ? 胸の下できゅっと絞ったドレスだ。足が長く見えて、細いリアムの体を品よく柔らかく感じさせた。


 袖がチューリップみたいな形で、胸元はレースで隠されている。でも下着を女性用に変えたんだと思う。隠すために胸を潰すのではなく、強調して膨らませて見せる下着は、リアムを美しく形作っていた。感動しすぎて伸ばしかけた指を握ったり広げたり、忙しいオレにリアムが笑う。


 くすくすと笑ってから、象牙色の美しい指先がオレの指を握った。ちょんと指先だけ繋いだ彼女の手は指輪と、彩られた爪が目を引く。


「爪、塗ったんだね」


「先に紅を褒めて欲しい」


 小さな声で強請られて、胸がいっぱいになった。鼻の奥がツンとして涙が滲む。よくみたら、リアムも泣きそうだった。互いに潤んだ目に気づいて、肩を震わせて笑う。それから弧を描く唇に乗せた濃い桃色の紅に、そっと触れた。指先に移った色は、オレがリアムを思って選んだ色だ。


「すごく可愛い。綺麗、最高……」


「セイ、ありがとう……セイ」


 言葉に詰まったリアムが抱き着いてきて、反射的に受け止めて背中に手を回した。泣き出してしまった彼女を侍女達が、涙を堪えながら祝福する。おめでとうと祝う声に、何度も頷くリアムの黒髪が鼻先をくすぐった。


 どうしよう、少ししたら離した方がいいの? このまま抱き締めてていいのか? いいよね、ずっと我慢してきたんだもん。リアムが泣き止むまで、抱き締めていてあげたい。ダメなら止に入るだろ、シフェルとかね。


 後ろに感じる視線を無視して、リアムの温もりと柔らかさを堪能する。婚約者である特権だった。彼女を悲しませないよう、ずっと笑っててくれるよう守りたいと強く思う。この世界に来れて、本当によかった。


「邪魔する気はないのですが、扉を閉めませんか?」


 シフェルの指摘に顔をあげ、扉のところで抱き合ったために閉められない事実に気づく。何より侍女さん達は廊下だし。顔を埋めて動けないリアムの耳が真っ赤だった。彼女に囁きかける。


「ダンスの時と同じ時計回りに移動して」


 小さく頷くリアムとステップを踏むように、くるりと向きを入れ替えた。その踏み出した距離を使って、扉の前から離れる。ムッとした顔のシンをレイルが抑えていた。正直助かる。ウィンクしたら、ひらりと手を振られた。


 ヒジリはお座りして見守り体制で、ブラウは顔を覆って覗き見。スノーはそっぽを向いていた。子供姿のマロンは逆に凝視している。コウコの行方を探すと、足元の影からニョキっと生えていた。小さな龍の手が組み合わさって感動を示す。何だか今頃になって恥ずかしくなってきた。


「そろそろ落ち着きましたか?」


 シフェルが無粋な質問をして、場の転換を図る。それに乗る形で、オレとリアムは体を離した。でも手を繋いでしまったのは許して欲しい。指を絡めた恋人繋ぎだ。いそいそとソファまで連れて行き、彼女を先に座らせる。今までドレスで過ごしてなかったのが嘘のように、裾を上手に捌いて腰掛けた。隣にそっと座る。


 なんかいい匂いがする。我慢していたドレス、化粧、香水……どれもリアムを魅力的に見せた。本当にオレの婚約者でいいんだろうか。カミサマに顔面偏差値は上げてもらったが、中身は元引きこもりだぞ。どうしよう、リアムが他の男に目移りしたら困る。


「……何をしてるの?」


 きょとんとしたリアムの声に、オレは真剣に答えた。


「リアムがよそに目移りしないようにしてる」


 繋いでない方の手で、リアムの目元を覆った。だが化粧が崩れるといけないので、直接肌には触れない位置。絶妙に計算された距離感で、リアムの視界を塞ぐ。


「キヨヒト様、冷静になってください」


 じいやに諭され、仕方なく手を外した。でも繋いだ手は離さない。その執着ぶりに呆れ返ったシフェルが溜め息を吐いた。


「少しの間、冷静になるまで陛下と会わない方が」


「「嫌だ」」


 リアムと息ぴったりのタイミングだった。完璧にシンクロした2人の声に、シフェルがさらに項垂れる。それから指折りながら、注意事項を言い渡された。


「2人きりにならない、必ず侍女や執事を伴ってください。それから手を握る以上の行為は禁止です、頬にキスが限界ですからね。後は……とにかく揚げ足取られないように行動すること」


 まだ貴族達の粛清が終わっていないのだ。この状況で騒動を起こされたらフォローしきれない。そういう事だろう。


「キヨ、先程の玉はやはり返してもらおう」


 シンが泣きそうな顔でそう告げる。あれは跡取りに渡す玉だと聞いた。シンから借りたのは、立場を強くするためだ。父王が間も無く退位する意向を示したため、まだ息子のいないシンの王太子は弟である第二王子へ移る。つまりオレだ。義理であろうが、他に王子がいない状況なら当然と言えた。だから借りたのだが……今になって返せというのは何故か。


「キヨ、お前は皇帝陛下の婚約者で、北の王家を継がない。なら不要だろ」


 肩を竦めるレイルの言葉で、やっと理解した。オレは絶対に北の王にならない。だからこの玉は、別の王子に受け継がれるべきだった。それがシンの息子になるか、まだ見ぬ義姉の子か分からないけど。素直に取り出してシンに差し出す。


「ありがとう、シン兄様」


「私としてはお前が跡取りであってくれたら……いや、跡を取らなくてもいいから」


「おかしなこと言い出さないで」


 このブラコンはどうしたものか。突発性で発症した義兄の言動に、オレはぴしゃりとノーを言い渡す。


「そう冷たくするな。シンはお前が成人して結婚するまで、一緒に北の国で暮らせると思ってたんだから。可哀想だろうが」


 レイルが取りなすように間に入った。オレとしては寝耳に水の計画だが、確かに一般的な常識だと結婚するまで実家にいるものだ。ずっと中央の国にいたから、考えもしなかった。だが北の国の第二王子という立場で考えれば、中央の国に婿入りするまでは北の王族なのだ。一緒に暮らせると考えたのも仕方ない。


「ごめん、シン」


「……兄様と呼べ」


 ぷっと噴き出した。そこは譲らないんだな、ブレない人だ。


「シン兄様、オレが婿に行っても兄弟でしょ?」


「あ、ああ! もちろんだ、何かあれば頼れ!!」


 興奮した様子で肯定するシンの様子に、リアムがぺこりと頭を下げた。


「セイのお兄様なら、私のお兄様ですね」


 女性らしい言葉遣いでそう呟き、これからよろしくお願いしますと笑った。目を見開いて驚いた顔をした後、シンは優しく微笑み返す。


「可愛い妹が増えて嬉しい限りだ」


 公式な場ではないので、皇帝と王太子ではない。未来の兄妹の関係で言葉を交わした。なんだか擽ったい。日本では結婚どころか恋人すらなくて、親に紹介とかなかったし……ん?


 オレ、北の王家に顔を出してない?!


「大変だ! 北の王家に顔出ししてないぞ!」


「「「「あ」」」」


 みんな忘れてたのか。そうだよな、何となくそのうちって言ってたけど、一度も顔出ししてない。これはまずいぞ。でも今は離れられない。だけど国王の義父を呼びつけるのはない。


「うーん、どこでもドアが欲しい」


『ピンクの扉じゃないけど、転移すればいいじゃん』


 けろっと青猫に言われて首をかしげた。魔法で転移か? だけど行ったことある場所しか無理だぞ。


『主殿はときどき抜けておる。聖獣に乗って帰り、ここへ転移で戻ればよい』


 ぽんと手を叩く。


「そっか。それでいこう!」


「私も一緒に行く」


「「「え?」」」


 リアムが同行に手を挙げたことで、一斉に疑問の声が上がる。これは大移動になりそうな予感がした。

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