272.真犯人は詭弁がお好き
裁判が終わった後、にこやかに挨拶して皆んなで宮殿へ向かう。マロンに乗ったオレの前に、リアムを乗せた。もう婚約者だから触れ合ってても問題なし。正式な婚約の申し込みは、すでに手配済みだった。
リアムとオレの婚約は正式に決まり、そもそもオレが北の王家に養子に入ったのも肩書きを得るためだったと公式記録に残る。完璧だ。黒髪の匂いをくんかくんかしながら揺られてたどり着いた宮殿で、さあ2度目の断罪を始めようか。
「では私は仕事がありますので」
にこやかに別れようとしたシフェルの袖を掴む。ウルスラの手も掴んだ。貼り付けた笑顔の仮面を剥がさず、オレはリアムを振り返る。
「ねえ、リアム。一緒にお茶しないか? この場の全員で」
リアムは目を輝かせた。普段から「皇帝は仕事がない」と言い切る彼女は、書類を山積みにしたりしない。届いた分はすぐに目を通して処理するため、常に執務机は綺麗だった。知識もあるから理解が早く、当然処理も同じだ。有能な皇帝陛下は余暇を持て余していた。
「そうだな! 余とお茶会をしよう」
「……リアム、もう私でいいよ」
「あ、うん。そうする」
真っ赤になって照れるリアムのご命令が出てしまえば、真犯人も逃げられまい。豪勢なお茶会の準備に走る侍女達には申し訳ないが、今日はお外ではなく室内でお願いしよう。空いている客間を指示して、オレはリアムに着替えてくるようお願いした。
「もうバレたから、可愛いワンピースがいいな。裾が長いと歩きづらいだろうから、膝下くらいの……あと口紅も見たい」
「セイのお土産を使う」
にこにこと着替えに向かった彼女を見送り、客間の扉を開いた。中にはティーポットなどが並べられている。準備は完璧だ。
「さあ、どうぞ」
後ろめたいことがない者は平然とオレの前を横切り、一部視線を逸らした者が続いた。最後に聖獣が中に入ったのを確認して、扉を閉める。一時的に結界で音が漏れないようにした。ここで重要なのは、外の音は聞こえるようにすること。じゃないと、帰ってきたリアムに気づけないからね。
「全部吐け」
扉に背を預けて寄りかかったオレの一言に、顔を見合わせたのは2人。じいやは平然とオレの脇に立っている。ソファにどっかり腰を下ろしたレイルは、勝手に茶菓子を摘んだ。隣でシンが小首を傾げる。勝手に寛ぐ聖獣達を見回してから、真犯人と目を合わせた。
「いつ、気づきました?」
「うーん、あの馬鹿共と会話が成り立たないと気づいた時かな。公式の謁見で、皇帝と他国の王太子の会話に割り込んだじゃん。あの時に、奴がちらっと視線を走らせた気がして。なんか……裏に糸引く奴がいるなと思った。で、リアムの秘密がバレたと知った時に疑って、最終的に裁判での対応を見て確信した」
ウルスラが肩を竦める。そう、彼女がヒントを出した形だ。もう裁判が終わるけどいいのかとオレを促した。焦って飛び降りたけど、違和感がある。その違和感が仕事したのは、アイツらのお馬鹿すぎる会話だった。このレベルの連中が秘密を知ったら、馬鹿だからあちこちで暴露すると思う。
「蒟蒻やおならが、秘密を保持できるわけない。誰かが入れ知恵したんだ……そう考えるのが当然でしょ」
一応指揮官候補生でしたから? 戦略やら策略に関する知識や過去事例を詰め込まれたし。異世界ラノベ読みまくった時期あるし。頭でっかちで実戦経験が伴ってないから気付くのが遅れたけどね。
「真犯人はシフェルだ!」
『真実はいつもひとつ!』
「あ、それはオレのセリフだぞ」
横からさらった青猫の髭を両手で引っ張る。青褪める騎士を放置して、オレは容赦なく制裁を加えた。くそっ、大切な決め台詞を――。
「みっともないですよ、キヨ様」
じいやに「もう許しておやりなさい」と諭され、仕方なく青猫から離れた。
「真犯人はどちらかといえば、私です」
まさかのウルスラが自白?! つうか、計画立てたのはウルスラか! シフェルが乗っかって、ついでに貴族掃討作戦を決行したという……なんてシナリオだよ。頭のいい奴が考えることは、突拍子もない。
溜め息をついて見つめる先で、ベルナルドが小さくなっている。あれは参加したのではなく、偶然知ってしまって口止めされたクチだろう。だってオレに近づいて来なかったからね。正直者で真面目なのに気を遣わせるなっての。
「ベルナルドはいいよ。巻き込まれたんだし」
「なっ! 我が君はすでにご存知でしたか」
ご存知というか、いま察しちゃった。オレを牢から出せと抗議しに行って、会議中に邪魔して聞いちゃったパターンだと思う。運がなさそうだし。勝手に思い込んで「さすが我が君」とか言ってるので、放置。じいやがにこにこしてるけど、絶対に今の状況を楽しんでる。
「それで、オレを牢にぶち込んだ感想は?」
「ああ、そこは私の管轄外です。知らない間に収監されていて、驚きましたよ」
「おかしいな。近衛の騎士団長様が知らなかったって? 他国の第二王子で自国の皇族分家当主が投獄されたのに?」
わざと嫌みったらしく返したら、両手をあげて降参された。肯定したら、能無しの烙印を押しやろうと思ったのに。
「オレを投獄して得た情報は共有しろ」
「わかっています。陛下のためですから」
「いつまでも魔法の言葉で誤魔化されると思うなよ」
ムッとしながら切り返した。いつもそうだ。戦場へ送り込んだ時も、その後の面倒ごとを押し付けた時も。リアムのためだと口にする。実際、すべての国を制覇したからリアムの為になったけど……これって「終わりよければ全てよし」のパターンじゃん。
今回は用法を間違ってないよな? 声に出したわけじゃないけど、じいやを窺ってしまう。なぜか頷かれてしまい、曖昧に笑っておいた。もしかして、チートで心が読めるオチとかないよな?
「今後の予定は?」
あの3人は間違いなく見せしめだけど、他にもいたはず。直接餌に食い付かなかった連中の処理方法は考えてあるんだろう? 腹黒近衛騎士団長様だから。
「ウルスラに任せていますが、今回の騒動で動いた貴族はすべて爵位降格とします。その上で、陛下が女性と知って支えようとした家は昇格させました」
「篩にかけるってやつか。どのくらい……」
効果が出るのか、どれだけ残ったのか。尋ねようとしたオレは、口を噤んだ。魔力感知の網にかかったのは、近づくリアムと侍女達だ。
「リアムが戻ったから、あとで」
一斉に全員が首を縦に振った。珍しくシンが口を挟まなかったけど、時間がないことを理解してくれてたのか。レイルは再び菓子に手を伸ばし、オレは何もなかった振りでヒジリに寄りかかった。
「ねえ、シン兄様の仕掛け……使わなくて済んだんだけど」
「え? お礼は貰えないのか?」
「それはちゃんとするよ。使わないのはオレの都合だから」
にっこりと兄弟の会話を聞かせる。仕掛けがあったのだとシフェル達に突きつけるために。収納に入れていた玉を取り出す。形はドーナツ型で、大きな房が付いている。見た目が綺麗なだけじゃなく、これは王位継承権の順位を示すものだった。
跡取りの証っての? まあ、そんな感じ。ぐだぐだ揉めたら、印籠の如く突きつけて黙らせる予定だったけどね。同盟国の跡取り相手なら、馬鹿な貴族にも通じるかなと思ったんだ。彼らは聖獣の地位をイマイチ把握してないっぽいし。
使わずに済んだので返そうとしたら、シンが首を横に振った。受け取らないのかよ。そう尋ねようとしたところに、ノックの音が響いた。
「待ってたよ、リアム」
笑顔で扉を開いて受け入れる。後ろでじいやが「それは私の仕事です」とぼやいたが、今回は申し訳ないが譲れないな。開いた扉の向こうは、華やかだった。
「……っ、リアムが凄く綺麗」
何を言ったらいいか、全部吹き飛んだ。用意したセリフなんて弱い。歯の浮くような言葉ひとつ出て来なかった。ドレス姿の彼女がただ美しくて、やっと本来の姿に戻れたリアムのはにかんだ笑顔が尊くて――オレはじわりと滲んだ涙を瞬きで誤魔化しながら、やっとの思いで声を絞り出した。