270.裁判開始、ざまぁしてやんぜ(2)
開始した裁判を、リアムの隣に座って観れるなんて。感激しながらも、反対隣に腰掛けたシンのお陰でデレデレしていられなかった。オレがリアムの方へ寄っていくと、引き戻そうとする。今日は中央の国の皇族として参加するオレが、北の民族衣装じゃなかったのも気に入らないみたい。
舞台上に罪人として並ぶのは、とろり蒟蒻とおなら公爵、あとペッコリ侯爵だ。全員の肩書きに「前」がつく。すでに爵位は親族や子弟に受け継がれた。貴族家というのは面倒なもので、勝手に潰せないらしい。親族ばっかりだからね。そのための政略結婚だろう。
裁判長は誰が務めるのかと思ったら、ちゃんと法律の専門家がいた。あの衣装……見覚えがある。菱形の黒い帽子と魔法使いのローブっぽいポンチョもどき。どこで見たんだったか。
『主、見て! あの服、卒業式のやつ』
「ああ、それで見覚えがあったんだ」
アメリカや欧米で、卒業式に博士号持ってる奴が着てるやつ。映画で観たと思う。頭の中で一致して、納得しながら「誰かあの時代の奴が送り込まれたんだな」と呟く。後は勘違いした日本人の可能性も……裁判官っぽいもん。ドキュメントとかで欧米の裁判官が似たような格好してた。
ブラウはあちらの世界を覗いているから、オレと物の価値観や目線が近い。問題はチャラいことだけだ。尻尾を大きく左右に振りながら、巨大青猫は貴賓室を我が物顔で占拠していた。
「ブラウ、邪魔」
『えええ! ヒジリだって大きいままじゃん』
「だから邪魔なの」
ヒジリは小型化しない。信条か別の理由があるとしても、別に強制する気はなかった。だが青猫は別だ。ブラウには大型でいる理由がないんだから。さっさと小さくなれ。広い部屋が狭く感じるんだよ。黒豹と巨大青猫に目を輝かせているリアムには悪いが、護衛も含めて、この部屋の人口密度高いぞ。
「嫌なら影に入れ」
『……主は僕に冷たいよね』
「冷たくされる理由、わかってる?」
『自覚してるよ』
全然反省してない声色で、青猫は小さくなった。さりげなくリアムの膝に乗ろうとして叩き落とされ、諦めてシンの膝に飛び乗る。おま……っ、節操なしめ。
「リアム、裁判の証言じゃなくて直接対決って出来る?」
じっとオレを見て、それから後ろのシフェルやウルスラの顔を確認する。彼らの許可が出たらしく、重々しく頷いた。
「絶対に負けられないのに」
淡々と進む裁判をそのままにして、見物していれば終わるぞ。そんなお誘いに、オレは笑って首を横に振った。
「絶対勝つから任せてよ、ね?」
「我が弟が負けるはずがない」
シンは根回しの一部を知るから、余裕で頷く。北の王家として承認したという意味だろう。オレの独断だけじゃないぞ。そう匂わせて、リアムにお強請りしてみる。
「ねえ、お願い。リアムのために勝ちたいんだ」
「「え?」」
俺のためじゃないのか!? シンの勘違いは首を横に振って一刀両断だ。ウルスラがくすくす笑いながら、階下を指さした。
「早くしないと終わりますよ」
慌てたオレはリアムの手の甲を額に押し当てた。口付けしたいけど、やっぱ日本人には恥ずかしい、無理。カーテンがある際まで近づき、見える範囲で転移先を固定する。カッコつけてパチンと指を鳴らし、オレはステージ上に立った。
始めようか。
「エ、エミリアス侯爵閣下!」
「罰を言い渡す前に、彼らに聞きたいことがあってね。皇帝陛下の許可は得た」
裁判長が慌てるのを右手を上げて抑え、オレはにっこりと笑う。その黒い微笑の意味を理解できる者はいないだろう。これから派手に断罪劇を始めるからね。
「トゥーリ前公爵、オタラ前公爵、ペッコラ前侯爵だったかな? 途中で名前や肩書きが変わったから、間違ってたら言って欲しい」
嫌味を混ぜたオレの言葉に、彼らの表情が強張る。緊張というより、攻撃の意思みたいだ。もう守るべき家から捨てられた立場だし、オレを巻き込んで恥かかしてやろう! ぐらいの気合いは欲しいよな。
足元の影から現れたヒジリが、ゆったりとオレの腰に擦り寄った。黒豹という巨大な肉食獣の出現に、彼らの腰が引ける。
「君達を後ろで操ってるの、誰?」
まずは煽りから入ろうか。きょとんとした彼らに分かるよう、噛み砕いてもう一度繰り返した。ここで溜め息をつけて、いかにも馬鹿に親切丁寧に説明してやる上位者目線と態度は重要だ。
「オレの言ってる意味が分からない? 君達程度の浅はかさと能力で、皇帝陛下に楯突く度胸なんてないでしょ。だから誰が黒幕か話してくれないか? 絶対に誰か知恵を授けた者がいるんだから」
お前らじゃ絶対に無理。そう言い切る。ここで重要になってくるのが、オレの中途半端な地位だ。元公爵家当主としては、ぽっと出の侯爵にいろいろ言われたくない。だが、エミリアスの家名は皇族分家……明らかに目上だった。
どう出るか。髪が少なくなってきた頭で必死に対策を練ってくるはず。何も考えずに反射的に口で戦うほど、公爵家は甘くないだろう。そんなオレの予想は完全に裏切られた。
「貴様のようなガキに言われたくない!」
「そうだ、聖獣様に選ばれただけのくせに」
「お前のせいで散々な目に」
云々。まさかの子どものケンカレベルの罵詈雑言が返ってきた。あまりのレベルの低さに、きょとんとしてしまう。言葉が出てこないって、こういう時に使うのかな。
「あのさ、オレの地位を承知の上で口をきいてる?」
怒鳴る気になれず、溜め息混じりに尋ねた。本当にこの低レベルだとしたら、何も考えずに動いた結果がたまたまあの形だったってことか?
後ろに誰もいなくて? いや、絶対にいる。馬鹿だから乗せられたのは間違いないけど、乗せた奴の頭はいいと思う。この連中の頭の悪さを知っていて、使いこなせる奴……それも皇帝陛下の近くで秘密を知って……ん?!
ばっと振り返ったオレの動きに釣られて、公爵達も上を見上げる。リアムはカーテンの影になったが、後ろの護衛隊長シフェルの顔が見えていた。ついでに隣の宰相ウルスラと、その斜め下で寛ぐ兄シン。レイルは上手に隠れている。シンの膝でにたりと笑う青猫ブラウ。
くそっ、あとできっちり問い詰めてやる。
ここで真実を叫ぶわけにいかず、断罪劇の途中ということもあり、歯を食い縛って正面に向き直った。
「知恵を授けられたなんて話されても、馬鹿だから通じないの忘れてたよ」
こうなったらこの場は煽って、真犯人とは後で対決だ。ここで下手に真犯人の名前が出る方がまずい状況になった。だがこういう場面で、オレの嫌味は冴えるんだぞ。嫌な特技だけど。
「なんだと!?」
前の話を忘れたみたいに元気よく噛みついたのは、おなら公爵だった。でっぷりした腹を突き出し、偉そうにオレを見下そうとする。物理的に身長の問題で見下ろされちゃうけど、ヒジリに乗ったらどうなるか。当然聖獣様は空を歩けてしまうわけで。
合図すらなくても、ヒジリは事情を察して空中でのたっと伸びた。いわゆるライオン座りという姿だ。オレは透明の板を空中に作ると、その上に座ってヒジリに寄りかかった。足の部分はカットして、ちゃんと揺れるようにしておく。
「オレは皇族分家で、北の王家の第二王子だ。どちらか片方でも、公爵より地位が上だよね。しかも両方あれば、3人合わせてもオレに勝てる要素がないじゃん。それで誰に操られたの?」
「操られるものか!」
「そうだ、これは我らの意思だ」
認めちゃった。それは罪が重くなるんだぞ。真犯人を特定した今となっては、まあ……逆に好都合だけどね。にっこり笑ったオレは、身の程を知らない彼らに丁寧に説明してやることにした。ついでに……この場に集まった貴族連中にも、格の違いを刻みつけてやろう。オレに逆らう気がなくなれば、お嫁さんのリアムに手出しするバカも減らせるよな?




