265.断罪劇の意味が違う!!
オレの物宣言――カッコいい。うーん、リアムの方がオレより主人公向きだよね。男装して性別を隠す美少女、その設定だけでお代わりできる。カッコ良すぎて惚れ直した上に、キュンとしちゃったからな。
「オレがリアム……皇帝陛下の物なのは事実だね。その上で、聖獣がオレの物なんだけど」
遠回しに皇帝陛下より偉いはずの聖獣を従えたオレが、リアムの配下でもいいよと表明する。偉さがぐるぐる循環するが、最終的にオレはリアムの我が侭を全部叶えたいから。彼女と結婚して幸せになる未来へ向けて、頑張ろう……ん?
ふと、妙な違和感を覚えた。リアムの後ろのシフェルが、小さく誰かに合図を送る。受けた騎士が動き、トゥーリ公爵に近づいた。捕らえるのかな? と思ったけど、断罪劇で黒幕を引き出す話をしてあったのに、おかしくないか。まだ黒幕が判明してない。公爵を捕らえようと手を伸ばす騎士に、オレは待ったをかけた。
「トゥーリ公爵に手を出すのが早すぎない?」
シフェルに向けて風を操り、尋ねる。しかし彼は意味ありげに笑って首を横に振った。このタイミングで合ってるって? 変だな。
ちらっと後ろを振り返り、レイルの表情を探る。困ったように肩を竦める彼の態度、動じないシン。何も知らないリアム……頭の中で様々な状況が組み上がっていく。推理小説書けそうなぐらい、オレの粗末な脳みそがフル回転した。
「ペッコラ侯爵領を、聖獣が破壊したのですぞ」
配下の被害を叫ぶトゥーリ公爵が、騎士に拘束された。
「何をする! 私はこの国の公爵で……皇族に次ぐ身分だぞ。こら、やめろ」
引き倒されるおっさんを横目に、オレは周囲の表情を忙しく追った。配下のはずのエロラ伯爵は平然としているし、拘束されない。オタラ公爵は慌てて逃げ出そうとして、騎士に捕縛された。
ペッコラ侯爵も青ざめているが、まだ自由だった。嫌な予測がオレの中で現実味を帯びていく。そして媚びる視線を向けるその他の貴族家の様子に、舌打ちした。
「……気分が優れないので、一度休憩をいただいても構いませんか」
皇帝陛下の御前用に急拵えで作った表情と言葉で、少しの休憩を願い出る。にやりと笑ったシフェルを睨みつけ、オレは先程の控え室に戻った。
バンと音をさせて乱暴に閉め、その扉に寄りかかる。シンが困ったような顔で「すまん」と謝った。レイルは飄々とソファに座り、ベルナルドは膝を突いて頭を下げた。じいやが淡々とお茶の用意を始める音を聞きながら、オレは口を開いた。
「オレとリアムを騙した罰だ、きっちり話せ」
今頃、シフェルもリアムに問い詰められている事だろう。この際こってり叱られてこい。
「騙す気はなかったが、黙ってろと言われた」
「うん、詐欺師の常套句みたいなのは要らない」
レイルの言い訳をぴしゃりと跳ね除けた。絶対におかしい。リアムは表情を作って誤魔化すことは出来ても、基本的に真っ直ぐだから内緒にされた。その判断はある意味正しい。リアムの挙動がいつもと違えば、オレだってもっと早く違和感に気づけたんだ。
リアムだけ見てたから、気付くのが遅れたんだけど。それは反省するけど、またやると思う。オレの世界の中心はリアムだからね。
「はっきり言うから、イエスかノーで答えて。これはとろり蒟蒻やおなら野郎を排除するための、芝居だよね」
「……イエスなんだが、おなら野郎って誰」
「蒟蒻の仲間で、ほら……えっと?」
「オタラ公爵閣下でいらっしゃいますね」
覚えてない部分をさりげなく補う執事。くそっ、じいやがカッコ良すぎる。納得した様子でレイルが頷いた。
「ああ、あいつか」
じいやの手がさっとお茶を差し出す。受け取って、中の緑茶に頬が緩んだ。やっぱり紅茶より緑茶だよな。茶柱立ってて、何かいいことありそう。
「じいや、茶柱って飲んでいいの?」
「キヨ様、茶柱があることは人に伏せてください。願いが叶わなくなります。それから茶柱は飲まない地域と飲む地域がありますぞ」
失敗した。言っちゃいけない系のおまじないか。ぺろっと舌を見せたが、そもそもシン達には意味が通じてなかった。
「チャバシラとは何だ?」
「知らなくていいよ、シン」
「キヨに黙っていたのは謝るから、兄様と呼んでくれ」
泣きそうな顔でお願いされてしまった。シン、妹もいるのにどうしてオレに拘るかな。よくわからんが、肩を叩いて「シン兄様」と言い直したら、機嫌が良くなった。うちの義兄がちょろ過ぎる件について。
『主、あのブロンズ頭やっちゃう?』
「やらねえよ」
青猫の提案は却下だ。彼が敵を排除する目的で動いたのは間違いなく、オレやリアムを陥れる気はない。どころか、助けるために囮にしただけ……次からは事前相談が欲しいところだ。改善を申し入れておこう。
「それで、洗い出した敵の情報を開示してもらおうか」
「オタラ公爵並びにトゥーリ公爵は、完全に黒だ。主犯と言ってもいい。当主の首を落とした上で、代替わりさせて爵位降格だとさ。ペッコラ侯爵は微妙なので、今回は代替わりだけで済ませる。領地も散々な目に遭ったし、な。これ以上処罰はないだろう」
「一人抜けてる」
「エロラ伯爵か? あれは」
「メッツァラ公爵閣下の配下ですな」
じいや、情報通だな。あの場面で判断したとか? 客商売だから人間関係の把握に長けてるのかも。うん、いいお買い物だった。じいやは大切にしよう。
「よかった、エロ伯爵の領地襲ってたら殴られるオチじゃん」
「エロラ伯爵ですぞ」
一文字足りないくらいで、ベルナルドに注意されてしまった。実際、貴族年鑑を覚える時にこういう変換してたんだよね。あれだよ、あの歴史の年号覚えるゴロと一緒で、この方がするっと出てくる。
「あまり変わらないじゃん」
「人名ですからな。しっかり覚えてくだされ。キヨ様もお名前を間違えられたら腹が立ちますでしょう」
ベルナルドの言い分はもっともなんだけど。
「自分の名前も満足に覚えてない奴だぞ、ないない」
げらげら笑いながらレイルが指摘した。事実だけど、ちょっとムッとする。
「休憩終わり。広間に戻るよ」
隣で寝転ぶヒジリの背に乗った。のそりと起き上がる黒豹は、全然重そうな様子を見せない。そのまま歩き出した。羨ましそうな顔をするマロンを手招きし、人型になるようお願いする。
準備完了かな。スノーは当然のようにマロンに抱っこされ、コウコはベルナルドに絡み付いていた。青猫がいないのはいつものことだ。
「打ち合わせはいいのか?」
「事情がわかってれば平気。それにシフェルもそろそろ戻ってると思うよ」
以心伝心は気持ち悪いが、まあ向こうの状況も大体わかる。機嫌を損ねたリアムに説明して納得させ、再び玉座に座らせるのにあと5分かな。
貴族達はそのまま残った人が多かったらしく、あまり変化がなかった。赤い絨毯の上を歩いたヒジリの背に跨ったまま、オレは隣のシンを見上げる。
「シン兄様、手を繋ごう」
「おお! もちろんだ。可愛い弟の願いなら叶えるぞ」
オレが願わなくても繋ぎそう。失礼な感想を抱きながら、シンと手を繋ぐ。仲良しの王族兄弟を、周囲の貴族が気味悪そうに眺めていた。こういう視線をスルーできるシンの心は強い。さすが注目になれた王族様だった。
「セイを投獄し傷つけようとした者らに対する裁判は、明日から行う。関わった者は厳罰を覚悟せよ」
リアムが顔を見せるなり、宣言した。頭を下げる貴族の顔をじっくり確認させてもらう。マロンが眉を寄せて、ある貴族を指さした。記憶して、もう1人。そこでマロンは無邪気に笑う。終わりみたいだ。褒めるために空いた手でマロンの髪を撫でて、引き寄せて頬にキスをしてやった。
この程度の報酬で、ここまで働いてくれるの……優秀すぎね?