264.劇は盛り上げないと
皇帝陛下のおなり、って声がかかるまで頭を下げて待つ。これが臣下なら深く礼をするが、こっちも王族だからね。斜め45度くらいの角度で許された。しかもオレは皇族の縁戚扱いなので、釈放されたばかりでも拘束されずに済んだ。
まあ、余計なことしようとしたらヒジリ達が牙を剥くけどね。皇帝陛下より立場の強い聖獣達は……なぜかハーメルンの音楽隊状態だった。知ってる? 検索してイラスト見ると分かるけど、大きい動物に小さい動物が次々と乗る形だよ。
馬のマロンの横に、ヒジリ。マロンは青猫を乗せ、チビドラゴンのスノーが跨った。コウコだけマイペースで、ベルナルドの腕に巻き付いている。コウコはもう、ベルナルドと契約しちゃえよ、ほんと。全然かまわないからさ。
「皇帝陛下の御世が続きますように」
いわゆる形式のご挨拶だ。シンが口を開き、リアムが答える。これもまたお決まりのセリフがあるそうだ。王族同士じゃないと使わないらしいけど。
「北王の治世に幸い多からんことを」
ここまでは誰も邪魔できない。王族同士の挨拶が終わるのを待って、口を開いた馬鹿がいた。
「なぜ、この場に罪人がおるのだ! 皇帝陛下の玉体を害そうとした……っ!」
「皇帝陛下、発言をお許しいただけますか?」
顔を上げてにっこり笑う。無礼者の言葉を遮ったオレの堂々とした態度に、周りの貴族が青ざめた。半分くらいかな? 前回の夜会でオレの実力と立場を理解した連中だろう。何より、一部の事情を知らない連中が焦っている。
皇帝が発言した直後、許しも得ずに発言したとトゥーリ公爵に非難の目が向かう。あれあれ? お前、根回しもしないで動いたのかよ。オレより下手か。異世界人で貴族じゃなかったオレですら、レイルやシンを連れ出しての根回ししたぞ? それにベルナルドやウルスラ、シフェルも使ったし。
「よい、余は常にセイを許しておる」
オレに無礼は問わないよ、宣言。さすがリアムだ。にこっと笑うと、少し尖っていた唇が「バカ」と動いた。心配させてごめん。両手を合わせて謝りたいが、それは場の雰囲気を壊すから後で。
「ありがとうございます。陛下には御前を騒がせるお詫びをいたします。さて、声を上げた礼儀知らずの公爵閣下に申し上げる」
「き、貴様程度に」
「いつから公爵は、エミリアスの家名に伺いも立てず口を利くほど偉くなったのか。答えよ」
顎を反らして傲慢さを演出しながら、オレは断罪劇の幕を開けた。
むっとした顔のとろり蒟蒻は何なの? リアムばりの美少女か、カミサマの美少年補正がついたオレじゃないと、そんな顔は可愛くないから。そもそも貴族社会ってのは根回しと狡賢さで成り立つのに、何も手を回してないって……馬鹿か。自殺志願なら勝手にやってくれ。
「……っ、誰も認めておらん」
絞り出した言い訳に、リアムが玉座に肘をついた。不快だぞと遠回しに演出するつもりだろう。足まで組んでる。すらりとした足に涎が出そうだけど、今日は皇帝陛下の正装だから男装なんだよね。これで美少女がミニスカートだったら……じゅるり。涎で脱水症状になる自信あるぜ。ただし、リアムに限る。
「認めてない? 誰も? 皇帝陛下のお言葉を、この中央の国の貴族が?」
嫌味ったらしく、刻んで問いかける。ぐっと変な声で喉を詰まらせた男に、オレのイジメっ子センサーは全開だ。これはもう畳み掛ける? でも気になるんだよな。仮にも公爵の地位にいる男が馬鹿なのは置いといて、皇帝陛下に逆らうほどの度胸はないと思う。
つまり……誰か後ろにいるよね。ラノベでよくある伏線は回収しないと、後で爆発するからな。
「皇帝陛下に申し上げる。我が弟は北の第二王子という地位にあり、陛下の庇護下にあると認識していましたが、相違ありませぬか?」
シンがきりりとした顔で問いかける。うっかり首を横に振ったら「じゃあ連れ帰ります」とウキウキで、オレを抱っこして逃げる気だろう。礼儀正しく問いかけているが、遠回しに「この馬鹿の暴走を許す気はない」と宣言した。
「相違ない。此度は心配をかけたな」
皇帝陛下としてのお言葉だ。皇帝陛下の庇護下という言い回しは、皇族分家のエミリアスであることを意味する。その上、皇帝個人のお気に入りという含みも持たせた。意外と高度な言い回しなのだ。
にこっと笑ったオレに、リアムは視線を向けた。彼女の口元がきゅっと引き締められて、キスを飛ばされた気分になる。
「ですが、この者は生まれが卑しく……王族と言っても養子ではございませんか。異世界人など獣以下ですぞ」
「うん。なるほど……獣以下……うん」
誰かが余計な言葉を吐く前に、オレは笑顔で相槌を打った。割といい方向へ破裂してくれてる。味方の援護で誤爆するのを避けるオレは、頷きながら手を伸ばした。
「ヒジリ、ブラウ、コウコ」
黒豹が歩み寄り、青猫がオレの肩に飛び乗った。ベルナルドの腕に絡んだ赤龍がするするとオレの首に絡み付く。
ちょっと過剰戦力かな。
「スノー、マロン」
頬擦りする馬の顔を撫でてやり、飛びつく白いチビドラゴンを腹の前で抱っこした。
「獣って聖獣のこと? まさかとは思うけど、オレが彼らの主人だって知らないのかな。貴族なのに知らなかったら、いい恥さらしだね」
情報に疎いと笑われて頷くわけにいかない。だが否定すれば、聖獣5匹の主人に仇を成す存在として認識される。さあ、どっちを選ぶ?
「き、貴様などに」
「うーん、そのセリフは飽きた」
一言で切り捨てる。言葉を遮られるなんて、公爵閣下には初めての経験じゃない? よかったじゃん、いろいろ経験出来て。顔を赤くしたり青くしたり忙しいけど、オレとしては黒幕を引き出したいわけだ。あんたと遊んでる時間は勿体ないんだよね。
「聖獣5匹と契約した、その意味がわかるかな。オレが命じれば、彼らはすべての契約を解除する――何が起きると思う?」
「脅す気かっ!」
トゥーリ公爵の発言に、周囲の顔色が目に見えて悪くなった。それはそうだろう。オレの機嫌を損ねたら、領地どころか国土がすべて消失する可能性があった。それをオレ自身が口にし、聖獣達が否定しない。つまり現実にあり得る話だという意味だ。
ここまで焚き付けても理解しない男は放置して、黒幕がそろそろ顔を見せてくれないかな……と期待したが。
「エミリアス殿下、どうかお許しを」
「聖獣様に楯突く気はございません」
騒いだのは黒幕より、事情を知らない貴族だった。まあ、ここまで脅されたら自分の足元が不安になるよ。わかるけど、今は邪魔だ。睨みつけると慌てて口を噤んだ。
「セイ、そこまでにしてやってくれぬか」
「やだ」
皇帝陛下のお取りなしに、一言で却下を伝える。だって、これはお芝居だからね。寛大な皇帝陛下の演出にもなるし。オレは多少悪く言われても今さらだから構わないらしい。ああ、そうさ。リアムのためなら構わないけど、この作戦を立てたのがシフェルだってのは気に食わん。
ベルナルドはずっと剣の柄を握って離さない。シンは疑いの態度を隠そうとせず、騒ぐ貴族を睨みつけていた。ここで動くのはウルスラか、レイル。ちらっと目配せしたオレに、レイルがにやっと笑った。
「北の国の王族を軽んじるのであれば、皇族分家であろうと連れ帰る……キヨは大切な家族であり、偉大な聖獣を従える権力者だ。安全を図りたい、我が国の立場をご理解いただきたい」
ん? 打ち合わせと違う方向へ話が向かってるんだけど……そう思ったのは、オレだけじゃなかった。顔を見合わせたウルスラとシフェルも、想定外だと訴えている。誰より焦ったのは、リアムだった。組んでいた足を下ろして、立ち上がる。
玉座におわす皇帝陛下が立ち上がるとどうなるか。オレもこの場で初めて知った。王族を除く全ての貴族が一斉に膝をついて頭を下げる。ざっと波が引くように音が消えて、沈黙が落ちた。
「ならん! セイは余のものだ」