263.オレのせいじゃないもん
侍女を従え、オレは牢の階段を登る。ちなみに降りる時に蹴飛ばした入口の牢番は、すれ違いざまにグーパンしてやった。腹押さえて蹲ってろ。釣りは要らねえよ、ったく。
王族扱いなのに牢へ入れるのもおかしいが、その王族を蹴飛ばすってどんな教育受けてんだよ。隣に立ってた偉そうなおっさんも、扇で引っ叩いておいた。ぼきっと勢いよく折れたので、後ろの侍女に渡す。当然のように予備が出てきた。つうか、予備の方が立派じゃね?
「こっちのが高そうだな」
「はい、レイル様のご指示です」
「あ、うん」
見透かされてた。オレが黙って見逃すわけがないと踏んだレイルは、折られる1本目を安物寄越したわけか。重さがあったから、丈夫そうだったけどね。拳で殴るべきかと反省しかけたオレだが、用意されてたなら遠慮なく使って正解だ。
「やっぱり折ったか」
「うん、悪い。助かった」
北の国の作法で学んだのは、扇は常に腰の帯に差しておく。使い方はあれだ、金持ちの奥様の「おほほほ」って口元隠すのと同じで、広げて顔を半分隠す。後は時代劇みたいに無礼者を叩くくらい。そう考えると使い方は間違ってないが、使う場面が早すぎた。まだ断罪は始まってないからね。
迎えにきたレイルに肩をすくめ、くるっと回って見せる。
「どう? 可愛いでしょ」
「ほんっと、お前はそういう奴だよな」
ゲラゲラ笑うレイルと拳を叩き合い、並んで歩き出す。正式な場では、元王弟の息子は公爵家くらいの地位だった。だからオレの隣に立つのは身分が許さない。しかし非公式の場では、オレが構わないなら許される。軽口叩き合いながら、状況を確認した。
相手が何を狙ってるか。そこの状況確認は必須だ。
「予想通り、敵に女性だとバレた。手込めにされる前に、守ってやれよ」
瞳の色と同じ薄い青の正装姿にも関わらず、レイルは煙草を咥えた。いつもと同じ、薬草を束ねた甘い香りの鎮痛剤だ。常習してて平気なのか? 一度尋ねたが、答えをはぐらかされた。あまり良くないらしい。
「わかってる」
「我が君、ご無事でしたか!」
駆け寄るベルナルドが斜め後ろに控えた。オレの警備隊長を買って出た男は、中央の国の貴族としての正装だ。いわゆるフランス辺りの中世の貴族みたいな恰好だが、きっちり剣を下げていた。つい先日暴れて牢にぶち込まれたのに、よく許可が出たもんだ。この辺は宰相ウルスラの采配か。
「その剣、よく許可が出たね」
「許可など不要です」
……違った。誰も許可出してないじゃん。え? 振り回したらまた捕まる案件じゃないか。まあ、本人が満足そうだからその辺は追求しないが。
「いくぞ。オレは本気で怒ってるからな」
リアムに手を出すなら、国ごと潰してやる。被害者の数なんて知ったもんか。
気取った足取りで進んだ先で、貴族達がさっと道を開ける。この辺は日和見を決め込んだ連中と、以前にオレがやらかした事件をよく知ってる奴らだ。問題なかった。叩きのめした伯爵のご令嬢が青ざめて逃げていくのを見送り、謁見に使う大広間へ向かった。
ベルナルドが後ろで帯剣して付いてくるせいか、誰も余計な言葉をかけてこない。すたすたと広間の前まで行くと、すぐ近くの控室に通された。謁見を待つ貴族や、他国の使者が待つ部屋なんだけど……予想通りシンが待って、いや飛びついてきた。
「ぐぇ」
「心配したぞ! 我が国の王子に、なんという無礼なことをしてくれたのだ!! 宣戦布告……」
「したら、オレも敵に回すよ」
「……しません」
しょんぼりしたシンの頭を撫でて、あまりの落ち込みぶりに苦笑いした。捕虜にした当初は凛とした指揮官っぽかったのに、こんなに懐かれるなんて。これはカミサマの悪戯か? 正直、上に兄弟がいるのは擽ったい気分だ。慣れなくて甘え方が分からない。
「心配してくれてありがとう、シン兄様」
ここは弟であるオレが先に折れる場面だろう。ちょっとあざといかと思いながらも、媚を売っておく。ご機嫌で「心配するのは兄の特権だ」と頬ずりするシンを放置し、オレは聖獣全員集合を掛けた。
「ヒジリ、ブラウ、コウコ、スノー、マロン」
部屋に残した子も、出掛けてる奴も全員呼びつける。足元からするすると出てきた青猫が黒豹に踏まれ、その上を滑るように赤蛇が移動し、飛び越えた白ドラゴンが一回転して着地する。最後にマロンが子供姿でよたよた出てきて、思わず手を貸した。また黒い穴に落ちそうなんだよ。
「ご苦労さん、全員集合してもらったのは……お待ちかねの断罪劇だっ!!」
「「おう」」
聖獣より盛り上がる、シンとベルナルド。
「お待たせいたしました。本日はお供させていただきます」
さりげなく部屋の隅で待機していたタカミヤ老人が加わる。
「彼はキヨの執事だと聞いたぞ」
シンが本当かと問うので、大きく頷いて紹介がてら自慢した。王族や高位貴族の使用人は、代々仕えている者が多いそうだ。そのため、自分でハントしてくるのは珍しい。心配そうだったが、タカミヤが旅館の話をすると目を見開いた。
「あの……椿旅館のオーナーか! 泊ったことがある。にしても、さすがはキヨだ」
何を褒められたのかと思えば、レイルが教えてくれた。
「椿旅館はその接客が有名で、各国の王侯貴族から引く手数多なんだ。そのオーナーを女中ごと引き抜くなんて、普通は無理だぞ」
「タカミヤ爺さん、そんなに凄い人だったんだ」
同じ日本人の誼で付き合ってもらって悪かったかな。
「いえいえ、タカミヤとお呼びください」
「いやいや……じぃにしとく」
「じいやの方が好みですぞ」
妙なやり取りだが、ここは時代劇知らないと分からない件だろう。オレとしては「じぃ」と呼ぶ大名家の坊ちゃん気分だった。「じいや」だと幼い頃から知ってるイメージだ。ばあやの反対語と考えると余計そんな気がするし、なんか明治頃の良家のご子息になっちゃう気がしない?
「うーん。じいやでいいか」
あちこちからスカウト来る人だし、逃げられたら困る。
『主殿、どこまで破壊しても……』
「なぜ破壊すると思ったの」
『全員呼ぶからよ』
「皇帝陛下への謁見だし、断罪劇に当事者として参加したくない?」
『『『したい!』』』
「だろ?」
ふふんと得意げな顔をしたオレに、聖獣達が近づいた。ヒジリは何やら変な顔をしたあと、いきなりオレに噛みついた。軽く骨砕くのやめてもらえますかね。普通は砕く物じゃないと思うけど。血が出た傷を癒しながら、ついでに治癒を施してくれたらしい。
「すっごい癪だけど、ありがとう」
ヒジリの首に抱き着いてお礼を言っておく。ほんと、一般的な方法で直してほしいけどね。愚痴を漏らすと、ヒジリがキョトンとした顔で指摘した。
『主殿が言ったのであろう。キスは嫌だと』
「嫌だよ」
キス以外で毒を消そうとしたから、唾液をオレの体に直接流した……ほかの方法を模索しよう。この後もために。この世界で長く生きていく中で、ずっと獣ベロチューか噛まれるの二択しかないのは厳し過ぎた。
「皆様、皇帝陛下がお会いになるそうです」
「承知した」
北の王太子シンが応じる。オレも顔を引き締めた。レイルはオレの斜め後ろの目立たない位置に陣取る。護衛のベルナルドと執事のじいやを連れて……出陣だ! と恰好を付けたところで、後ろから質問が飛んできた。
「ペッコラ侯爵領のこと、責められるぞ」
対策を考えておけよ。そんなレイルの忠告に、オレはイイ笑顔で振り返った。
「なんのこと? オレのせいじゃないもん。知らないよ。どこかのバカが聖獣の怒りでも買ったんじゃない?」
「くくっ、いい度胸だ。それなら心配いらねえな」
「兄が守ってやるぞ」
レイルとシンのお墨付きをもらい、オレは大きな扉の前に立つ。久しぶりの正装までしてやったんだ。それなりの抵抗をみせてくれよ? とろり蒟蒻と愉快な仲間たち――。