262.大惨事って言われてもなぁ
「地上が大惨事だ」
顔を見せに来たレイルの開口一番がこれだった。
「オレ、一応毒盛られた可哀想な従兄弟よ? まず心配から始まるべきじゃね?」
「元気そうだな、心配したぞ。で、ペッコラ侯爵領がほぼ全滅だ」
棒読みされた。
「文句があるなら青猫に言えば?」
「ほう? おれは青猫が原因とは言ってないが……やっぱりお前の指示か」
やられた。思わず自白しちまった。貴族相手と違って、ぽんぽん軽快に話しちゃうのが原因だろう。それにレイル相手に隠す気はないし。これから貴族とのざまぁノベル系断罪劇して遊ぶんだから、注意しないと。
「人聞き悪いこと言うなよ、オレが悪の総帥みたいじゃん」
「その通りだ」
くそっ、ブラウどれだけ吹き飛ばしたんだ?
「どのくらいの大惨事だったの」
被害規模の把握は大切だ。レイルが大げさに言ってるだけで、実際には屋敷の屋根が吹き飛んだくらいの軽い状態かも知れないし。そのくらいなら強風や台風の突風で起こりえる被害だ。そういや、この世界に来てから雨に降られたことあるけど、台風の経験がないな。
「まず侯爵家の城が真っ二つだ。地面まで切れてて、中にいた侍従がひとり腕を失った」
一緒に切ったのかな? うーん、意外と犠牲が少ないから、ブラウもきちんと気遣った結果だろ。これは怒っちゃいけない失敗だな。許す。最悪叱られたら治癒すればいい。奴隷の子と一緒で欠損も修復できるから問題なし。
頷いていると、レイルが溜め息を吐いた。
「侯爵領の都と農村部の間に川が流れてたんだが……その川もぶった切った結果、水が途中で消失した」
川の水が消えた。空間系はマロンが得意だっけ? 水ならスノーだけど。どっちもここにいたのに。
「地面に大きな亀裂が出来て、農作物へ向かうはずの川が滝になったらしい」
穴に流れ込んでるで、ファイナルアンサー? 川の途中に亀裂が出来て、地下に新しい川の続きが出来ちゃった。でもって高低差がありすぎて滝つぼ状態になり、誰も汲みだせない。よくある話だよね、地割れってやつでしょ。川のところで起きたのは不幸な事故だった、うん。
「ふーん、天災か。何か罰が当たるような悪さしたのかな?」
ふふっと笑ったオレに、レイルは王族の肩書を脱ぎ捨てて額を小突いてきた。いわゆるデコピンだが、これ、地味に痛いやつ。
「大地が割れる前に『てんちゅう』と叫んだ青猫が目撃された。お前の釈放まであと少しだ」
天誅? 間違いなくブラウだ。そもそも青い猫なんて他にいないと思う。いくら異世界でも青は驚いたもんな。ぼんやり聞きながら、口元を緩めた。
「釈放されたら、すぐ動くから」
「服はこっちに運ばせる」
王族としての正装を手配したレイルに頷いた。着替えて、北の王族として謁見を申し出る。その場に各貴族家が集まるはずだ。当然、問題のとろり蒟蒻もね。そこで「ぎゃふん」と言わせてやろうじゃないか。
悪役の笑みを浮かべてレイルと目配せしあった後、ベッド脇の椅子に腰かけた……ら、何かが尻の下にいた。
『ぎゃふん』
「お前が言ってどうする? つうか、一応お約束だな」
感触で気づいたが、青猫ミニバージョンだ。家猫サイズに縮んだ青猫は、潰されたカエルのように手足を伸ばして敷物になっていたが、慌てて飛び起きた。腰を浮かせたオレの尻下から逃げ出し、降りた床の絨毯に寝転ぶ。優雅に毛繕いを始めた。
『僕は頑張ったんだよ? ちゃんと敵の本拠地を狙って、間違えて隣の領地を叩きのめしたし』
間違えたかどうかはともかく、普通は隣の領地に攻撃したら「ちゃんと」とは言わない。この辺の軽口はブラウ特有だ。
「ヒジリはどうした?」
『ここぞ』
当然のように足元からご出勤。のそっと顔を見せた黒豹は、邪魔な位置で毛繕いするブラウの首根っこを咥えて、ぽんと放り投げた。当たり前のようにオレの足元、ブラウがいた位置に陣取る。この辺の容赦のなさ、ブラウに対する冷たさは出会った頃から変わらない。
「ご苦労さん、頼んだ作業終わった?」
『もちろんだ。我は青猫より優秀だからな』
ふふんと得意げな黒豹の耳の間を撫でて、ぐるっと手を回して顎まで一気にもみほぐす。両手を使って全力でヒジリの艶がある毛皮を愛でた。気持ちいい。
「そうしてると、本当に大きな猫と飼い主みたいだ」
呆れ顔のレイルが呟き、オレはにっこり笑って上を指さした。
「レイル、そんな話してる時間ないだろ? 早く準備して、リアムへの手回しもよろしく」
「了解。人使いの荒い奴だ」
「支払いなら出世払いしてやるよ。きちんと出世させてくれよ?」
にやにや笑いながらの言葉に、赤い前髪をぐしゃりと乱したレイルが肩を竦めて踵を返す。ひらひらと手を振って出ていく彼は、門番に小金を落とした。何やら命じたが渋ったらしく、また金を追加する。途端に態度の良くなった門番の肩を叩き出て行く。
賄賂を渡して融通を利かせてもらう瞬間を目撃してしまった。なんか、悪役っぽくてカッコいい。あれは憧れる。さりげなく渡すのがコツだろうな。うーん。暇に飽かせて、オレはしばらくヒジリとブラウ相手にレイルの賄賂ごっこを繰り返して遊んだ。門番が苦笑いしていたが、無視だ無視。
師匠ごっこと名付けた遊びに飽きる頃、オレ宛に衣服が届く。門番が見ないフリしたお届け人から受け取った服に着替え、収納から玉を取り出して身に着ける。さあ、戦いに赴こうか。
檻から出るなり、駆け付けた侍女は中央の国の制服ではなかった。北の国から連れてきたようで、少し言語も違う。オレは自動翻訳で通じるけど、日本人が話す英語みたいな訛りがあった。たしかシンが使ってた言語って、これだっけ? 思いだしながら話しかける。
「こっちの言葉の方が楽?」
「あ、はい。お気遣いありがとうございます」
イントネーションが直る。言語が切り替わっても、オレは違和感を覚えないのが便利だった。自動翻訳、時々バグるけどほぼ万能チートだ。最悪の場合、通訳で食べていけるもんな。
嬉しそうな侍女が手にしたトランクに似た箱を開いた。一瞬で机の形に組みあがるのは、バネみたいな仕組みがあるらしい。あとでシンに教えてもらおう。机の上部はそのままトランクの荷物が入っている。ビロードみたいな布に包まれた貴金属が大量に並んでた。
もしかして?
「第二王子殿下に初めてお目通りいたします。王宮侍女のリイサと申します」
「ご丁寧にどうも」
受け答えに困り、曖昧な返事をしてしまう。くすっと笑った彼女は牢の廊下にも関わらず、オレの髪を手早く結い始めた。くそっ、身長差……屈まなくてもちょうどいいって、地味に屈辱なんだが?
手早く金髪を結い上げて、ぱたぱたと顔に化粧を施される。薄化粧の類らしく、あまり色は使わなかった。それからお飾りの簪を2本ほど髪に差し込み、帯の高さを調整した。離れた位置で確認し、首飾りを交換する。この辺の着飾るマナーやルールは、現地の人にお任せするのが一番だった。
オレのセンス、当てにならないし。珍妙な恰好で余計な恥かく心配ないのは助かる。
「完璧です。お美しいですわ、第二王子殿下」
「ありがと、それと名前はキヨヒトでいいよ」
「承知いたしました。キヨヒト王子殿下。ご尊名を口にする栄誉を頂き、感謝申し上げます」
名前を教えたら嬉しそう。鏡を見て自分の姿を確認し、「お美しい」の意味を理解した。どう見ても美少女系の仕上がりなんですけど? 女装用のドレスじゃないのに、オリエンタルな中国美少女風……。
『主、これって美少女戦士系?』
同じことを思ったけど、腹が立つ。横にスリットが入ってるけど、まあズボンもあるから……あれだ。ベトナムだっけ? アオザイってやつに似てる。
「これ、シン兄さまの指示?」
「よくお分かりで。王太子殿下の仰られた通り、聡明でいらっしゃいますのね」
ああ、うん。やっぱりね。シン……後で覚えてろよ。