261.毒の盛り方も知らない素人かよ
解毒は済んだけど、症状は知ってるから演技を続ける。オレが毒殺されかけた話を、医者や牢番が積極的に広めてくれると助かるんだが。ちなみに少し離れた別の区画に、ベルナルドが囚われていたそうだ。早朝、ごねる父親を息子が身受けしたと聞いた。主犯扱いじゃないし、彼を閉じ込めとくと侯爵家や軍を敵に回す可能性があるからね。釈放は正しいと思うよ。
ちなみに北の王家からは使者が出立したらしい。シン兄ちゃんだといいな。ちょろいから。会ったこともない妹は除外できるし、国王自らご出馬もないだろう。出馬って言うと選挙みたいだ。そういや引き籠ってたから、一度も選挙権行使しなかったなぁ。今なら行ってみたい気もする。
自分達の手で政の頂点に立つ人を選べるっていいよね。王政も国王がまともなら機能するけど、ラノベみたいに馬鹿が頂点に立ったら目も当てられない。
「これは……喉の奥の糜爛状況からみて、毒ですな。それもかなり強い種類です」
慌てふためいた医師がはっきり宣言したことで、集まった別の牢番達もざわめく。当然、この中には敵の手の者が混じってるわけだが、逆にウルスラ達側の人間もいる。双方に平等に与えられた不穏な情報。このカードの切り方ひとつで、今後の情勢が一気に変わるはずだ。そこでオレはもう一枚カードを用意した。
「聖獣が怒って飛び出したから、呼び出して宥めないと……大変なことに……」
病弱美少年風にここで意識を失う……フリをした。もう主演男優賞どころか、ヒロイン枠じゃん? 伸ばしかけた手は力なくベッドに落ち、美しい紫の瞳が目蓋に隠れる。そして白い肌を縁取る淡い金髪が流れた。眦にオプションで涙を追加する。これは魔法で演出してみた。
よく映画でみるじゃん。目を閉じて少し首が傾いた時に、ぽろっと流れ落ちる儚い演出――あれだ。イメージは完璧で、流れた涙は周囲の水分です。水の魔法でいいよね、みたいな。だって舐めるなら塩水だけど、誰も舐めないだろ。
『僕の主様になんてことを……』
うるうるしながら、チビドラゴンがベッドの向こうから顔を見せた。白いトカゲ様は、ぺろりと涙を舐めとってオレの顔にしがみ付く。
演出としては最高だが、おまっ、手が冷たいぞ。爬虫類だからな? そこは気遣ってくれ。びくっと肩が揺れて慌てて力を入れて押さえたんだぞ。起きてるのがバレたらどうしてくれるんだよ。心の中でぼやきながら、いつの間にか首に巻き付いたコウコの冷たさに身じろいだ。さすがにびっくりしたし、我慢できない冷たさだった。
「苦しんでおられる。解毒剤を用意させましょう」
医師は慌てて牢内から出て行った。たぶんだけど、解毒剤を理由にして蛇やトカゲから逃げたっぽくない? 離れてくれたのは助かった。おかげで死んだフリ……じゃなくて、寝たフリがバレない。
コウコが、シャーと牙を見せつけながらオレを守る仕草を見せた。聖獣が怒ってるの部分を強調する演技派のコウコに、今回の助演女優賞をあげよう。ヒジリ達大型の獣が出て来ないことで、彼らが怒って飛び出した説が広がるだろう。
さあ、どうする? 仕掛けたとろり蒟蒻が追い詰められ……あれ、正式名称が思いだせない。目を閉じたまま、オレは頭の中で貴族年鑑を捲った。似た名称がないかな? そんなことをしている間に、牢番や医師が引き上げた。
残る牢番の気配がひとつになったところで、薄目を開けてさらに確認する。寝返りを打ったように見せかけて、檻に背を向けた。首に巻き付いて温まるコウコを撫でて、彼と彼女に「念話届け」と魔力を向けてみた。
びくっとした2匹は周囲を見回し、首を傾げながらオレに視線を戻す。小さく頷いて瞬きすれば、理解したらしい。声を出すと響くから、オレが声じゃない通信方法を使えば、会話してないと牢番が証言してくれる。
『あのさ、ヒジリかブラウに暴れてきてもらえる? 国が滅びない程度で、出来たらトゥーリ公爵家の領地周辺がいい。あとは配下のエロラ伯爵か、ペッコラ侯爵でもいい。オタラ公爵も敵かな。場所は任せる』
さっき思いだした勢力図から名前を羅列する。とろり蒟蒻=トゥーリ公爵が繋がった途端、思いだしたのはウルスラに聞いた家同士の繋がりだった。さて、どこから切り崩すと楽しいかな。
『ブラウがやるわ、ペッコラ侯爵領が足元みたいよ』
『人が大量死しない範囲でお願い』
高級猫缶でも取り寄せてやろうか。お礼を考えながら伝えてもらった。聖獣同士の意思疎通の法則がよくわからんが、元は同一人物だから何とでもなるんだろう。念話って疲れる。
「お、おい……具合、悪いのか? 汗かいてるぞ」
牢番が心配そうに外から声をかけて来る。コウコが派手にシャーと威嚇したため、びくっと後ろに飛び退った。脅かして悪い。念話に慣れてないから、汗をかいたみたいだ。まだ寝たフリをしたいので、呻いてシーツに潜るパターンで誤魔化す。
「その……ひどいなら医者呼ぶから」
声をかけてくれと叫んで逃げて行った。のそっとシーツから顔を出す。蒸れると暑い。
『やだ、主人ったら……本当に熱があるわ』
コウコが首や肩に巻き付く様子を見て、スノーが顔にぺたりと腹を押し当てた。
『効率よく冷やしましょう』
『息っ、鼻と口を塞いでるっ!!』
念話で抗議した瞬間、スノーをべりっと引き剥がした。はぁ、はぁ、荒い息を整えたオレは生きてることに安堵する。危なく聖獣に殺されるところだった。
『ご主人様、僕……傍にいたいです』
マロンが子供姿でシーツ内に出現し、よしよしと彼を撫でている間に意識が薄れた。あれれ、解毒剤飲んだのに……思ったより症状がきつい。ヒジリが戻ってこないと自分の治癒は出来ないんだけど。医師が解毒剤持ってくるけど、間に合わないパターンを狙ってたのか?
嫌な想像が頭を過る。そもそも即死しない毒を大量に盛りすぎ……あ、適量が分からなかったとか? そんな素人が毒殺目論むなよ、迷惑だから。ぼやきながら目を閉じた。