260.居心地いいからいいけどね
どう反応したらいいのか。オレは今、檻の中にいる――。
温泉旅行を無事に終えたところで、宮殿からの連絡で一時帰ることになった。というのも、旅行で行きたい場所リストを用意していたリアムのために、もう少し旅行したいと考えていたのだ。だが、お呼び出しがあれば無視も出来ない。
で……檻の中。ごめん、説明を省き過ぎた。何から話したらいいのか、オレ自身も混乱してるんだ。ぼやきながら、オレは目の前で腕を組むレイル相手に、あれこれと言い訳していた。
「お前の容疑は、皇帝陛下誘拐だぞ」
「あ、そうなんだ」
皇帝陛下自ら出向いた誘拐なんて、どうやって事件化したのかな? やたら豪華な牢なのは、腐っても王族だからだ。オレが皇帝陛下に懸想して、無理やり襲おうとした……となっているらしい。まあ、懸想した辺りは間違いない。
「誰が騒いだの?」
「トゥーリ公爵だ」
「とろり蒟蒻ぅ?」
「ふざけてると放置するぞ」
王族服を着用したレイルは、一応オレを助けてくれる気があるらしい。というのも、実家扱いの北の王家が「攻め込んででも助ける」と表明した。間違いなくシン兄様だな。騒動を大きくする名人だ。あの突発性ブラコンは後天的だが、たちが悪い。
「シンはちゃんと抑えた?」
「今は我慢させてる。兵士を集めろと言ったら、金貨ばら撒いて集めたぞ」
「……マジか」
やりそう。想像ついちゃう。でもって、友好関係を結んだはずの北の王家から抗議が入るのを承知で、そのとろり蒟蒻は動いたのか? それとも義理の第二王子なんか見捨てるだろうと甘く見た可能性もある。
「リアムはなんだって?」
「ウルスラに様子見するよう言い含められて、おかんむりだ」
「謝っといて」
両手を合わせてごめんねすると、レイルが近づいてオレの上着の襟を掴んだ。ぐいっと引き寄せられる。
「ちょ、囚人への乱暴は」
「うるさい!」
牢の番兵が怒鳴られるが、レイルも手を離した。襟の裏に何か紙を忍ばせてきたけど。どうやら裏事情はばっちり探れたらしい。この紙に書かれた情報をもとに、敵を追い詰める予定だった。だからオレも大人しくしていたし、レイルもわざわざ王族の格好をしたわけだ。
国として正式に抗議してますよと示すのは大事だからね。ウルスラやクリスティーンが必死に説得し、リアムも我慢している。そうして用意された豪華な牢で……オレは良い香りのする料理を引き寄せた。
「悪い、食事中だったんだけど食べていい?」
「お前はそういう奴だよな。豪胆というか、鈍い」
ひどい評価だな。ムッとしながらスープに口を付け、よく味わってから飲み干した。あらやだぁ、毒殺する気ぃ? これ毒が入ってるじゃない! ブラウの口真似をしながら、オレは残ったスープを綺麗に飲み干した。
昨日、呼び出しに応じて転移した。各主要都市には転移用の魔法陣が設置されているから、皇帝陛下同伴だし? と気楽に利用させてもらった。日本人会のメンバーは旅館を堪能し、戻ってくるのを待つと言ってたけど。愛梨ちゃんだけ付いてきた。まあ実家がある中央の国だし。貴族令嬢が連チャン外泊はまずいよね。
到着したオレ達一行は、その場で剣を突きつけられた。意味がわからん。まず皇帝陛下とクリスティーンや侍女が保護され、オレの盾になると豪語するベルナルドが暴れて騒ぎを起こした。この間に逃げろと言うのだろうが、逃げたのはレイルだけ。目配せで役割分担を終えると、レイルが姿を消したのを確認したオレはベルナルドを制止した。
この時点で、こちら側の負傷者はベルナルドただ一人。それも剣を奪う際に手を切った程度のケガだった。名誉の負傷だと自慢げなベルナルドの手を取り、さっと治癒して見せる。愛梨ちゃんはリアムの横でちゃっかり安全を確保してた。
うん、それでいいと思うよ。女の子がケガとか……親が泣くし、ねぇ。でもって抵抗をやめた時点で、ベルナルドはしっかりお縄になった。もう縄っつうか、鎖をぐるぐる巻きにされて連行。彼は一応侯爵閣下だった人だから、数日で釈放されると思う。主犯じゃない上、息子が動くだろう。
オレは手助けを拒んで、わざわざ牢に入った。というのも、犯人はレイルが調査するからいいとして、動機や目的が不明なのだ。ドラゴン殺しの英雄を貶めたい、戦争の功労者を何とか罪人にして追い出したい。その程度なら問題はない。
リアムが狙われた場合が難しかった。彼女の性別がバレたとか、オレが配偶者になるのを阻止する目的なら、根こそぎ処理しないと大変だからね。雑草ってのは、根の奥まできっちり駆除しないと。忘れたころに新しく芽吹かれたら迷惑だ。
「また来る」
「うん、レイル兄様もお気を付けて」
意味ありげに王族っぽい言い回しを使う。ここの牢番は間違いなく犯人側の手が回っていると考えるべきだ。ならば、普段は粗雑に互いを扱うオレとレイルが、意味ありげな言動を見せたらどうする? 敵側は勝手に裏を読んで動く。誘うなら堂々とね。
今回は表ルートの転移魔法陣を使うため、リアムが皇帝陛下スタイルに着替えていたこと。聖獣がすべて影に潜っていたことが幸いした。普通は、聖獣がオレの足元の影に潜んでいるなんて思わないからな。武器もすべて収納に放り込んであるが、この辺の事情も貴族連中は知らない。
馬鹿だな、食料も解毒剤の材料も武器も……全部オレが持ち歩いてるってのに。
見回した部屋は牢なのに石床に絨毯が敷かれ、ベッドもなかなか柔らかかった。正直に言うなら、うちの官舎よりいい寝具じゃないか? あとで交換して持ち帰ろう。どうせ経費だろ。悪いことを考えながら、オレは部屋に浄化を掛けた。
ほらぁ、潔癖症だからぁ~。くねくねとブラウの真似ごっこをしながら、部屋の奥にあるベッドに寝転ぶ。囚人用なのに天蓋付いちゃってるの、もう笑えるよな。たぶん、着替えをする目隠しか。まさか自家発電用? いやいや、そんなの……この寝具持ち帰るのやめようかな。浄化したら平気?
「王族なのに、何をやらかしたんだ」
牢番のおじちゃんがいつの間にか交代してた。さては、もうご注進に走ったな? 単語の使い方おかしいけど、意味は合ってるからいいや。
「さあ?」
まったく心当たりがないの。困ってるの。そんな無邪気な様子を装ってみる。しょんぼり肩を落とした美形少年、しかも王族というやんごとなき身分とくれば、同情必至でしょ。こっそりシーツの下に収納の出口を作って、薬のキットを取り出した。
必要なのは、先ほど飲まされた暗殺用の毒の解毒剤。これは複数回飲ませないと殺せないが、わりと入手しやすい材料が使われてて足がつきにくい。ついでに、即死されると困る場合にも使われる。この辺の毒の知識はレイル教官にみっちり教え込まれたから、覚えてますよ。
何度も毒飲まされて吐いて転げまわって治癒の繰り返しだったもん。耐性作りに苦労した甲斐があったというものだ。味ですぐに種類がわかった。ちなみに、元のスープ自体は大変美味でした。あれだね、ジャガイモ系ポタージュのお味がやや和風になった感じ。オレ好みの味付けだ。
「可哀想になぁ、政権争いか?」
「……皇帝陛下と仲良くなったせいかも」
俯いて背を向けた手元は忙しく薬を合わせている。こういう劇薬系は薄めて使うんだけど、調合用に持ち歩くのは原液なんだよな。一滴だと死ぬけど、その半分なら蘇生……くらい効果が違う。薄めて調合する余裕がないので、自家製つまようじの先で計量した。
ぺろっと舐めて解毒剤を吸収し、あまりの不味さに「げっ」と声が漏れた。口元を咄嗟に押さえたが、声は当然聞こえている。牢って音が響くんだよ。でもって重要人物が体調不良を訴えたらどうなるか。当然医者が呼ばれてしまう。
「な、具合が悪いのか?!」
「さっきのスープ飲んでから、胸やけが」
ここは毒を盛られたアピールの絶好のチャンスだな。頑張る。激マズに嘔吐しかけたおかげで、自然と目は潤んでいる。もう一回えずくと、眦から涙がぽろり……やばい、これって主演男優賞物じゃない?自画自賛しながら、医者の到着を待った。




