259.鼻血は正常な反応です
料理のレシピメモが大量にストックできて、オレは嬉しい。そしてオレが集めた調味料を彼らに披露したところ、バルサミコ酢をゲットした。オシャレすぎて使い方がわからん。代わりに黒酢を渡したら、大喜びされた。
ちなみに愛梨ちゃんはお料理が出来ないそうだ。前世でも作らなかったし、貴族令嬢なら料理人がいるもんな。彼女に関してはクリスティーンが、家ごと味方につける方向で調整中だった。この辺のやり方は、貴族派と皇帝派のあれこれがあるらしい。
難しい話すると寝るぜ? オセロの黒を選んでひっくり返していく。向かいで白を手に唸るリアムが真剣に悩んでいた。後ろから愛梨ちゃんが、リアムの肩に触れながら「こっち」と指示している。
やばい、愛梨ちゃんが意外と強いので、このままではオレが負けるぞ。レイルとかいたら強そうなのに。ベルナルドを手招きするも、彼はそもそもゲームに慣れていない。ダメ元だったが……腐っても軍人、一応は将軍職に就いた男だ。戦略家だった。
これが盲点というやつか。さくさくと指示されるまま、愛梨ちゃんとベルナルドの一騎討ちになってしまった。
苦笑いして、オレとリアムは別の卓上ゲームを始めた。ダイアモンドゲームなる、3人で遊ぶ駒の移動だ。これはチェスを嗜むリアムが強い。2人で始めたが、すぐにタカミヤ爺さんが混じって、リアムとギリギリの勝負を繰り広げて爺さんが引いた。オレ? 完全にビリだよ。
ある程度楽しんでいる子どもをよそに、大人は真剣な話をした後……ただの酔っ払い親睦会になった。ワイン片手にリアムが参加したので、オレも酔っ払いの輪に入る。ベルナルドは瓶から豪快に日本酒を飲み、すでに顔が赤かった。護衛が酔ってもいいのか?
『主、見て見てぇ』
瓶を使って上手にバランスを取る青猫、普通猫サイズなのは狙いがあるはず。瓶を割らないためじゃない。その予測を裏付けるように、赤い顔で酔った女中さんに抱きしめられて、顔を胸に埋めている。あ、くそ。何その羨ましい状況。睨みつけていると、何を思ったのか。
リアムが手招きした。素直に応じると、ぎゅっと抱き着かれる。ここまでは普通だが、いつもと違ったのは抱き締められたオレの顔の位置だった。クリスティーンの時のようなバブみはない。もっと慎まやかな胸だが、しっかり存在感があって――。
「ぶほっ」
鼻血が出た。すごいいい匂いがする。何ここ、天国ですか? ちらっと上目遣いすると、心配そうなリアムと目があった。また鼻血が勢いを増した気がします。
「銀くん、こっちをむけ。鼻に詰め物を」
「いや、鼻のここを摘むと聞いたぞ」
「え? 上向いて首の後ろ叩くんじゃない?」
「それは危険だから」
云々、日本人の家庭の医学みたいな知識が次々と出てくる。あっという間にオレは鼻に詰め物をされた上、鼻の上部を摘まれて横向きに転がされた。
「リ゛ア゛……ぁ゛」
情けない。こんなオレを見ないでくれと思った気持ちを、彼女は笑顔で叩き潰した。
「安心しろ、私が膝を貸してやる」
お礼を濁音付きで口にしたものの、彼女の柔らかな膝の感触と下から見上げるやや膨らんだ胸元が気になってだね……熱が出そうなんですが? 鼻血も止まる気がしないんですけど。
オレが失血死したら、ヒジリに回復してもらおう。ぼんやりと膝に頭を預けるオレの上に、獣の影がかかった。遅いぞ、ヒジリ。手を伸ばすと、黒豹はオレの口にべろっと舌を入れた。
今日ばっかは拒む気にならん。鼻の粘膜が傷ついてるわけだから、治癒で治るわけだ。あれ? そういえば、愛梨ちゃんが治癒できなかったっけ? トミ婆さんの腰痛治療してたよな。
べろべろと口中舐め回されてから、ぷはっと解放された。今頃気づいても遅いが……ちらっとリアムの反応を窺うと、彼女は目を輝かせていた。
「凄いな、やっぱり黒の聖獣殿の治癒は完璧だ」
鼻血は止まったよ? でもさ、婚約者となる恋人が獣に唇を奪われてる状況は、こう……いろいろと感じて欲しかった。抗議してくれてもいいんじゃないか?
「皇帝陛下、嫉妬はないのですか?」
「嫉妬? 誰にだ?」
尋ねてくれた愛梨ちゃんが、気の毒そうな眼差しを向ける。それは貴や海斗も同じだった。裏の読めない笑顔のトミ婆さんはともかく、華麗にスルーしたタカミヤ爺さん。ベルナルドは寝たフリしてるし。
嫉妬はして欲しかった。顔を覆ってしくしく泣くオレの姿に、リアムも何か感じたらしい。上に覆い被さってくれた。柔らかな何かがオレの手の甲に当たってるんですが……これはあの、リアムのお胸様で合ってますか?
「嫉妬はないが、セイは私のものだ」
「うん」
感極まりすぎて、まともな返事ができない。ついでに手を動かせないので、声はくぐもっていた。ここで手を動かしたら痴漢だぞ。クリスティーンも今は静観してるが、殺される案件だからな。自分に言い聞かせ、必死で理性を保った。
あ、ダメ。また鼻血でそう。