15.訓練は、三途の川原でした(3)
派手な爆発音と振動、肌を焼く熱が伝わる。
地下室は真っ白な埃と煙で何も見えなかった。24時間戦うアクションドラマで見たやつ……粉塵爆発だろう。最初に放り込んだ粉が散らばり、そこへ火種で引火させた。
理屈はわかる。効果が高いのも理解できる。
だけど、やりすぎだよな? これ、訓練の域を盛大にはみ出してるだろ。オレがバリア的なの張れなかったら、死んでてもおかしくないから!
口を開いたら間違いなく咳き込む状況なので、袖で口元を覆って心の中で喚くに留めた。薄目を開けた視界はまだ白くて、しばらく動けそうにない。
大きな棚の裏に飛び込んだのが幸いして、棚は爆風で倒れたが隣の棚に引っかかって隙間が出来ていた。子供の姿だと隙間に潜んでも余裕がある。
耳鳴りが酷くて、頭痛がした。
「絶対に殺す気だ」
耳鳴りのせいで聞こえないが、ぼやきが口をつく。這って移動する先で影が動いた。息を潜めて見つめるオレの前を、誰かの足が踏みしめる。
左手で銃を引き寄せ『死ななくていいから歩けなくなりますように』と曖昧な念を込めて引き金を引いた。さすがに『死ね』とまでは思わない。
派手な銃声がしたのだろうが、まったく聞こえない。耳は思ったより重傷なのか? 這いずって棚の隙間から出ると、足を撃たれて呻くジャックがいた。
「ゴメン」
一応謝っておく。いくら訓練で殺されそうになっているとはいえ、彼は好意的な人に分類される。シフェル相手だったら『しばらく起きてくるな』くらいの念は込めただろう。
両手を合わせて謝罪を示すと、額に汗をかくほど痛いくせに「よくやった」と褒め言葉が返った。
なんなの、ジャックはMなの? 失礼な考えが過ぎるが、足音を忍ばせて地下室から脱出する。突然の地下室の爆発に右往左往する兵士をよく観察して、見覚えのある教官役が足りないことに眉を顰めた。
ライアン、ノア、ジャックは脱落した。だがレイルやシフェル、サシャはどうした?
嫌な予感がして兵士に紛れて移動しながら、近くの部屋に転がり込んだ。埃だらけの顔や手を洗いたいし、いい加減お腹も空いた。朝ごはん食べてない。
「こんなの児童虐待だ」
文句を言いながら、部屋の中にあったシーツとタオルで埃を拭いた。この爆発で飛び起きた誰かの部屋は、慌てて出て行ったらしく散らかっている。足元に落ちている枕を放り投げ、窓の縁に張り付いた。ちらりと覗いた鼻先に、銃弾がすれすれで掠める。
少し触れたのか、肌がひりひりした。
「本当に、訓練……だよな?」
陛下に近づく害虫駆除とか、そんなニュアンス含んでないか?
泣きたい気分で右手をポケットに入れる。放り込んだ銃弾を引っ張り出して装てんしようとしたら、微妙にサイズが違う。
「嘘っ……」
入らない銃弾を無理やり押し込むわけに行かず、足元に落とした。次の銃弾を当てると入る。どうやらサイズ違いが混じっていたらしい。
運び込んだ奴がいい加減だったのか。管理が杜撰なのか。戦場の最前線でこんなポカやられたら、敵に降参するしかないじゃん。あり得ない。
手の中でサイズを確認しながら、手早く6発を装てんした。サイズ違いはすべて足元に放り出す。持っていても使えない銃弾など、ゴミ以下だ。
舌打ちしながら銃をしっかり引き寄せて構えた。素人は手を突き出して撃とうとするが、銃声がうるさいことだけ我慢できたら引き付けて撃った方が命中率が高い。オレはそうしてきた。
過去の記憶をめいっぱい利用しながら、観音開きのガラス戸を外へ開く。ガラスにゆらりと動くシフェルの影が映った。角度を計算した結果は斜め右上だ。
落ち着け、オレ。一発で仕留めないとヤラれる!
早くこの訓練を終えないと、食事も出ない!! これは死活問題だ。生き残りをかけた壮絶な……って程でもないな。とにかく、腹の虫を宥める食事がしたい。
深呼吸して頭を冷やす。3つ目の深呼吸をしたところで、部屋の外に気配を感じた。誰かが足音を忍ばせて近づいている、たぶん。
敵か味方か、問うまでもなくサシャだ。妙な確信があった。
廊下から近づくサシャを先に片付けると、シフェルは移動してしまう。外に転がり出てシフェルを仕留めたなら、サシャを見失う可能性がある。どちらを後に残したら厄介か……考えるまでもなかった。
シフェルを先に仕留める、これ一択だ。
3、2、1…GO!
タイミングを無言で刻み、開いた窓の外へ飛び出した。外からは格好良く転がり出たように見えるが、実は身長が足りなくて足を引っ掛けそうなので、こっそりローテーブルの上から飛び降りたのは秘密だ。
何はともあれスムーズに転がった芝の上、何も身体を庇う物がない。遮蔽物がない場所では低く身体を小さく丸めておくのがセオリーだろう。勢い余って2回転もしてから、銃口を上にセットした。
さっきの位置から斜め右側……あれ? 今どっち向いてる?
回転したことで方角があやふやになり、冷や汗がどっと噴き出す。ヤバイ、これは本気でマズイ。恐る恐る顔を上げた鼻先に銃弾が突き刺さった。やはり銃声は聞こえないが、もう耳の所為かわからない。
だが銃弾が飛んできたことで、シフェルの方角が判明した。わざと外したのかもしれないが、こっちは遠慮するつもりはない。しっかり当ててやる。
前方、少し左寄りへ銃を向け、僅かに感じる気配へ向けて引き金を引いた。直後、髪を掠めて銃弾が背後に飛んでいく。ひやりとする……を通り越して、死んだかと思った。
全身が粟立つ感覚に、這って近くの花壇の影に転がり込む。シフェルの気配が逆に鮮明になったことで、戦線離脱と判断した。気配を殺していたのだろう、今までと感じ方が違う。幾重にも重ねた布越しに触れていた林檎に、直接触れたくらい一気に鮮明さを増した。
あと2人。
緊張に乾いた唇がひりひり痛い。舌を這わせて湿らせながら、さきほど飛び出した部屋を探った。まだ廊下にいるのか、部屋にサシャはいない。
花壇から身を起こし、少し離れた茂みの向こうへ後退った。