257.集え、日本人会
日本人会――異世界転生や転移した日本人が集まる会、読んで字の如しだった。しかも意外と数が多くて4人、オレが5人目だ。日本人は地球の中でも知識量が多くて、当たり外れが少ないそうだ。少なくともそう聞かされて転生した奴がいるみたい。
オレにそんな話なかったけどね、カミサマ。遠い目になるのは許してくれ。日本人会のことも教えてくれたらいいのに。
「この旅館もオレ達が最後のお客さんだろ? だったら、日本人会の集会できないかな」
先輩方を呼びつけるのは申し訳ないが、この旅館がなくなるのは故郷が消えるような寂しさを覚えると思う。日本人が作った、日本風の旅館だもん。しかも元本職だから、畳の置き方も拘りあるよな。祖母の家みたいに囲う形で畳が敷かれてるの、感動する。
レイルの教会もどきの建物は、畳が普通に縦に並んでるだけだった。きっと絨毯感覚なんだと思う。あるじゃん? あの四角い絨毯を縦横に並べるタイル風のやつ。あれみたいな感覚で使ったんじゃないかな。
実家にも和室があったから覚えてるけど、和室は周りから畳を配置して真ん中を埋める感じだよな。懐かしい。畳を撫でながら提案したオレに、タカミヤはすぐ頷いた。
「そうですな。最後ですから、顔を合わせておきましょうか」
「やった!」
喜ぶオレの膝にリアムが頭を乗せる。勝手に膝枕状態を作り出し、下から見上げる彼女の唇が尖っていた。ごめん、忘れてないよ。ただ懐かしかっただけ。
「リアム……リアを忘れたわけないよ。日本の話が出て懐かしくなっただけ。オレはリアの隣で生きていくって決めた。安心して」
真っ赤になったリアムが顔を両手で隠してしまう。ちょっ! ここで照れられると、オレが恥ずかしい。首や耳が赤くなったのが自分でわかって、オレも首を両手で隠した。
「初々しいですのぉ」
どこのエロジジイの台詞だ。
『まだキスも碌にしてませんのよ、いやぁね。ヤっちゃえばいいのに』
ブラウが失礼なカタカナ変換したので、尻尾を掴んで投げ飛ばした。くるっと回ってすちゃっと着地した青猫が、畳の影から出た黒豹に捕獲される。にやり……オレとヒジリは以心伝心だぜ。
お仕置きは任せた。
「ところで、お勤め先はどこになりますかな」
「あれ、言ってなかったっけ?」
中央の国御一行様で予約したらしいから、ただの貴族だと思われたかも? にっこり笑って膝枕のお姫様の黒髪を手で梳いた。
「中央の国の宮殿」
「宮殿、ですか」
どうやら上位貴族らしいと思ってるんだろ。
「ここって予約は誰の名前で取ったの?」
「メッツァラ公爵家、親族御一行様ですな」
タカミヤ爺さんが先に答えた。うん、あれだ。シフェルの家なら、誤魔化しがきくもんな。
「シフェルが無難だろうと言ってたが」
クリスティーンが肩を竦める。オレは北の王族扱いだし、皇帝陛下で予約取るわけにいかないもんね。悩んだ末の結論が、上位貴族なら扱いもいいだろうの妥協案だったのか。
「バラすよ?」
「問題ないのか」
心配そうなクリスティーンをよそに、リアムはごろごろと後頭部を膝に押し付けている。構って欲しい猫みたいで愛おしいんだけど?! 襲われたいのかな?
「日本人の口の堅さは信用していいよ」
好々爺よろしく頷いてるけど、腰抜かすなよ。タカミヤ爺さんには、どっちにしろ味方についてもらうしかない。逃げ出したり余計な口を開くなら、塞ぐしかないけどね。
「お客様の情報を漏らさない口の堅さは、旅館の自慢ですからな」
ある意味、旅館のランクを決めると言ってもいい。今なら侍女と一緒に女中さんが離れてるから丁度いいしな。
「執事として勤める主人はオレだけど、宮殿の主はこのリアムだ」
宮殿の主、そう呼ばれるのは皇帝陛下本人だ。ごろんと寝転がって、恋人の膝に甘える少女が皇帝陛下と言われて、どう反応するか。それによってはタカミヤ爺さんは諦めて、今の話を冗談で終わらせるしかない。
無言でじっとリアムを見て、続いてオレの目を見たタカミヤ爺さんは静かに頭を下げた。
「中央の宮殿の御当主の配偶者がキヨ様、しっかりお仕えさせていただきます」
「合格! やっぱ日本人だね」
クリスティーンもほっとした様子で、短剣の柄を握る手を緩めた。物騒だけど。まあ秘密を守るには、命を狩るのが一番早くて確実だったよな。そういう世界だもん。オレの知る世界の価値観を持ち込んじゃダメだよ。
「クリスはメッツァラ公爵夫人で、護衛騎士。オレはまあ、異世界人のチートで上り詰めたけど……地位は後で情報として渡すね」
自分の口から名乗るには、恥ずかしい名前がいっぱいなんだよ。照れながら誤魔化そうとしたオレに、予想外の伏兵がいた。
「ドラゴン殺しの英雄、聖獣すべての主人にして契約者。中央の皇帝の婚約者に内定し、北の国の王家に養子に入った。さらに傭兵の間では『死神』の二つ名で呼ばれる実力者で、自在に魔法を操る。中央の国が平定したと言われる東西南北のすべての国は、すべてセイの功績だ」
「キヨって呼んでて」
しばらく「セイ」呼び禁止だから。そのくらいしか注意できなかった。自信満々で指折りしながら声を上げたのは、膝に懐く黒髪美少女様だ。
「間違ってなかっただろう?」
「陛下の仰せのままですね」
初めて会った時くらいか。陛下と呼ぶのは人前だけにしてきた。リアムがむすっと頬を膨らませて唇を尖らせる。可愛いだけだから、やめて。その唇を奪いたくなるでしょうが。リアムが「セイ」って呼ぶから、つい意地悪しただけなのに。公式の口調は距離を感じるから嫌いなんだっけ?
「……集合だって言われたが、まさかの濡れ場?」
「いやだな。ただの仲良しじゃん」
「え? つうか、その人皇帝陛下じゃね?」
騒がしく入ってきた3人の後ろから、出てきた老女が全員の頭を叩いた。
「お前達、入室許可も得ないで無礼だよ。ほら頭を下げて」
老女に叱られた3人が手をついて、日本式の挨拶をする。ってことは、これが日本人会のメンバー!? 見覚えのある人が混じってるんですが……。
「ご丁寧にどうも……左端の人、中央の国の晩餐会にいたよね?」
「「え?」」
身を起こしたリアムを隠す位置に移動しながら、クリスティーンが眉を顰める。警戒心マックスのところ悪いけど、邪魔。手で押して避けてもらう。じっくり顔を確認して、間違いないと頷いた。北の国の王族として参加した時にいたよ。声もかけてないけど。
「私、クロヴァーラ伯爵令嬢パウラと申します。愛梨ちゃんって呼んでね!」
「余の国の貴族……え? そのような報告は受けておらぬぞ」
一瞬にして口調が皇帝陛下に戻ったリアムを膝の上に倒しながら、オレは肩を竦めた。
「どっち?」
「転生組。18歳でトラックに轢かれて生まれ変わったら、赤ちゃんのパウラの中だったってパターンね」
あれか。よくあるラノベ展開。しかもトラックだと!? 何、その普通の死に方。
「くそっ、トラックに轢かれたのが羨ましいだなんて」
「僕も似たタイプですよ。土砂崩れで家が潰されたあと、目が覚めたらこの世界の赤子の中だったので。享年35歳、今は65歳ですね。西の国で鍛冶屋やってるハンヌです。普段は貴くんと呼ばれてます」
ちょい待て。すでに2人目で混乱してるんだが。収納からメモ用紙とペンを取り出すと、一斉に日本人会が盛り上がった。わっと上がった歓声に、びっくりしてペンを落とす。
「すげぇ、チートだ!」
「ラノベみたい!!」
「こういうの、映画で観たやつ」
え? みんなチートなし転生ですか? 思わず敬語で尋ねそうになったオレだった。




