256.1人いればまだいる!
食べ終えた器を下げに来た女中さんに声をかける。いや、どう見ても着物姿の女中さんなんだよ。宿の主人に会いたいと伝えたところ、すぐに来てくれた。見た目は人の良さそうなお爺ちゃんだが、これはアレだ。
「あんた、ずばり日本人でしょ」
「……はて、なんのお話ですかな?」
ほう、惚ける気か。あのカミサマのことだから保険をかけてると思うんだ。つまり、オレの前に何人か日本人が送り込まれてるはず。そのうちの1人がこの宿の主人と睨んだ。オレの読みは完璧だ。
おかしいんだ。この世界に来て、完璧な日本食が出たことはない。東や南で味噌や醤油をゲットしたけど、彼らの食べてる料理は多国籍料理だった。理由は簡単で、各国に現れた異世界人が世界や人種ごちゃまぜだから。年代や順番も関係なく連れてきた結果が、今の混沌とした世界観だろう。
「異質なんだよね。完璧すぎたの」
びしっと指で人を指さしたら「お行儀が悪いぞ」とリアムに指を握られた。ごめん、探偵物の「お前が犯人だ」をやってたみたい。
『お見通しだよ、ホームズ君』
「そこはワトソン君な?」
逆だよ。お見通ししたのはホームズで、話しかけられるのがワトソン。ワトスン? まあいいや。オレはあまり詳しくないんだ。
「ワトスンですな」
「あ、ありがとう。混じっちゃう……ん? やっぱり異世界人じゃん!!」
爺さんがしまったって顔をするけど、遅いから。凝視するリアム以下数名の女性に穏やかな笑みを振りまきつつ、爺さんはオレに向かい「おみそれしました」と手をついた。
やっぱり。
「どこで気づきましたかのぉ」
「まず、玄関のスリッパと靴の並べ方が日本式。温泉の入り口の「湯」マークが男女の文字入ってたし、赤と青だった。女中さんの丁寧さが日本旅館だし、刺身にワサビとツマがあったから……」
「妻?」
「ツマ。魚の下に白い大根があっただろ」
「ダイコンとはなんだ?」
「食材の名前、かな」
誤魔化してしまった。この世界で違う呼び方をする可能性はある。でもわからんし。リアムは感動したようで「キヨは物知りだ」と声をあげて喜ぶ。どうしよう、嫁が可愛い件について――。
ぐっと拳を握りしめて、オレは抱きしめたい衝動を堪える。
「若いのは良いですな」
ほっほっほ。笑う爺さん、それ水戸黄門っぽい。午後4時の再放送を思い出すぜ。
「水戸の爺さんみたい」
「ほほぅ、多少は嗜んでおられたようで」
武術みたいにカッコつけて言われたが、時代劇のことだ。にやりと笑って頷くと、爺さんは満足そうに頷いた。で、もちろん漫才のために呼んだわけじゃない。
「この世界から帰れないのは知ってるけど、爺さんはなんの用事で呼ばれたんだ?」
それぞれに何らかの役目があるなら、事前に聞いておかないと。チート同士がぶつかると大事件だからな。オレが良かれと思って何かしたあと、それが爺さんの不利に働いた場合覆される可能性があるし。他に転生や転移の異世界人がいて、知り合いなら連絡してほしい。
オレ個人の思惑で尋ねると、爺さんはきょとんとした顔をした。あれ、なんか変だぞ。
「いや、寿命で死にましてな。そうしたらこの世界で目覚めておりました」
「……何その裏山展開。オレは死に方も最悪だったし、目覚めたら戦場だし。いきなり放り出されて何も持ってないし、魔法の使い方も知らずに、死にかけたんだぞ!」
よく生きてたな、オレ。レイルに出会ったのはラッキーだった。あと傭兵もジャック達の班だったから、生き残れた気がする。銃を突きつけられたりしたけどね。今になればいい思い出です、うん。
「はぁ。それはまたご苦労なさったようですな」
「……ちなみに何年生まれ?」
「平成の頭ですな」
「え? 意外と近い! ちょい待て、それなのに今が老人ってことは未来から過去へ転生? いや、オレだけ異世界の過去へ……あ、だめだ。理解できない」
生まれ年が近いくせに、先に転生してもう老人。つまり時間軸は真っ直ぐじゃない? こういうのは理系の天才じゃないと説明できんわ。とりあえず、爺さんに聞くべきことがわかった。
「あのさ、エヴァの最終話ってどうなった?」
オレが死んだ時はまだ映画版が続いてたんだよ。どきどきしながらネタバレ乙しようとしたのに、爺さんは首をかしげた。まさかのまさか?
「エヴァって何じゃろうか」
「くそっ、真面目かよ! 漫画とかアニメに興味なかったクチじゃねえか」
畳を叩いて呻く。そんなオレを、穏やかな目で見下ろす爺さんに八つ当たりしても、何も変わらない。爺さんはなんら使命らしきものを与えられずに、ただ転生した。しかも老衰後で欲がなかったとしたら、何のために呼ばれたんだろうか。日本文化を広めるためだけ? あのカミサマなら、数合わせで呼びそうだけど。
貸した分を返すとか言ってたし。実害なさそうな爺さんに、ご褒美で新しい人生を与えたのかもね。
「失礼。えっと、ワサビはどこで手に入る?」
「育ててますぞ、裏山にあります」
裏山展開ならぬ、裏山栽培。誰が上手いこと言えと。
「他にも日本の物が欲しくなったら、譲ってもらったり教えてもらっていい?」
「構わんよ。同郷のよしみじゃ。可能な限りで力になりますぞ」
「ありがとう」
素直に頭を下げた。畳に影響されたのもあるけど、両手をついての挨拶は日本式だ。懐かしいと喜んだ爺さんは、大量の生ワサビをプレゼントしてくれた。
今度は和辛子や七味もくれるそうだ。香辛料が充実していく意味では、東や南への侵略も悪くなかったな。めでたく? 新しい食材もゲットした。この宿ではのんびり過ごせそう。日本式のおもてなしってことは、従業員の教育や客の情報管理はばっちり……ん?
「日本でどんな仕事してました?」
「実家が旅館でしてな。こちらでも同じことをしております」
「……執事、とか興味ないですか?」
同業種ですよ。旅館の旦那さんに似た感じで、お客様が固定される形。出来たらスカウトして帰りたい。有能な人材を育てる基礎があって、女中さんはそのままメイドにジョブチェンジ可能じゃないか。期待の眼差しを向けるオレに、爺さんは少し考えた。
ちらっと女中さん達に視線をやり、また考え込む。じっくり考えてくれたまえ、ワトスン君。手元の緑茶を啜ると、リアムが横から注意した。
「お茶を啜る音はよくない」
「緑茶は問題ないんだよ。あと、今日は出なかったけど蕎麦も啜る音がしても平気なんだ。日本食の特徴だから、他の時はしない」
「日本とは異世界のことか」
クリスティーンが興味津々だ。後ろの侍女達も興味があるようなので、簡単にお寺や神社なんかの説明をした。オレが知る限りの知識なので、偏ってるけどね。前に巫女さんが戦うアニメで詳しくなった……とは言えない。巫女さんの赤い袴って、どことなくイケナイ雰囲気じゃん。
「聖獣様と契約なさったのは、日本から来られたあなた様で間違いありませんかな?」
「うん。オレだよ」
今度は爺さんが両手をついて、頭を下げた。さっきお礼を言ったオレと同じ姿勢で、きっちり挨拶をしながら了承を口にする。
「旅館の子らをすべて引き取ってくれるなら、お仕えしましょう」
「「「よろしくお願いいたします。主様」」」
女中さんもそれでいいみたいだ。侍女達が心得たように彼女達に近づき、隣室へと消えていく。女中と侍女の仕事範囲って似てるから、すぐ覚えそう。力強い味方が出来た。
「こっちこそ、よろしくお願いします。ところで、キヨって呼んでもらっていい? 主様と呼ばれる育ちじゃないんで」
「キヨ様ですな? 承知しました。タカミヤとお呼びください」
「高い宮でいいのかな。久しぶりに漢字を聞いた」
何十年も経ったわけじゃないのに、懐かしい気がする。こっちに来てからの時間が濃かったからかな。頷くタカミヤ爺さんと握手を交わしていると、彼は予想外のことを教えてくれた。
「では、日本人会のメンバーにもキヨ様のことを知らせておきましょう」
「日本人会?!」
何それ、オレだけ知らなかったの??