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253.お弁当ついてるよ

 戦利品の土産を分け終えると、侍女達の動きは早かった。すぐさま私服に着替えて、リアムの周囲を固める。ナンパ野郎や不埒な手を伸ばす奴がいたら、ぶっ飛ばすのだそうで……ただの侍女ではなく、元騎士見習いと聞いて納得した。


「リア、これ食べてみてよ」


 大皿に用意した唐揚げに黒酢餡かけを差し出す。侍女達も初めて見る黒い料理に驚いた顔をした。取り分けて全員の前に並べると、侍女の一人が皿を持ち上げて匂いを嗅ぐ。


「酸っぱい匂いがします」


「黒酢を使ってる。意外と人気なんだ」


 なぜか覚悟を決めた侍女が、鼻を摘んで口に放り込んだ。作った人の前で失礼だからな? 苦笑いして見逃す。多分、リアム達の前に酸味が強い料理が出ることは少なかったんだろう。黒酢は北の国の調味料だって言うし。他国の料理は珍しいはずだ。


「お、いし……ぃ」


 呆然と呟く彼女の手は口元に添えられ、まだ口に入ったままの唐揚げをすごい勢いで咀嚼し始めた。白パンも並べる。日本人としては白米だが、彼女達はパンの方が馴染み深い。それに挟んで食っても美味いし。


「本当だ! 美味しい!!」


 クリスティーンが感動した様子で、もぐもぐと2個目に手を伸ばした。リアムもフォークとナイフで上品に切り分けてから、口に入れた。一口サイズにしたので、すぐ食べ終えて残りを切らずに口に運ぶ。


 満面の笑みからして、気に入ってもらえたみたい。やっぱ恋人の胃袋を掴むのは大事だよな。それにリアムが上品に食べなかったのも、オレの中でポイント高い。美少女が美味しそうにたくさん食べてくれる姿って、なんか嬉しかった。上品に食べてる姿はそれでいいけど、外で大皿料理なんだからさ。頬張って欲しいじゃん。


「パンに挟んでも美味しいぞ」


「え? そんな食べ方が」


「マナー違反では?」


 侍女達が困惑するが、リアムは率先してパンの真ん中にナイフを入れた。フォークで2つほど唐揚げを挟むと齧り付く。宮廷マナーならアウト。でもここは戦場の砦だぞ?


 皇帝陛下自ら手本を示した以上、侍女や護衛が従わないわけにいかない。試した彼女達から「食べやすい」「別に食べるより美味しい」と称賛の声が上がった。なぜかリアムが嬉しそう。


「あ、お弁当ついてるよ」


 リアムの口の端にあったパンのかけらが気になって、ひょいっと指先で摘んでぱくりと――その瞬間、驚くべき悲鳴が上がった。


 なんだ! 何があった?! 襲撃か!!


 咄嗟に銃を抜いたが、侍女達は真っ赤な頬を押さえてくねくねと踊っているし、絶句したクリスティーンは固まっている。状況が理解できないんだが? 困ったオレの銃を、リアムがそっと下げさせた。


「彼女達は時々、セイ……じゃなくて、キヨの行動に興奮するんだ」


「はあ」


 よく分からないが、襲撃じゃないならいいか。銃をホルダーにしまって、顔を上げるとレイルが腹を抱えて笑ってた。ジークムンドは真っ赤な顔でそっぽ向く有様。何だってんだ? 本当に。


 未婚女性がいるテントなので、オレが入る以上入り口を開けておくのがマナーなのだとか。確かに2人きりだと変な噂が出るのが貴族だからな。わかる。侍女がいても、既婚者のクリスティーンがいても、念のためだ。今は美少女リアだからね。皇帝陛下=リアの図を公開した時、難癖つけられたくない。


 リアムがまたパンを食べ始め、オレは頬杖をついて彼女を見つめた。すごい幸せ。彼女が手の届くところにいるだけで、生きて呼吸してるだけで幸せなんだな。リア充万歳だ。侍女やクリスティーンもまだ食事中なので、手早くポットを用意してお茶を入れ始める。こっちにきて見つけた緑茶だ。


 紅茶のポットなので、全員分一度に入るのがいい。ノアがいればお茶を頼んだんだが、いないものは仕方ない。オレだってそれなりに淹れられるさ。深く考えずにカップに半分ずつ入れ、逆回りでまた注ぎ足す。その所作は周囲の注目を集めていた。


「ん? レイル、いつきたの」


「さっきからいたぞ、お前が気づかなかったんだろ」


「悪い」


 リアムしか目に入ってなかった。お茶を全員の前に差し出すと、侍女達が困惑の表情でカップを眺める。


「緑茶はだめ?」


「お茶の種類じゃないと思うぞ」


 入り口の柱に寄りかかって、レイルが指摘したのはお茶の淹れ方だった。紅茶の場合、1人分ずつ注ぐ。言われると確かにそうだったかも。


「お茶ってのは上位者から注いでいくもんだ。お前は順番通り入れて戻っただろ? だからお茶のカップの順位がわからなくなったのさ」


 上位者に行くべきカップは、最後に注いだ緑茶が混じった。そういうこと? 初めて聞いた作法だけど、そういうの、この世界ならあるかもね。今まで気にして飲んだことなかった。


「気にしないでよ。今は正式な場じゃないし。そもそも緑茶で種類が違うんだから」


 そう言われても侍女達は困惑しているので、オレが知るミニ知識を披露しておいた。


「異世界では、緑茶は今のような淹れ方をする。この世界のルールは知らないけど、味を均等にする目的があるんだとさ。薄い時の味、濃い時の味、香り、すべて均等にして、お茶の時は身分関係なく飲む。オレの流儀に従ってよ」


 実際には身分関係なくの辺りは、適当だ。おそらくそんなルールはないと思うし、礼儀作法的にも聞いたことない。ただ、こうでも言わないと飲まないだろ?


「頂こう」


 最初に決断したのはリアムだ。皇帝陛下の決定なら、他の人は素直に従うよね。全員が一番距離の近いカップを手にして、そっと口を付けた。温度は気を付けたつもりだ。紅茶に比べて低い温度で、冷まさなくても飲める温度をイメージしてみた。


「さっぱりする」


 クリスティーンが驚いたように呟く。そう、脂っこい食べ物の後は、紅茶より緑茶が合うよね。でもって少し濃いめ……は失敗した。蒸らす時間が足りないのか、茶葉が違うのか。オレの知ってる味より薄い。でも彼女達にはちょうど良かったみたい。


 この世界の人は保守的で、隣国の食べ物はあまり口にしない。この辺を統一したら交易が盛んになるんじゃないか? ウルスラに任せよう。それは宰相の仕事で、皇配の仕事じゃないから。オレはね、知識チート使って無双とか夢見てない。リアムのお婿さんになりたいだけだった。


 チートによって得た知識はすべて、ウルスラやシフェルの手柄にしてもらえばいい。オレが注目される必要性はないんだから。その辺はすでに説明済みなので、なんとかしてくれるはずだ。こういう話をすると、レイル辺りは勿体ないと騒ぐかもな~。


「美味しかった」


 リアムのその一言で報われる。左手を素揚げした痛みも忘れたくらい。ヒジリに噛み砕かれた手の痛みも飛んでった気がするよね。うん、気分は大事。


「よかった。リアム……リアに会いたくて急いでたけど、この後はゆっくり旅行して帰ろう」


「嬉しい」


 オレの方が嬉しい。抱き合いたいが侍女とクリスティーンの視線が痛いので、手をわきわきさせたまま我慢。抱き着いたリアムの肩に優しく触れる程度に抑えた。早く正式に婚約して人前でもイチャつきたい。


「旅行先なんだけど、温泉とかある?」


「「温泉とは?」」


 うん? また通じてないのか。屋外にある大きな風呂で、と説明したところで顔を真っ赤にされた。いや、外から丸見えの露天風呂じゃなくて。いや、露天風呂も囲いがあるから。あたふたしながら説明し、ようやく意味が通じた。


「スパのことか」


 スパリゾートって聞いたことある。あれだ、温くてプールみたいな大きさのあれ、だよね。子供の頃連れてってもらったが、オレの望む温泉とは違う気がした。楽しめればいいけどさ。


「スパ……意味は間違ってない」


 なぜ温泉だけ外国語で伝わったんだ? 

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