249.王都で嘔吐祭り
おえぇえええ……。盛大にゲロをぶちまけた。掃除する牢番の人ごめんなさい。ちゃんと浄化魔法で片付けます。
折角食べた酢豚が……唐揚げが……油物だけにするりと喉を通過して石床と仲良くしている。くそっ、涙目を拭って舌打ちした。
こんなに腐ってるとか、どうするよ。
牢内に転がってる王族やお偉いさんの死体が、見事に腐乱していた。あれ知ってる? 赤鬼、青鬼、黒鬼、白鬼だっけ。ん? 順番間違えた。
青が先だ。血の色が変化するとかで死体は青白く見える。腐り始めると赤くなって膨らみ、腐りすぎて溶け出すと黒くなる。最後に白骨化して白の順番だって……何かの本で読んだ。それで行くと、これは黒か。
「生き返った場合、ゾンビになるの?」
うっ……込み上げた吐き気を抑えながら尋ねる。ヒジリは影の中に逃げ込み、スノーが小さな両手でコウコの鼻を押さえた。スノーの鼻は巻きついたコウコが塞ぐ、ナイスコンビだ。マロンは少年姿なので、自分で鼻を摘む。
『ゾンビ……伝わらない日本語ぉ』
「日本語じゃねえと思うけど、腐乱死体のまま生き返るのかよ」
『ち゛がい゛ま゛ずぅ゛』
マロン、話す時だけ鼻を摘むのやめて。暗号化されて、解読しなきゃならなくなるから。
「ん?」
『違い……げほぉ』
あ、マロンも堪えられなかった。肉が勿体無いと泣くな。お前、オレの姿真似してるから、なんか切なくなるじゃん。
床のゲロを避けながら、鼻を上手に摘む方法をレクチャーする。頷いたマロンが説明した話によると、生前の姿になるそうだ。問題は殺された後この状態に戻る。で、蘇らせるとまた元に……あれ、どっちが元の姿だっけ。
混乱してきた。あまりに臭いが酷いので、一度牢から出る。今は生きて脱走する囚人がいないので、牢番は不在だという。
「……これ以上腐らないように、一度収納しておけよ」
もっともなジャックの言い分に、オレは勢いよく首を横に振った。不思議そうな彼らにきちんと説明する。
「オレの収納は食事の材料が入ってる。リアムへの土産も、テントやベッドも……そこへアレを入れるのか?」
収納は亜空間で、正確には触れないし魔力で保護されてるはず……ただ、思い出して欲しい。『空になれ』の呪文を唱えたとき、万が一にも死体が残ってたとしよう。オレの服や食材、テントの予備、預かった武器の上に黒鬼か白鬼が降ってくるのだ。
そう、デザートのトッピングのように。べちゃっと上から……うっ。
「げろぉ」
「やめ、つられるだろっ」
「うげぇ」
堪えきれずに嘔吐くジャックに、ライアンとサシャが引っ張られた。話を聞いていないノアはけろりとしている。汚れたマロンの着替えと、前髪カットをお願いしたので少し離れていたのが幸いした。
「……ふむ、王族の復活は諦めた方がよいかのぉ」
アーサー爺さんとしては、東の国の王族に怒り心頭だった仲間に、一矢報いさせてやりたいんだと思う。でもね、あれは臭い。
「殺し直すだけならやめようぜ。マジ臭い」
可哀想じゃん! 生き返らせるオレが! 主にオレが!!
『主ぃ、本音と建前が逆』
おっといけない。本音をゲロっちまった。
「間違えた。まじ臭いじゃなくて、可哀想だろ? 人道的にどうかと思うぞ。生き返らせるオレの身にもなってみろ、何回アレを蘇らせるんだよ」
徐々に腐っていく死体。間違いなく飯が食えなくなる。痩せ細る美少年――ほら、可哀想だろう? 全力で訴えた結果。このまま地下牢に埋めることになった。
殺しに駆けつけた人が、倒した瞬間に死体が腐乱したらトラウマになるからな。
『ほとんどの人がPTAになっちゃう』
「それを言うなら、PTSDだろ」
誰がPTAだ。中途半端に合ってるから頷くところだった。青猫の尻を蹴りながらボケに突っ込む。ブラウとオレの会話は、ジャック達にスルーされた。意味わからない単語で盛り上がるんで、放置が基本らしい。
「このまま埋めるよ」
「……そうじゃの。それも罰だろうて」
誰も弔う人なく、見送りもなく埋められる。王族なら立派な墓所があるんだろうけど、そこへ運んでやるほど善行積む気にならんわ。
「へい、ヒジリ。ちょっと埋めてきておくれ」
タクシーを止めるノリで頼んだが、嫌そうな顔をされた。眉間どころか鼻に本気の皺が寄ってる。
『主殿、あれらは蘇るかも知れぬ』
「いや、だから埋めるんでしょ」
『先に燃やして浄化しましょうよ』
コウコが自ら申し出た。よくわからんが、きちんと埋葬しないと化けてでるぞ! の感覚であってる? この世界にも幽霊いるの。神様の存在知らないのに。仏様も多分ないよな。
唸りながら考えるのを一時中断した。まだ人生長いし、いずれ判明するさ。
「任せる!」
そして死体処理は丸投げ。吸血鬼やゾンビ、幽霊、スケルトン。どの形か知らない以上、蘇り防止の方法は君達に一任するのが賢い指揮官だ。
「おっといけない。帰らなきゃ」
空を見上げて時間をはかり、そろそろ食事の準備だと呟く。遅れるとレイルに文句言われるし、奴隷達が可哀想だし。あ、今度はきちんと仕事を割り振ってやらないといけないな。
「急ぎか?」
「うん。ご飯作らないとね」
無言になったジャック班の連中に手を振り、オレは大急ぎで飛んだ。転移って魔力が大量消費されるんだよ。だから腹が減る。食べた物吐いたから空腹だけど……これから飯を作るんだけどさ。
思い出し嘔吐は避けないといかん。