248.新しく作ればいいじゃん
「散歩がてら話すから、音を消せ」
「はいよ」
遮音用の結界を作る。これは魔術師でも結構難しいらしく、やっぱり異世界チート知識がないとイメージしにくいみたいだ。普通は周囲から音が消える状況なんて想像しないからね。散歩するのはカモフラージュかな? あと、歩き続けてると盗聴されにくいし。
ここまで用心するってことは、かなり危険な状況なのか。
「おまえ、本当にあの皇帝陛下と結婚するのか?」
「リアムが嫌だって言わなきゃ、結婚する」
さすがのオレも嫌いだと言われたら諦める。……諦めると思うよ? ストーカーとかしない、たぶん。もし振られたら、一生独身で過ごすくらい好きだから自信ない。
「女帝は前例の記録がない、どうしてだかわかるか?」
「夫が皇帝になるから?」
「おれが心配してる意味、わかるか」
ひょいっと煙草を咥え、レイルは火をつけた。独特の甘い香りがして、あまり煙臭くない。翻訳の関係上、煙草って呼ぶけど実際は薬に近いんだろう。薬草が燃えて甘い香りになるなんて、異世界だよな。衣服や髪が煙臭くないのは助かるけどね。
レイルの心配はわかる。
いわゆる皇帝陛下の配偶者で収まる男は少ない、という意味だった。妻が最高権力者では満足できず、言いくるめたり説得して自分が権力を握るんだろう。しかも学んだ歴史にほぼ記録がないってことは、早死にしてる。周囲の皇族や貴族に殺されたと考えるのが一般的だった。
皇族ですら毒殺される世界で、皇族と結婚した夫が権力の頂点に座れば疎まれるだろう。レイルの心配はオレが暗殺される方か。
「記録は見つからないが、前例はあるんだろ。オレは異世界から来た。だから玉座に興味はない。オレが欲しいのは、リアムだけ」
黒髪と青い瞳の美しい人。男装しながら必死で兄の跡を継いだ、身も心も素敵な女性だ。彼女が欲しいし、リアムも僕を好きになってくれた。前世界で彼女なし歴が人生とイコールだったオレは知ってるぜ。
両思いになれる確率の低さを。その上で、異世界まで来てようやく両思いになったお姫様だ。絶対に失えない。命懸けで守るし、いざとなれば玉座も捨てちゃえばいい。リアムが欲しいと望むなら、別の国を作っちゃえば問題ないさ。
「忘れてるみたいだけどな、オレは聖獣コンプリートの英雄様だぞ? 中央の国を滅ぼしても、別の国を作って彼女を女帝陛下にしてみせるよ」
じっとオレを見た後、レイルはくしゃっと顔を歪めて笑う。何故だろう、レイルが泣いたのかと思った。
「お前が死なないようにサポートしてやる。その分、しっかり払ってもらうぞ? なんたって、出世払いだからな」
前にそんな話をした。出世払いでお願いって……今のオレは全部払えるけど、このまま貸しにしておく。レイルはそう言った。
出世払いだから、出世前にオレが死なないよう守る――そんな理由をこじ付けたんだ。不器用だよな、従兄弟で友人だから守るでいいのにさ。無理に悪ぶって理由つけて、誤解される善人だ。
「いいぜ。偉くなったオレに平伏するレイルの頭に、大量の金貨を投げつけてやるよ」
わざと軽口叩いて、笑い合った。オレ、この世界に来れて本当によかった。恋人のリアム、親友のレイル。気兼ねなく色々言い合える仲間も出来た。前の世界じゃ、表面だけの薄っぺらい関係を友情だと勘違いしてたんだ。そのくせ裏切られたと落ち込んで、オレだってちゃんと返したことないのにな。
「皇帝陛下を襲う計画がある。先代の頃の記録はすべて封印したが、当時少女だった帝妹を知る老女が喋った。孫を人質に取られてな。皇帝陛下が6歳になるまで皇室に仕えていた侍女だ」
兄がいた頃、リアムは少女姿だった。妹として、女性として生きることに問題はなかったのだ。後に兄が死んで、皇位を継承する際に男装した。
病弱だったため、女児を装って健康祈願をしたことにして――その裏事情を探るため、老女は脅されたのか。昔、日本でも子供のうちは女児の姿をさせる跡継ぎの話を、時代劇で見たっけ。思い出しながら、事情を飲み込んだ。脅された侍女は後回しだ。
「企んでる連中のリストだ。で、どうする? 下手な嘘は使えないぞ」
「わかってる」
リストにさっと目を通し、取り出した宝石箱に入れて収納へしまった。ここなら誰かに奪われる可能性が極めて低い。宝石箱を人前で開けることは滅多にないからな。リアムにもらった大切な箱だ。彼女の秘密を入れるのに相応しかった。
にしても、参ったな。レイルの言う通り、下手な嘘をつくと後が困る。
皇帝陛下はいずれ、女帝陛下になる予定だ。だから女じゃないと言えば、それは後日揚げ足を取られるだろう。少年姿で積んだ実績を否定されかねない。あれは影武者だったと言われ、彼女の実力を否定されれば……前例の記録がない女帝は却下される。
これは最悪のシナリオで、他に切り抜ける方法を考えるしかない。何かいい事例がなかったか?
リアムが女だから、襲われたら未遂でも噂を立てられる。実際に何もなくて助かったとしても、実際は暴漢に汚されたのでは? と貶められるのが確定だった。襲われる前に彼女を助けなくてはならない。だが襲われなければ、敵の排除理由が……。
「なあ、レイル。オレの常識がおかしいなら言ってくれ」
「なんだ?」
「竜属性は12歳の外見でも、実際は倍の24歳だろ? なら、24歳は結婚しててもおかしくないんじゃないか??」
「……そうだな」
考えながら肯定される。24歳同士なら、成人扱いで結婚できるだろ。
「ただ、竜属性だから……」
どうしたって体が子供だ。見た目が12歳のガキが、同じ年齢の子を娶ると言っても、良くてお飯事扱いだろう。
「12歳の皇帝陛下の治世があるのに、12歳の女帝陛下がダメな理由はない。その配偶者が竜殺しの英雄様だぞ?」
「自分で言うな」
戯けて自分を英雄様と呼んだ意図を察して、レイルが笑い出す。そんな彼に続け様に押し込んだ。
「だってさ、オレが暗殺されかけた理由って、皇帝の地位に近いからだろ? つまりオレは皇帝になり変われる可能性があるってこと。そんな実力者が首を垂れて、妻の玉座を支えると言ったら……」
「宮殿でふんぞり返ってるお偉いさんが卒倒する、か」
抜け道を探るように唸るレイルへ、さらにダメ押しだ。
「民が後押ししてくれたらどうよ」
「どういう意味だ?」
「聖獣の主人が女王陛下を望んでる。異世界人だからこの世界の政に関われないオレが、愛した皇族女性と結婚する話を美談に仕立てて、上手に噂を流す」
「情報操作か」
「やだな。噂程度だよ、多分ね」
そんな大袈裟な話じゃない。国民が望んでる状況を作り上げればいいだけだよ。新しく国を興すより早いだろ? にやっと笑ったオレの金髪を乱暴にレイルがかき乱した。
「異世界ってのは、よほど殺伐とした世界みたいだな。お前みたいなガキがうじゃうじゃいるんだろ?」
「いーや、平和で退屈で欠伸が出そうな世界だぜ」
ここで握手を交わし、結界を解いた。音が急激に耳を刺激して、なんだか擽ったい。足元の影から出てきたヒジリが、擦り寄った。
『主殿、忘れておるようだが……東の王族が死体のままぞ』
「「あっ」」
奇しくもレイルとハモった。すっかり忘れてて、そのまま出てきちゃったよ。ぺろっと舌を出して戯けると、大急ぎでベルナルドを手招いた。護衛だから連れていかないとね。
「転移魔法で行って、生き返らせてくる。悪いけど頼むわ」
「しょうがねえ。行ってこい」
ひらひら手を振って許可を出すレイルを残し、オレはベルナルドの手を握った。
「行ってきます」
「おう、飯の支度までに戻れよ」
日常会話の挨拶がなんだか嬉しくて、オレはにやつく頬を抑えながら飛んだ。




