15.訓練は、三途の川原でした(2)
とりあえず武器だ、武器が要る!
応戦するにも撃退するにも、武器は絶対に必要だった。アイツらはいいさ、収納魔法みたいなの駆使して手ぶらに見えても武器を確保してる。オレはまだそんな技術?はないので、本当に素手だった。
武器、武器……いくら戦時中でも、庭や床にそんなものが落ちてるわけがない。
全力で逃げる背中から、物騒な気配がした。絶対に銃口とか向けられてる! 振り返る余裕すらかなぐり捨て、やっとの思いで宿舎に宛がわれた建物の入り口をくぐった。
途端にぞくりと悪寒が走り、手をついて一回転しながら右側へ避ける。床に突き刺さったナイフに目を留め、柄を掴んで引き抜いた。
1つ目の武器GET!
腰のベルトにナイフを引っ掛ける。出来るなら飛び道具が欲しい。銃を探して視線をさまよわせるが、この建物の構造を知らないので、走りながら階段を見つけて駆け下りた。
武器や弾薬を隠すのは地下と昔から決まってる、たぶん。小説も映画も漫画だって、すべて地下室に保管していた。
頼りない知識で地下の扉を開いて転がり込んだ。幸いにして銃も銃弾も沢山並んでいる。安堵の息をついて伸ばした手の先で、銃が暴発した。
違う、狙撃だ。
「ちっ」
派手に舌打ちして右手をかざす。青白い光が文字か文様の形でバリアのように広がり、飛び散る破片を防いだ。残った銃を掴んで棚の裏側に飛び込んだ。狙撃された方角からして、ここは死角の筈。
乱れた呼吸を整えながら、緊張からか震える指で銃弾をセットする。髪が首筋に触るのが気になり、シャツの袖を細く裂いて紐を作った。ひとつに結わえた髪を背に放り、大きく息を吐き出す。
よしっ!
気合を入れて飛び出す。物陰に隠れていてやり過ごせるほど、ジャックやシフェル達は甘くないだろう。オレの予想を裏付けるように、銃弾が周囲の家具や壁に当たる音が聞こえた。だが銃声はない。
この世界、サイレンサーが普通なのか?
首を傾げかけ、訓練をかねて音で方角を判断させないつもりだと気付く。最初の戦場では、砲弾の爆発音で耳が役に立たなかった。きっと実戦方式の訓練なら、耳に頼らず気配や感覚、本能で敵を見つけないと生き残れない。
理屈はわかる、わかるが……
「やりすぎだろっ!」
初っ端からハード過ぎだ!! 文句を目いっぱい込めた引き金を引いた。
パン! 派手な銃声に驚いて足を止め、手の中の銃を睨みつける。音がする……これじゃ――オレだけ、居場所バレバレじゃねえか。
じっと銃を見つめ、映画で見た知識を思い出す。たしか、アクション映画で悪役がクッション越しに銃を撃ったら、銃声が抑えられた……よな?
きょろきょろしても、武器が置いてある地下室にクッションがあるわけもなく。
「あれ?」
思わず声が漏れた。
なんで地下室なのに狙撃されてるんだ? 左上の方角だよな。さきほど銃弾が飛んできた方角を確認するために、少しだけ顔を覗かせた。
窓ガラス……あれは換気用の窓だ。つまり完全な地下じゃなく、この部屋は1/4ほど地上に接しているらしい。外から狙っているとしたら、暗い部屋の中はさぞかし見づらいだろう。
にやりと笑みを浮かべた。一番近い棚の影に転がり込み、置いてある銃の間を探す。筒状の物を手にすると、手のひらを当てて確認を済ませた。
「……狙撃はライアンだったか。最初の犠牲者だ、くらえっ!!」
埃だらけの床を転がりながら飛び出せば、追う様に銃弾が床で跳ねる。当てていた手のひらを外して、銃身が覗く窓へ向けて筒をかざした。
明るい光がライアンのスコープを焼く。咄嗟に目を閉じたのか、ライアンが叫ぶ声が聞こえた。懐中電灯の光は指向性が強く、正面から見ると意外と明るい。
「っ! 離脱する」
ライアンの撃退終了だ。狙撃用スコープは、暗いところから明るい場所を狙うように設計されていることが多い。なぜなら狙撃手が身を潜める場所は暗く、敵は明るい場所で光を背負っている確率が高いからだ。夜間の襲撃にライアンが狙撃に立ったとしたら、まだスコープは同じタイプを使用している筈。
予想が当たったらしく、彼は離脱を宣言した。
次は誰だ?
再び棚の間に身を隠し、ひとつ深呼吸して息を整える。つうか、朝ごはん食べてない。気付いてしまうと、突然お腹が空いてくるものだ。
棚に非常食が置いていないか探すも、残念ながら保管場所が違うらしい。何もなかった。代わりに飾りのないナイフを見つけた。
見たことがある形だ。確か日本兵が小銃の先につけていた、銃剣だっけ? あれによく似ていた。単独で並んでいるのだから、きっと単体で使うのだろう。1本手にして重さを確かめるように上に放ると、すとんと刃を下に落ちてきた。
もしかして……投げて使うのか?
先ほど拾ってベルトに差したナイフは柄に飾りや鍔が広く、相手の刃を食い止めやすく作られていた。それに比べ、目の前の短いナイフはシンプルで鍔もほぼない。
「とりあえず、もって行こう」
使い方が多少違っても、敵を撃退できればいいわけで。深く考えるのを止めて、腰に巻くベルト付きケースごとナイフを回収した。西部劇の銃ホルダーに似た革のケースを腰に巻いた。
……やばい、穴が足りない。革ケースは大人用らしく、一番短い場所にあわせてもずり落ちそうだ。引き抜いたナイフの先で、ちょっとケースのベルトを切って加工した。
ぴったりの長さに調整し、一息ついた。
周囲は音がない。目を傷めただろうライアンはしばらく出てこないだろうが、他の奴らはどうした? 耳を澄ませても、足音は聞こえなかった。目を閉じて考えていると、気配のような揺らぎを感じる。
魔力感知が優れてるって言われたな。これのことか。
唯一の入り口である階段を降りてくる音のない気配に、先制をかねて投げナイフを指に挟んだ。子供の手には大きいが、扱えないほどじゃない。重さはあまりないナイフの刃を挟んだ手を頭上から振り抜いた。
ヒュ…風を切る音の直後、何かに刺さった鈍い音がした。
「降参、おれは離脱だ」
聞こえた声はノアだ。銃火器担当だが、どうやら距離を詰める間にオレに発見されたようだ。攻撃しないよと示すために手をひらひら振って合図した。
すぐ別の棚の間に移動する。一番窓に近い棚の影で上を見上げる。階段はノアだけじゃなく、もう1人降りてきていた。だが出入り口は階段だけだ。ならば、出入り口ではない場所を使うしかなかった。
そう、窓だ。地上から狙撃できる大きさの窓は高さ30cm前後はある。子供の身体ならすり抜けて出られるだろう。問題は、地上に残ったメンバーだった。
窓からのこのこと頭を出せば狙われる。棚の上に乗れば、階段から降りてきた奴に撃たれそうだ。打つ手なしに思えて、窓から漏れる明かりを睨みつけた。
うーん、何かいい手は――!?
睨む先の窓が少し開く。黒い手が覗いたと思ったら、何かを放り込んだ。
咄嗟に息を止めて、埃まみれの床にダイブする。ごろんと転がるオレの上に白い粉が降って来た。顔を上げた先で、視界は真っ白に染まっている。
ヤバイ!!!
背筋がぞくぞくするし、何よりこれ知ってる。大量の細かい粉が充満する空間は、僅かな火種で引火するって映画で見たぁ!!
階段に誰がいるとか関係なく全力で走った。だが間に合わない。部屋の一番奥の窓際にいたため、棚を避けて走っても絶対に間に合わない距離だった。
一番大きな棚の影に飛び込み、息を大きく吸い込んだ。呼吸を止めて頭を抱え、出来るだけ身体を小さく丸める。身体全体が赤い光に包まれた。
――ダァン!!