245.選択肢は限られてる
宗教の観念がないから、外観が似てても別の目的の建物だろう。でもファンタジーで思い浮かべる教会にそっくりだった。三角の大きな屋根は赤、白い壁で窓がいくつも付いている。大きく切妻になった屋根は急斜面で、正面ゲレンデくらいエグい。
屋根の天辺部分、よく風見鶏が付いてる位置に十字架があると教会感がアップするんだが……残念ながら鶏みたいな普通の風見鶏がついていた。
「教会、かな?」
「境界ではありませんぞ」
字が違う、間違いなく単語が違ったな。宗教がないだけあって、それらの用語は通じないと思った方がよさそう。曖昧に頷いて誤魔化し、入口の扉を叩いた。
観音開きっていうの? 真ん中から左と右に真っ二つに開く扉が押しても引いても開かない。ほら、よく押すと思ってたら引く扉だったとか、それも想定してみたが無理。どうやっても開かなかった。こうなったら体当たりして……と勢いつけたところで、すっと横に開く。
「引き戸かよ?!」
「うるさいぞ、キヨ」
顔を出した赤毛の情報屋に頬をつねられ、そのまま中に引き摺り込まれた。頬がいてぇ。オレの美形な顔が崩れたらどうしてくれんだ?
『主ぃ、お約束だよ?』
「うっせ! 知ってるんなら、お前が開けりゃよかったんだよ」
ブラウに悪態を吐き、レイルの手を振り払った。中は……予想外の風景だった。教会だと正面にキリスト像やマリア像、祭壇があるだろ。中央が通路で両側に祭壇へ向いたベンチ椅子がずらり――オレが想像する教会の話だ。
実際目の前にあったのは、大量の畳だった。ずらっと奥まで畳らしき敷物がびっしり。思わず足元を確認した。畳だったら土足厳禁だからな。板の間だった。ほっと息をついて、見回す。奥に部屋があるのか、外から見た広さと合わない。広間と呼ぶ畳敷きの部屋を、レイルがすたすた歩いて横切った。
「どうした?」
「あ、靴は?」
「そのままでいい」
……そのままなんだ。ここまで和風っぽい内装で、外観通りの洋式か。混乱しながら恐る恐る畳を踏んだら、想像より硬かった。オレが知る畳と作り方が違うのかも。
ヒジリが端の方で興奮して爪研ぎを始めた。注意すべきか、気づかなかったふりで放置するか。迷うよな。他人の家の門柱で、飼い犬が用を足した時の気分に近い。誰も見てなかったら、逃げようか迷うだろ。あれだ。
最終的に注意せずに通り過ぎた。聖獣は神様だし? 叱られたら自分で修復してもらおう。王族より偉いんだから、放置だ。
「我が君、この絨毯は良いですな」
「あ、うん。畳だと思うけど」
「タタミ? 後で購入先を調べましょう」
ベルナルドとひそひそ話しながら、レイルの後について奥へ足を踏み入れた。新品や豪華な服ではないが、清潔感がある姿に身だしなみを整えた奴隷達が一斉に頭を下げる。
「よろしくお願いします」
ご主人様とつかなかっただけ、マシか。言い聞かせた奴がいたから、他の奴隷も呼び方に困って省略したと思われる。中央の国に作った孤児院だと手狭な人数かな。王都にある空き屋敷を譲ってもらおう。なけりゃ、どこかの空き地に建てるしかないけど。
見回した元奴隷の数はざっと35人。なんだか増えてる?
「彼らはジークムンド班に預けることになったから、一緒に連れてきてよ」
「うちの組織のガキに仕事を割り振ればいい。おれは一度、北の国に戻るから」
「何かあった?」
嫌な予感がして尋ねると、ビンゴだった。
「シンがキヨに会いたいと暴れてるそうだ。連れて中央の国に向かう予定だが、構わないだろ?」
「……仕方ないかな」
いろいろ問題あるが、放置プレイが最も危険な選択肢だってことくらい、オレも理解してる。あのシンを落ち着かせるには、顔を合わせて「シン兄様」と笑うくらいしか思いつかないから。下手すると抱きつくところまでサービスしないと、納得しない気がした。
結構長い時間放置しちゃったし。北の国にできた義理の家族にご挨拶してないのが、マズイと思う。
「シン、怒ってるかな」
「どちらかというと、お前を見て泣き出すんじゃないか?」
笑いながら言われて、そんな気もした。やっぱり中央の国へ帰ってから、少ししたら北にも顔を出そう。婚約や結婚の前に、義理の親と顔合わせは必須だろ。妹もできるらしいし。
よし!
「全員、中央の国に一時的に身を寄せるぞ。仕事や勉強を覚えてくれ。生活の保障はするよ」
話が終わるのを待っていた奴隷だった人達に声をかける。獣耳がないから外見で区別はつかないが、獣人も混じってるらしい。大人しく聞いていた彼らは「生活の保障」部分で大喜びした。
ジークムンド達と合流して向かうよう話したが、なぜかレイルが難色を示した。曰く、食事の準備がね……という現実的な話だ。ノア、サシャがいない傭兵集団が作る食事に、不安が残る……と。
想像してみたが、まあ……なんだ、うん。不安しかないわ。多少料理の出来る奴もいるけど、無理っぽい。同行する? でもリアムに会いたい。
悩みは深い。
「お前が同行すりゃ解決だ」
「いやいや。オレ、めちゃくちゃ働いたじゃん! もうリアム不足で干からびる、死ぬ、倒れる」
「干からびろ、死なない程度に倒れてろ」
「酷いっ! レイル兄ちゃんの意地悪ぅ」
泣き真似したら蹴られた。解せぬ、美少年の泣き真似ぞ? もっと大切にしてくれ。弁慶の泣き所だから、地味に痛かった。
「えっと、1日目だけ凌いでくれ。大急ぎで転移してリアム補充して帰ってくるから」
妥協案だ。魔力の消費が多くて疲れるが、往復すればいい。お? 妥協どころか、名案じゃないか。なんでもっと早く思い付かなかったんだ。
聖獣コンプリート特典で、魔力量が激増したんだから使わないとね。毎日往復できそうな気がする。大丈夫、愛があるから出来るさ!
「毎日往復するのか?」
顔に出てたみたい。苦笑いすると、ベルナルドが顔色を青くした。
「我が君、そのような身を削る魔力の使い方はいけませんぞ。我がなんとしても阻止いたします」
「毎日往復しても足りるくらい、魔力は余ってるよ」
オレが告げた事実を、言い訳程度に受け取ったベルナルドは「危険です」だの「魔法陣をつくらせましょう」と騒ぎ続ける。専用魔法陣は、2つ作らなきゃいけない。置く場所はある程度自由だが、絨毯状態の魔法陣は対だから扱い注意だ。片方が傷つくと、作動しなかったり……変な場所に埋まって発見されたりすると聞いた。
オレのチート能力で飛んだ方が安全だと思うぞ。懇切丁寧に説明する手間を惜しんだオレは、ベルナルドの肩を叩いて微笑んだ。
「オレはこの世界の頂点に立つ聖獣の主だぞ? いざとなったら彼らの背に乗って往復できる」
「ああ。そちらでしたら問題ありませぬ」
そうだよ、こっちの手も使えたのだ。なぜ思い付かなかったのか。夜になったらリアムの宮殿へ帰り、朝に転移で戻ればいい。疲れたら聖獣の背に跨り運ばれ、調子が良ければ転移する――ホント、なぜ思い付かなかったのか。
魔法がない世界からきたせいか、どうしても物理で物を考えちゃうんだよ。作戦を考えるときに、魔法の存在を入れ忘れちゃう。自分に呆れながら、オレはいそいそと収納に入れたお土産の確認を始めた。
入浴剤と化粧品が少し減ったが、リアムの侍女達に配っても十分足りる。やっぱり多めに買うのは大切だった。
「夜までには戻る」
「おい」
早速転移しようとしたオレの襟を掴み、レイルが低い声で窓の外を見ろと告げた。言われるまま見た空は、綺麗な夕焼け……。
「もう夜になるから、帰るなら後にしろ」
「出発は明朝だろ。それまでに帰るからぁ……お願いっ」
両手を合わせて拝む仕草をしたが通じず、肩を落としたオレは縄でレイルと繋がれた。転移防止策の一環だとさ。めちゃくちゃ信用ないな、オレ。




