243.空き巣じゃないからな
無人の王城……これは戦わずに済んだ、でオーケー? まあくれるなら貰っとくが。
「どうしたんだ?」
見回すだけのオレをよそに、ノアは物陰やカーテンの間に人が隠れいていないか、チェックしていた。
「こういうとき、どういう顔すればいいか……わからないの」
『笑えば、いいと思うよ』
ノリのいいブラウの言葉に、互いににやりと笑う。大きな窓は明るくて、日差しが中に差し込んでいた。オレは日向で振り向き……甲高い音が響く。
キンッ。
衝撃はないが、今の銃弾じゃね? あれれ、狙撃された気がするぞ。
『主人、見つけたわ』
『え、僕が見つけたんですよ、主様!』
コウコとスノーの騒ぎに、ようやく気づいたベルナルドが振り返った。
「我が君、今なにか」
「狙撃された。ベルナルドは柱の陰に待機」
この部屋にいるメンバーの中で、撃たれたら死ぬのはベルナルドとノアだけ。ノアはすでに窓と窓の間に身を滑り込ませていた。銃音には敏感だからね。
ちなみにオレは、いつもの異世界万能結界のお陰で無傷だ。相手にとっては「なんじゃそりゃ! ふざけんなよ」と絶叫したくなる卑怯技だった。魔力込めた銃弾も弾くのが特徴だから。
聖獣は撃たれても平気だし……あれ?
「ヒジリは?」
『興奮した様子で走っていきました。あっちです』
お巡りさん、そっちは……犯人がいる方角、だね。捕まえに行ったのか。彼がそのつもりならお任せするに限る。
「今、狙撃音がしたぞ」
「おい。誰か撃たれたのか?」
飛び込んできたのはジャックとサシャだ。ライアンは屋上辺りで狙撃準備して待機していると思う。じっと潜伏するの苦にならないタイプみたいだし。
ジャックの後ろから、アーサー爺さんが広間を見回した。
「おや、誰もおらんのか。ならば占拠して使用しても問題あるまい」
持ち主不在の建築物は没収じゃ! お前の物は俺の物理論か? 権力者だった人って、怖い。アーサー爺さんの腹黒さを心で貶していると、くるりとこちらを振り向いた。まさか、オレの心が読めるのか?
「キヨヒト様、この城はくれるのでしたな?」
「うん、獣人の国で使ったらいいよ」
お土産に持ち帰れる大きさでもないし、中央の国はちゃんと宮殿あるからね。オレの住む部屋もあると思う。今度こそ官舎じゃなくて、リアムと一つ屋根の下で暮らしたい。まあ、あの宮殿の屋根の下って広いけどね。シフェルの奴に、端っこに追いやられる予感しかない。
「では遠慮なく。ここの宝物庫に参りましょう」
「おう」
なんと、さすがは元宰相閣下。城の宝物庫の位置をご存知とはお見それした。付いていって、お土産に何か見繕おう。小粒の可愛いダイヤのネックレスとかないかなぁ。
拳大の宝石とか、あとで使い道困りそうだし。砕くと値段下がるからね。この国の民から吸い上げた税金の賜物と思えば、小さいのを功績がわりにいただけば満足です。いそいそとアーサー爺さんの後をついて歩き出した。
オレのイメージする宝物庫はあれだ。地下室にあって、入り口に番犬の魔物とかドラゴンが立ちはだかってるんだ。で、決められたパスワードを言えないと殺される。あとは王族の血がないと開かない扉もいい。今回はどっちが相手でも、聖獣の主であるオレが開けてやんぜ!
そんなことを思って階段を踏んだ瞬間もあった。が、アーサー爺さんはてくてくと階段を登っていく。あれ? 方向が逆じゃないか? 普通は地下だろ。
「ここの王族は馬鹿ばっかりでしてな」
アーサー爺さんが身も蓋もない本当のことを口にした。呆れ顔のジャックも頷く。まあ、義弟君の事件を聞くまでもなく、王族が腐ってたのはわかるけど。
「この塔の天辺に、国宝がございます」
「はあ……」
なんでこんな盗まれやすい場所に? この世界は魔法があるのに、空中から奪われる心配しなかったのか。ファンタジーでドラゴンが襲撃すると、大体高い塔から壊されてるぞ。財宝を撒き散らす気だったとか?
「煙となんとかは高いところが好きだって、聞いたなぁ」
『馬鹿って言っちゃえばいいのに』
ブラウがくねくねと身をくねらせながら、足の間を八の字で歩く。もちろんお約束通りに、尻尾と脚を踏んでやった。
『主ったら、僕のこと好きなんでしょ』
顔を両手で押さえる仕草で訴えるが、それ何の真似? 覚えてないのでスルーさせてもらった。
『主殿、歩かずとも飛べば一瞬ぞ』
『僕もそう思いますぅ』
ヒジリとスノーが楽をしようと誘いかける。気持ちは分かるが、ズルはやめておこう。高い塔の天辺付近で、ようやく木製扉が出ていた。
「え? 木製?」
この階段は螺旋で、中央がすとんと開いている。ついでに言うなら踊り場がないので、後ろは階段の途中で足を止めていた。
「何度も危険だと言ったのじゃが無視されてのぉ」
ぼやくアーサー爺さんが押した扉の向こうは……穴が空いていた。
「これって」
「おや。砲弾でも当たったかの?」
くるっと180度回る。それから下の方にいる殿のノアに向かって叫んだ。
「床に穴が空いてたんだってさ! 下に戻って!!」
みんな、駆け降りるのは早かった。ちなみに途中で足を踏み外したオレは、お約束すぎる展開で階段の真ん中に落ちた。尻を打って痛みにのたうった結果だが、途中で追いついたスノーに首根っこを掴まれ、緩やかに着地する。
「助かった」
『主様、僕は優秀です』
「あ、うん。それって自分で言っちゃダメなやつだと思う」
人に言ってもらってこそ価値があるセリフだぞ。胸を逸らして「えっへん」ポーズのチビドラゴンを撫でてやり、上を見上げた。階段から降りたノアが、手足を掴んでオレの無事を確認する。それから立たせてもらい、埃を叩かれた。
「地下に流れ落ちたようです。面倒なことを」
ぼやきながら、今度こそ下にある受け皿になった部屋に向かった。住人がいない城を勝手に歩き回るのって、空き巣みたいだな。
今度は地下の鉄扉を開く。あれ? こっちの方が厳重に保管されてる気がするけど。気づいちゃいけない何かなのか?
誰も指摘しないので、そのまま一緒に部屋を覗いた。
「っ!」
黄金と宝石がざっくざく! そんな光景が広がって――なかった。広い部屋の真ん中に、ちょろっと山があるだけ。しかもひとつ。絶対に誰か着服しただろ。逃げた王族や侍従が持ち逃げしたとか。国家予算より少ないじゃん。両手を広げた幅で、オレの身長より低い三角錐しかない。
「この国ってさ、王族が独裁状態で好き勝手したんだろ? 巻き上げた金はどこ行ったのさ」
王族が不在の城で、誰かが着服したんじゃないか。そんな疑惑を口にしたオレに、アーサー爺さんは安心した様子で微笑んだ。
嫌な予感がする。これは聞いちゃいけない類か。
「よかった。さほど減っておりませんな」
「「は?」」
「他国と違い、ここの連中は食って飲んで、女に使ってしまいますのでな。私が宰相だった頃より多少減りましたが、予想より残っていて安心しましたぞ」
はっはっはっ……笑って黄金を数え始めたアーサー爺さんの背を見ながら、オレは顔を引き攣らせた。
「これだとオレの個人資産の方が多くね?」
「俺らの貯金を合わせたら、半分くらいか」
ジャック班は二つ名もちばかりだから、意外と金持ちらしい。全員の貯蓄を合わせたら、東の国の宝物庫の半分もあるのかよ。いや、そうじゃない。宝物庫が広いのに中身が少なすぎた。
「財政の立て直しから、か。こりゃ先は長いな」
オレ、本当にリアムのところに帰れるんだろうか。嫌なフラグがひらひらとはためいた幻影を振り払うように、首を大きく横に振った。