242.突撃したら帰る!
正規兵と傭兵達が全員来た。きっちり整列する騎士達をよそに、傭兵はぞろぞろと好き勝手に休憩し始める。
「奴隷解放の英雄はシフェル、この国を占拠するのはオレ……さあ、好きな方を選べ」
にっこり笑ってそう叫んだ。奴隷が一斉にオレの後ろにつくが、ひとまず彼らはレイルに預かってもらう予定だ。この国に拠点があるレイルの組織なら、安全だしな。
「私の命令は、禁止された奴隷達を探すことです。騎士はこちらへ」
騎士団長であるシフェルが命じたため、騎士達は素直に彼の元へ集まった。こういう地位はオレにはないけどね。それ以上の仲間がいるわけで。
「残りはオレと、東の国乗っ取り作戦参加に分類するぞ」
右手をあげて声を上げると、わっと男達が集まった。ごつい筋肉に囲まれて、あっという間にジークムンドの肩に担がれる。
オレ知ってる、こういう場面で胴上げされて落とされるやつ。怖いから、がっちりジークムンドの髪を掴んでしまった。絶対に落とすなよ、フリじゃねえぞ。
『僕知ってるよ、主。落ちてくるんでしょ?』
尻尾振りながら、恐ろしいフラグ立てるじゃない! 首を横に振って、三角になった首に足を回して締め上げる。絶対に落ちないからな。
「ボス、ジークの首が絞まってますぜ」
「オチますって」
慌てたジークムンドの部下が騒ぐが、その前に、オレの膝を本人がタップした。少し緩める。顔が赤くなってた。
「悪い」
「ボスだからな」
げらげら笑って許すあたり、度量があるぜ。ジークムンドが自分の班の奴らに大声をあげた。
「ボスの命令だ! この国を落とすぞ」
「「「「おう」」」」
『主殿の望みなら協力しよう』
聖獣ヒジリが乗り気になった。そこへブラウが影から上半身を乗り出して同意した。
「私はキヨ様についていきますぞ」
ベルナルドが騒いだため、騎士の一部がこちらに移動した。え? 規律違反じゃね? 叱られない? あ、叱られないならいいよ。
どうやら昔、騎士団副団長だった頃のベルナルドの部下らしい。よく見たら結構年齢層が高かった。彼らも連れて行っていいようなので、後方支援を頼もう。オレは最前線で飛び込む予定だ。
さっさと片付けないと、次々と事件が起きてオレは中央の国へ帰れない。気づいてしまったので、大急ぎで愛しの皇帝陛下の元へ戻るべく、突撃隊長をすることに決めた。
「よし、ひとまず制圧した王城にアーサー爺さんを置いて帰る!」
「帰る?」
ジャックが聞き返すが、答えは変わらないぞ。帰るったら、帰るんだ。転移してでも逃げるからな?
綺麗に2班に分かれた男達を引き連れ、手分けして動く算段を整える。連絡用の魔道具は全員に行き渡らないため、班長などが持つことになった。が、じっと眺めていたオレはマロンを手招く。
「なあ、複製できそうな気がしないか?」
『やってみますか?』
「うん、イメージしてみる」
材料は等価交換に近い原則があるので、屋敷から不要な金属を集めてもらった。獣人も張り切ってくれて、雨樋をひっぺがしてくる。この建物、次に雨降ったら散々だな。オレの屋敷じゃないからいいけど。
大量の金属に手をかざして、右手に持つ魔道具そっくりの複製をイメージする。あれだ、コピペ。右クリックして、ポチッとな。唸りながら呟いた言葉が、呪文だと思ったらしく、騎士がメモしていた。
絶対に役に立たないと思うけど。
「これはっ! キヨ、もっと作りなさい」
「疲れるんだぞ」
抗議しながらも全員分作った。仕組み? そんなん知らん。お前ら、画面でコピペするときの仕組みなんて理解してるか? コピー機の仕組みは? それと一緒だ。ボタンを押せば出来る! オレが理解してるのは、その程度だった。そして結果を強く意識すれば、意外と魔法は細かいこと気にしない、いい奴だ。
そこへ着替え終えた獣人女性が出てきた。それぞれに好きな服を纏ったらしく、まとまりのない状態だが構わない。選べることがすでに嬉しかったらしい。石鹸もちゃんと使ったので、香りがいいし髪もしっとりしていた。
風邪ひかないよう、さっと温風で乾かす。それから男性陣に石鹸渡して風呂へ行くよう告げた。女性に比べたら、男の風呂は行水の速さのはず。
「レイルは奴隷の保護、シフェルはレイルから買った情報を元に奴隷の解放。オレは王城を占拠してくるわ」
「まだ残存兵力がある可能性も」
「組織立った抵抗されると面倒だぞ」
シフェルとレイルの忠告はもっともだ。頷いたオレはアーサー爺さんを指さした。
「オレが率いる傭兵が負ける相手じゃないさ。それにいざとなれば、爺さんを人質に押し通る」
「ほっほっほ、この老ぼれでは人質の価値がないかも知れんが、何とかしよう」
どこぞの隠居のご老公みたい。さすがにブラウも、ここは抑えてなかったのか。出てこなかった。
「気をつけてください」
資料に目を通しながら、シフェルは忙しく騎士の編成を行なって出立した。見送りながら、レイルに奴隷達を頼む。
「風呂の中の奴らに声かけておくか」
「問題ないだろ。早く行ってこい」
ぽんとケツを叩かれ、オレはジークムンド達を連れて街へ飛び出した。ヒジリが追いつき、袖を咥えて引っ張る。ちらりと視線を送れば、期待の眼差しでマロンが走っていた。馬の姿で……。
「マロン、馬に乗ると他の連中が大変だから。よいしょっと」
掛け声をかけてヒジリの背に飛び乗る。それからマロンへ手を伸ばした。
「オレの前に乗れ」
少年姿に変化したマロンも乗せ、ヒジリが走る。隣を馬に乗ったベルナルドだが、コウコが巻きついていた。アーサー爺さんを後ろに乗せている。
傭兵達の足に合わせて走り、ある程度の大きさの広場で止まった。王都へ向かう魔法陣がある。魔力を流さないと模様が刻まれた広場に過ぎないが、これは使える。
「全員乗って! ワープするぞ」
「「「ワープって?」」」
「えっと、転移!」
通じないのか、ワープ。意味としては転移より短縮の方が近い気もするけど、翻訳されなかった。全員が乗ったのを確認し、魔力を放出する。通常は複数の魔術師が集まって起動する魔法陣だが、一気に魔力が走った。満ちて光る魔法陣が発動し、オレ達は王城の目の前にある噴水……の脇に落ちた。
「ってぇ」
「壊れてんじゃねえのか?」
「おい、おれを踏んでんの誰だ!」
騒ぎが大きい。だがさすがは戦闘のプロ、すぐに班ごとに集まって点呼を始めた。手足を含め誰も欠けていないことを確認した後、一斉に武器を取り出す。得意な武器を使うので、鞭から始まって長剣、短剣、銃に至るまで様々だ。
「おっと、爆弾は禁止だ」
ヴィリから爆弾を取り上げる。こいつはすぐに爆破しようとしやがる。舌打ちして収納へ放り込んだ。見上げる先の王城は、門を閉ざしていた。確か、すでに貴族は敗走した後だ。
「中に騎士や兵士が残っているかも知れない。攻撃する素振りがあれば、遠慮なくやれ!」
ここは他国で、流儀も違う。オレは見知らぬ人を助けて死ぬ気はないし、仲間にも生き残って欲しい。話したこともない奴らに殺されるジャック達を見たくなかった。だから容赦なく攻撃し、躊躇しないよう命じる。全責任はオレに押し付ければいいだろ。それが指揮官の役目なんだから。
「「「おう」」」
拳を突き上げた傭兵達は、散り散りになった。壁を越える者、城門脇の通用門を開ける者、開く城門の前で待つ者。ばらばらの行動だが、全員に共通するのは無駄のない動きだった。
オレは浮遊するヒジリのお陰で空を駆けて、城門の内側に飛び込んだ。すでに門を越えた数人が閂を抜こうとしている。手助けは不要と見て、窓から城へ入り込んだ。
しんとした廊下……人がいない建物って寒い。冬だから余計か。猫科の猛獣である黒豹の足音は響かない。爪を立てずに歩くヒジリの背から、様子を窺った。敵が出たら対応できるように。
そして……大きな広間まで進むが、誰もいなかった。




