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241.東の国を占拠せよ(3)

「この国さ、オレと聖獣達で占拠する」


 しんと静まり返った後、最初に動いたのはジャックだった。手にしたお茶を一口、隣のアーサー爺さんも同じ動きをする。こういうとこ、家族なんだと思う。


「我が君、よろしいですかな?」


「どうぞ」


「占拠してどうなさるのですか」


 ベルナルドは、理解するための準備を始めた。なぜそう考えたのか、どうして占拠を望むのか。オレの考えを理解する気があるみたい。まあ侯爵という高位貴族で、騎士団のお偉いさんだった彼にとって、上司の思考を理解するのは大切かも。慣れてるだろうし。


「占拠したら面倒みなくちゃならねえだろ」


 ライアンが嫌そうに鼻に皺を寄せた。隣でノアも複雑そうな顔をする。


「おれも反対だ」


 こんな自分勝手な国は滅びればいい。そう吐き捨てるレイルの隣で、内心を上手に隠した微笑のシフェル。


「占拠したからって、どうしてオレが面倒見るの? そんな義務ないよ」


 けろりと爆弾発言を投下。だってさ、オレが面倒見る義務ないじゃん? そういう治世はやりたい人がやればよろしい。オレの出番じゃない。


「キヨ、結論から話すのはおやめなさい」


 シフェルにやんわりと叱られた。混乱を招く言い方をするな、そう注意するシフェルへ曖昧に笑う。


「結論を先に言わないと混乱しない?」


「あなたの話では、どちらでも混乱します」


 あっそ。どうせ話し方がおかしいですよ。そう拗ねてみせると、ノアが溜め息をついた。


「自覚はないようだが、キヨは話し方がおかしいのではなく、思考がおかしい」


 ……頭おかしいとオカンに言われたオレの気持ちがわかるか? 足元でブラウがにやりと笑った。そうか、お前は理解してくれるか。


『誰に統治させるか、すでに決めているのであろう?』


 ヒジリがのそっと歩いてきて、膝の上に手を乗せる。これはあれだ。いつもの……。


「イテッ」


 噛まれた。ごりごりと嫌な音がした後、丁寧に舐めて治される。こら、スノー! 羨ましそうに見るんじゃない!!


「獣人が迫害されるのは国がないからだろ? じゃあ国を作ればいいよ。この土地余ってるんだもん」


 東の国は王族もなく、オレが生きてる間の土地だ。だったら獣人が集まって暮らせばいい。国が機能すれば、彼らを保護することも簡単だし。他国にいる獣人も移り住んでくるかも知れない。同族同士って、価値観が近いから暮らしやすいと思うんだ。


 説明して見回すと、アーサー爺さんが発言を求めた。


「獣人の国を作るのは賛成ですが、どうして東の国を選ばれたのか。この爺に教えていただけますかな? キヨヒト殿」


 こういうところ……きっと敏腕宰相なんだろうな。隠居しても周囲が放っておかないと思うぞ。まずオレの考えを否定しない。そのうえで理由を教えろと遜って喋らせる。内容に問題があればそこから突き崩して、反論へもっていく自信があるんだ。


「簡単さ。東の国は寒い。獣人って寒さに強いから暮らしやすいはず」


「獣人が寒さに強い?」


 初耳だぞ。そんな態度のジャックへ、オレはきょとんとした。え? 誰も気づいてないのか? 後ろでぺたんと座って風呂の順番を待つ奴隷達を指さす。


「この寒い国で、冷たい石床で生活していられる。しかも風呂はなくて水浴びだぞ? オレなら死ぬ自信ある」


「キヨ、言いたいことはわかりますが奇妙な自信を振りかざさないでください。迷惑です」


「我が君をそのような目に遭わせたりしませんぞ!!」


「いや……その前に逃げるよ?」


 シフェルが叱ったが間に合わず、何やらベルナルドが滾っている。大変申し訳ないが、仮定の話だぞ。オレが実際に石床で水浴びしてないからな? どうどう……落ち着け。


 手で落ち着くよう指示すると、椅子を蹴って立ち上がったベルナルドが慌てて座り直す。いきなり立ち上がるから、奴隷の一部がビビってるじゃん。


 ぺたぺたと音を立てて歩くチビドラゴンに興味を示した獣人の子が、スノーに手を伸ばした。だが触れる前に手を止めたので放置する。嫌ならスノーは影に逃げるだろうし。


「とにかく、過酷な寒さの中で生存できる。建物をそのまま譲渡して明け渡してくれたら、彼らもすぐに文化的な生活ができるだろ? 今まで蔑んで一方的に虐げたんだ。そのくらいのお詫びはして欲しい」


「獣人を虐げたのは我が国だけではありませぬが」


「そうそう。だから皆で痛みを分かち合うわけ。この国にいた人間はすべて、他の国が分配して受け入れる。引っ越してきた彼らに土地を与え、住処を用意し、貧民にならないよう手配する……ほら、平等じゃん」


「キヨにはまず常識から」


「いや、悪くないと思うぞ」


 否定しかけたシフェルに対し、レイルはオレの意見を肯定した。確かに無茶を言ってる自覚はある。だけど、全員が痛みを分かち合うのは大切だ。誰かに押し付けるんじゃなくてさ。


「まあ、金に関してはオレの預金使ってもいいんだけどね」


 苦笑いしながら付け足した。お金に関する痛み分けじゃなくていい。土地を提供したり、使わない空き家や農機具を譲るんだっていいじゃないか。


「この世界で1番地位が高いのは聖獣なのに、どうして獣人が嫌われるのか――まずそこに疑問を持ってよ」


 獣と人、両方の字を持つ種族だ。人の姿をして、獣の特性を持つ。ならば聖獣に近いのは人間より、獣人じゃないか?


 強引な理論かもしれないが、嫌われる理由がわからない。外見上の区別はつかないし、彼らは大人しかった。野犬より危険度が少ないのに、国がないだけで迫害されるなら……国を与えるのは間違ってるか?


「キヨ、わかっていますか。これはジャックの故郷を奪う話なのですよ」


 逆の視点からこうやって話してくれるの、とても助かる。考えが及んでいない部分を指摘してくれたら、もっといい案が浮かぶはずだ。


「ジャックも、そう思う?」


「おれは家を捨てた口だから、あまり関係ねぇけど……他の連中は違うだろうな。自分が住んでた家を奪われたって、逆恨みするさ」


「なるほどね」


 だったら、残された方法は危険なものになる。成功するか分からない。まあ、失敗してもなくすのはオレの名声と食材くらいか。


「オレが考えた方法は2つあった。1つは今話したやつ、残りは……東の国を一度消滅させること」


 貴重な調味料や食材が失われるのは、本当に心が痛い。誰かが積み重ねた苦労の上に、あの味があると思うから。でもオレは自分のエゴだけで動く。目の前で虐げられた獣人のためでもなく、世界を変えたかった。


 オレが平和な日本から送り込まれた理由、どうせここにあるんだろ? カミサマ。


 考えた案を口にするたび、常識人のシフェルは「常識がない、考えがおかしい」と指摘する。これはノアも似ていて、つまり彼らの考えはこの世界の常識だ。公爵閣下から、平民より地位が低い傭兵まで。その常識は揺るがなかった。


 だが頂点である王族の地位から追われて、傭兵と並ぶ情報屋まで落ちたレイルは、オレの考えを肯定することが多い。これってさ、世界が変わろうとしてる時期なんじゃないか?


 いわゆる意識改革みたいな感じだ。新しい考えが広がりつつあり、古い考えがそれを押し込める。その窮屈さを解消して、新しく殻を割った世界が成長するのを神は望んだ。そういうこと。


 オレはその殻を割るために、内側に閉じ込められたひよこの嘴だった。突くための武器であり、今後も世界を牽引していく役目。堅苦しく考えると面倒くさいが、要は前の日本の記憶を活用して、オレの好きにやれって意味だ。


 長寿な竜属性にされたのも、きっとここに理由がある。変革には長い時間が必要だから、できるだけ長くこの世界に影響を与えられるように。

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