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241.東の国を占拠せよ(1)

 ご飯を食べる奴隷達に話を聞いた結果、約半数が獣人だった。やはり国家という後ろ盾がない彼らは、捕まると終わりらしい。逃げようにも相手は権力者で、従属するよう躾けられる頃には気力も尽きる。最低の方法だった。


 数人連れてきて、見せしめに1人を徹底的に痛めつける。怯える他の奴隷から気力を奪い、逆らう体力がなくなるまで食料を絞った。逃げられなくなった従順な彼らは、徐々に思考を放棄する。心理的なあれこれは知らんけど、そんな感じだったらしい。


 食料を貰うためなら、何でもする。生き残るために必死で命令に従うよう躾けられた。ひとまず大人も含めて全員孤児院に保護しよう。オレが戻るのと一緒に、奴隷達も連れて行くことにする。


「キヨヒト様にお任せします」


 アーサー爺さんは、ただ頭を下げた。元宰相として、足元で起きていた犯罪行為を見逃してしまった罪を自覚している。こっちは問題ない。ご飯を食べさせた奴隷達に、主人が変わったと伝えた。手足の傷を癒してご飯を貰えたことで、反抗する意思はないようだ。


 逃げるくらいの反骨精神があれば、頑張ってくれてもいいんだが……いきなり放り出されても困るよね。異世界人だから、その辺は理解できる。オレが同じ状況で「逃げていい」と言われても、安全と衣食住が確保されないと逃げないもん。


 別の屋敷の奴隷も解放するため、レイルから預かった資料をシフェルに渡した。申し訳ないが、ジャックの実家は信用できない。ジャックとアーサー爺さんはいい人だと思うし、妹も含めて人の痛みが分かる人間だけど。


 ジャック父が信用できない。王族の圧力がどの程度かわからないけど、あの金の玉ねぎを許した。さらにオレに対する態度も酷かった。ジャックの義弟妹が苦しんだ一因も、この男の優柔不断な態度が生んだんじゃないか?


「私に任せて構わないのですね?」


「お願いします」


 アーサー爺さんが頷いた。


「息子が邪魔をするようなら、宰相の地位に再び就いても構いません」


 自らの派閥はまだ存在する。そう告げたアーサー爺さんは、溜め息をついた。もっと早く決断して、王族を追い落としてくれたらよかったのに。そう思うのは、オレが部外者だからだ。臆病で波風を立てない息子を表に立てて、自分が陰で糸を引くことで国の形を保った。その苦労と功績はオレが口を挟んじゃいけない。


「正規兵を呼び寄せます」


 国境付近で傭兵達とキャンプ中の彼らを呼ぶなら、ジークムンド達も入国させるか。それを伝えると、伝令としてサシャが立つことになった。


「ご主人様、何か仕事はありませんか」


 シフェルの馬を借りて伝令に立つサシャを見送り、すぐに奴隷のおじさんが声を掛けてきた。確か仕事をしないとご飯がもらえないと思ってるんだっけ? その認識を何とかしたいけど、オレ……元々が引き篭もってたくらいだからね。あまり得意じゃないんだよ。


「とりあえず……体洗おうか」


 申し訳ないが、臭うんだよね。あの牢に閉じ込められてたから、どうしても臭う。ご飯を優先しちゃったけど、ここは洗っておいた方がいいだろう。だって衛生的に問題あるだろ? 病気になったら可哀想だし。


 さっき屋敷を回ってたライアン達を手招きした。


「この屋敷に大浴場ない?」


「大欲情?」


 ドン引きの顔で見ないでくれ。つうか、自動翻訳バグってるじゃねえか。響きが同じだけど意味が大きく違うっての。オレが変態のレッテル貼られるじゃん。


「違う、大きいお風呂。たくさん入れそうな場所でさ」


「ああ、それなら見たぞ。1階の奥だな」


 説明したライアンが建物の左奥を指さした。オレは2階を見てたから知らないんだ。奴隷の皆さんを手招きして、簡単に説明した。


「まず清潔にする必要があるから、洗うぞ!」


「「はい」」


 返事がいい。気分良く歩き出し、ライアンの案内付きで風呂場についた……風呂場? ここが? 大きく首を傾げ、ライアンにひそひそと尋ねた。


「なあ、ここ……風呂?」


「違うのか」


 間違ったなら早めに申告してくれよ。そんな思いで小声にして尋ねたのに、ライアンはけろっとしていた。どうやら風呂と思っているらしい。オレに言わせたら、これはプールだ。似て非なる物なんだが……。


 一応豪邸だったし、プール付き戸建てだったんだな。うん。


「つうか、ここ屋外じゃん」


「半分は屋根がある」


「風呂なら温かい湯を溜めるんだから、あっちだと思うが」


 ノアがここで参戦。彼も風呂と思わしき設備に心当たりがあるようだ。また奴隷を連れてぞろぞろと行列だ。


 豪華な屋敷の中をきょろきょろしながら歩く。ほぼ縦断に近い反対側で見つけたのは、今度こそ風呂だった。想像より大きかったけど……。


「お風呂入ろう」


「入る、ここ?」


 ぎこちなく聞き取った単語を繰り返す獣人さんに、彼の知る言語で説明する。体を洗って綺麗にし、病気に罹らないように清潔にすること。他人から臭いと言われないようにすること。説明したオレに、獣人が顔を顰めた。


「どうしても、か?」


 すごく嫌そう。


 この世界の常識がない自覚はあるので、後ろを振り返ってヒジリを手招きした。尻尾を振りながら近づく黒豹に尋ねる。


「なあ、どうして獣人が風呂を嫌がるんだ? お前らは平気だろ」


 ぴしっと尻尾が床を叩く。髭がピンと前を向き、目を見開いたヒジリが抗議した。


『我はいつも綺麗に毛繕いしておる! 風呂など不要だ』


 あ、コイツ風呂を嫌がる猫と同じ反応しやがった。つまりあれか? 本能的に獣人は風呂が嫌いとか……。


 うーんと唸ってる間に人間が数人、さっさと脱ぎ始めた。ボロ布みたいな服を丁寧に畳んでいる。あれも何とかしてやらんと。いくら体を洗っても、服が臭ければ同じだ。魔法で服って作れるの?


 悩んでいる間に、目の前で少女が胸元の布を……おっと!


「ちょい待って。なんで男女一緒に入ろうとしてるの」


 収納から出したタオルを投げつけ、胸元を覆うように説明する。言われた通りにした少女は、あまり羞恥心はなさそうだけど。問題あるぞ。


「いつも同じ、何が問題か」


「いつも? お風呂入れてもらってたのか」


 ちょっとほっとした。意外と普通の扱いしてたのかも。そんな幻想を、一瞬で砕かれた。


「牢内で水を掛けられる。皆んな一緒」


 それってホースみたいなので濡らしただけじゃない? 確かにそれなら服着てるし、男女関係なく水掛けるだろうけど。


「まず、女性から入ろうか」


 男女が一緒に入らないようよく説明し、女性達にお土産の中から石鹸を渡す。リアムが好きかと思って薔薇の刻印が入ったの買ったけど、また買えばいいや。渡して泡立て方を教え、洗ってからお湯に入るよう説明した。髪もよく洗えよ。


「男はこっち」


 手招きして一度風呂から出る。彼らは着の身着のまま、もちろん着替えなんてもってないはずだ。オレの服はサイズが合わない。


「なあ、レイル。服の調達任せてもいいか?」


「年齢もサイズもバラバラか。難しいが……」


 そうだよな。サイズ分からないもん。女の子の下着とかどうするよ。汚い黒く染まったボロ布着たら、せっかく洗った石鹸の香りが台無しだ。


『主人、作ったらどう?』


『そうですよ、主様なら難しくないかと』


 コウコとスノーの言葉に首を傾げる。すると少年姿のマロンが自分の服を引っ張った。


「これも魔力を変換しています。作れると思います」


 なん、だと!? 魔法って本当に万能だったんだな。使えないと思って放置しないで、もっと極めればよかった。人生はまだ長そうだから、平和になったら研究してみよう。


「よし、服を作ろう!」


 気合を入れたところに、上の階を探っていたライアンが戻ってきた。


「上のクローゼットに服がたくさん残ってたぞ」


「「……え?」」


 見落としたオレと、手配しようとしたレイルがハモった。

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