240.後から入れても出汁出るよね
ひとまず飯だろ。解放されてまず飯だよ。美味い飯食ったら、奴隷だった皆さんも自由になったと理解してくれるよね。
相談がてらノアを手招きし、料理の準備を頼んだ。
「料理の準備! かかれ」
この号令で一斉に聖獣が手分けして動き出す。かまどを作るヒジリの脇で、オレが収納から机と鍋、食材を並べた。出来上がったばかりのかまどに鍋を乗せる。スノーが水を作り、鍋の下でコウコが火をつけた。
コウコの火属性の魔法だと、薪がなくても燃えるのが便利だよな。ちなみに薪なしだと魔力を注ぎ続けるため、火の前から動けなくなる欠点があるらしい。
あっという間に湯が沸いた。机で野菜や肉を切りまくったブラウが、風で鍋に食材を入れる。何か仕事をしたそうにうろうろするマロンを捕まえて、大きなしゃもじを持たせた。
「マロン、混ぜてくれ。オレが味付けするからな」
向かいで味噌を用意しながら頼むと、大喜びで鍋の前に立った。気を利かせたヒジリが足元に段を作ってくれたので、マロンでも届く。こういうさりげなさは、ヒジリだよな。
前に何度か頼んだ作業だったので、マロンも溢さないよう丁寧にかき混ぜる。匂いにつられて集まる奴隷を、ジャックとアーサー爺さんが整理し始めた。食器を持って待つ彼らの期待を背に受け、オレは注意深く味噌を溶かしていく。
味噌汁ってたぶん出汁があるんだよ。でも鰹節はまだ棍棒状態なので、削る作業を省いてしまった。あ、でも味が出ればいいなら今から足す? そんでもって漉さずに鰹節ごと食べさせるか。カルシウムとか取れそう。
栄養素は詳しくないが、魚イコールカルシウムだろ。決めると早い。ブラウを手招きし、鰹節を見せた。奴は猫だ、気をつけないと持ち逃げされる。目の前で振ると、尻尾と尻を振りながら目を見開いた。これは狙われているぞ。
「ブラウ、この鰹節を薄く削るんだ。ぺらぺらの紙みたいに半分まで削ったら、残りをやる」
よく言い聞かせる。同じ文言を2回繰り返すと、ブラウの爛々と輝く目が落ち着いてきた。ゆらりと左右に揺れる尻尾も、穏やかな動きになる。
「いいか? 半分削ったら、残りはやる。もし半分削らずに持ってったら……二度とやらない」
削るだけならオレでも出来る。でも信頼して任せるんだぞ。そう言って鰹節を浮かせると、ブラウは複雑な唸り声を上げたものの……諦めて削り始めた。シュッシュと軽快な音を立てて削り節が鍋に落ちる。
見張りをヒジリに頼んで、オレは味噌を流し込んだ。コウコに合図を出して火を止める。スノーが鍋の中を興味深そうに見つめていた。
ここからは早い。オレの指示がなくても、ジャック班の傭兵達は動いてくれるからだ。ライアンが器を並べ、ノアが注いでいく。ジャックとアーサー爺さんが並べた奴隷達は、不安そうだった。ここまでお膳立てされても、ご飯がもらえると思ってないところが可哀想。どんな目に遭わされたのやら。
まあ同情するなら飯をやれ――というわけで、手早く味噌汁を並べた。サシャが1人ずつ手渡していく。受け取った奴隷は目を輝かせるが、すぐに口を付けなかった。その理由は叱られるから? もしくは取り上げられるからかも。どっちにしろ、オレはそんなことしないけどね。
「皆、ご飯もらった? 貰ってない人がいたら手を挙げて」
「なんだ、その変な習慣は」
手を挙げて示すように促すと、サシャが驚いた顔でこちらを見た。ジャックは肩を竦めただけ。こっちには手を挙げる所作がないようだ。
「まあいいや。後でね」
ここで説明に費やす時間が惜しい。
「この味噌汁は熱いから、火傷しないように。誰も取らないからゆっくり食べること! 食べ終えてもっと欲しい人は、器を持ってここに並ぶ。わかった?」
叫んだ内容を理解したのが半分くらい。残りは首を傾げて、隣の奴に話しかけたりしている。どうやら種族や国が違う人が混じっているようだ。
「もう一度繰り返すぞ」
今度は獣人が使ってた言葉で同じ内容を話すと、また数人がきょとんとしていた。彼らに近づいて話しかけると、身振り手振りで返事がある。だがここからが異世界人チートだ。
オレは全部の言語が話せるんだぜ? この世界だけだが。おかげで全員と話をして内容を理解させた。その間に数人が食べ始め、おかわりの列もすぐに出来た。
食べる元気があるのはいいことです。うんうんと頷いて、この場を任せて離脱した。まだ地下牢に数人いるが、自力で出られないほど衰弱してるらしい。
階段を降りていくと、鼻を摘む臭さだった。オレが知ってる臭いに例えると、家畜小屋か? 糞尿や饐えた臭いが充満して、鼻で呼吸することは諦めた。
『主、結界ってこういうとき使うんじゃない?』
なくなくない? と奇妙な言い回しを覚えて使うブラウに言われ、慌てて結界を張った。そうだった、臭いを遮断すれば良かったんだ。後ろについてくるノアも一緒に包み、思わず深呼吸した。
ここは人間が住む環境じゃないけど、それ以前にネズミも遠慮したい場所だと思う。不潔とか通り越して、雑菌と悪臭の温床になっていた。
「この状況でケガ人を放置か。最低だな」
ぼやきながら、ノアの案内に従って奥の牢を覗いた。
「ケモ、耳……いたぁああああっ!!」
思わず大声を出してしまって、横たわった人がずるずると逃げだす。手足が足りなかったり、包帯もどきの汚れた布を巻いた人達を脅かしてしまった。反省しながら気持ちを落ち着ける。
一番奥にいる女性、頭の上にケモ耳ついてませんか? どきどきしながら近づくと、耳がぴくりと動いた。間違いない、カチューシャの類じゃない!!
「怖がらないで、傷を治すよ」
猫撫で声で近づくが、耳だけじゃ犬か狐か猫か区別がつかない。全部三角だもんな。区別がつくのは兎耳くらいだ。ひとまず動くなら、本物だ。
興奮を抑えながら、そっと手を触れる。治れ、治れ。イメージを高めて魔法を使った。触れている相手しか治らないのは、オレが読んだ漫画の影響だと思う。手を触れないと治らない設定だったんだ。その漫画が一番綺麗に傷が治るイメージだから、ちょっとお借りして。
ヒール! と叫ぶのは恥ずかしいので省略。ぶわっと何かが失われる気がした。前から思ってたけど、治癒だけ魔力使った感じがするのは何だろう。他の魔法の時は相当連発しないと気にならないのに。
唸りながら隣の人も治し、その隣で倒れる男性も治癒をかける。移動しつつ全員回ったところで、ようやく最初のケモ耳女性が身を起こした。
「なお、った」
「うん。よかった――えええ?!」
治ったけど、傷は治ったけど……頭の上のケモミミも消えた。なぜだ? あれは病気の一種だった、とか。え? 意味がわかんない。
「頭の上の、あれ、は?」
「治りました。ありがとう、ございます。ご主人様」
「ご主人様ではないけど、ひとまず上に行こうか」
促して先に立って歩きながら、頭の中でぐるぐると考える。あの汚い牢に放り出された彼女の耳は、確かにケモ耳で頭上にあった。動いていたから本物だ。なのに治癒したら消えた。本人も治ったと……あれれ? もしかして治癒したら耳を消したって展開じゃん?
なんてこった。天然のケモ耳だったかもしれないのに、幻で終わってしまった。
ショックを受けながら地上に戻る。救助できた奴隷は21人。他の屋敷にもいるらしいから、そっちは騎士や兵士の力を使おう。全部オレがやるのは無理だ。この国のことはこの国の人に解決してもらうのが基本と思うからね。
とりあえず、ケモ耳が幻となった心の痛手を癒したいので、しばらく1人にして欲しい。項垂れてそう告げたオレに、ジャック達は複雑そうな顔をしながらも……時間をくれた。優しさが沁みる。臭いを遮断していた結界を消したら、刺激臭で涙が滲んだ。
踏んだり蹴ったりだよ、ったく。




