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239.異世界ロマンよ、粉々に

「じゃ、じゃあ……獣人のケモミミメイドは存在しない!?」


 ショックを顔に出して項垂れるオレに、ひょこっと飛び出した青猫が頬擦りした。足に絡みついて懐きながら、残念そうに相槌を打つ。


『わかるぅ。そのガッカリ感。僕は逆で、むこうの世界を覗いて猫耳メイドにときめいたけど、逆だったらショックでハゲ散らかる感じぃ。主、可哀想』


「わかってくれるか! ブラウ」


 しゃがみこんで抱き締めた青猫はいつになく、温かく優しかった――完。


 じゃなくて!!


『主殿、ケモミミとやらは我らが持っているぞ。足りぬか?』


 必死にアピールしてくるヒジリも、事情は理解できていない。しかし慰めようと必死に頭を擦り付けて来るところは、本当に主君思いだった。


「ありがと、ヒジリ。ケモミミ付きのメイドさんは、男のロマンなんだよ……」


 異世界に転生したからには、男として探し求めずにはいられない。重要なアイテムのひとつだ。もちろん魔法も重要だが、思ったほど発達してなかった。ケモミミメイドもダメとなれば、オレの異世界生活は一気に……いや? 待てよ?


 この世界にそういう概念がないなら、広めればいいじゃないか! 獣人にケモミミや尻尾をつけてもらって、可愛いと認識されれば獣人の地位が向上するかも。


 すごい速さで捲し立てて、上記のような内容をプレゼンしてみた。人生でこれほど熱いプレゼンをした経験はない。じっと黙って聞いていたジャック達傭兵は微妙な顔をした。


「ああ、うん、まあ……その、頑張れ?」


 これはヲタクを前にしたパンピーの対応だ。くそっ、異世界でもハブられんのかよ。がくりと肩を落としたオレに、声をかけたのは意外な人物だった。


「素晴らしいアイディアじゃ! 獣人の地位向上に役立ちそうだ。さすがキヨヒト様、あとでじっくり聞かせてくだされ」


 アーサー爺さん、あんたいい人だな。うるっときたオレが持ち直しつつ頷くと、考え込んでいた獣人の青年が話しかけてきた。


「よくわからないが、獣と人間を混ぜるのか」


「そう! 耳や手、尻尾とか……獣として特徴がある部分だけ外へ出す変身だ。オレが知る異世界の獣人はそういう形だった」


 説明しながらガリガリと地面に絵を描く。意外だろうが描けるんだ。センスはないけど、見たことがあるものを描くくらいなら何とか……。


『主、上手だね。エイリアン』


「ちげぇよ!」


 ブラウを蹴飛ばす。上手に描けたと思ったんだが、立ち上がって上から見ると……幼稚園児が描く丸い頭に三角が刺さったてるてる坊主だった。さらにおにぎりと長い紐がついている。一応人型と判別できるのは、手足が描いてあるからか。


『言いたいことはわかる気がするわ』


 すかさずコウコがフォローに入った。ベルナルドはじっくり見た後、横に描き直し始める。無骨な元騎士様よりオレの方が断然上手いはず! 漫画のある国のヲタクぞ!! そう思ったオレの足元に、見事なイラストが描かれた。


 漫画チックではないが、すごく上手い。オレの説明から描いたらしい。メイドさんに猫耳と丸い尻尾――可愛いが、その尻尾はたぶん兎か熊だぞ?


「こんな感じですかな? 我が君」


「ああ、うん。そんな感じ」


 悔しいを通り越して、なんだか目の奥が熱いんだけど。こっちの世界で漫画を流行らせて出版社作ったら、巨万の富を築けそうだな。絶対にやらないけど。こういうのは購入者として楽しむのがオレのスタンスだ。誰かに漫画作らせよう……孤児で絵のうまい子いそうだし。


 絵本があるんだから、漫画を広めてもいいはずだ。この世界はオレの自由なキャンパスだぁ!! いや、ごめん。調子に乗りました。


「これなら話が分かる」


「ベルナルド殿は絵がうまい」


 戻ってきたシフェルが感心したように呟いた。覗き込んだ獣人の青年も少し考え、首をかしげながら変身した。日本の昔のお話アニメで狸が変化するとき、ぽんと煙がでるだろ。あれがエフェクトとして付属してた。


 懐かしさに手を叩いて喜ぶと、灰色の狼だった。鬣や耳の辺りが少し黒い。ゆらりと尻尾を振る狼が何やら唸りだした。あれこれ試行錯誤しているようで、手だけ人間になったり、下半身が人間になったり苦戦中。なかなか耳と尻尾を残すのは調整できなかった。


「おちんちんでかい」


 思わず呟いたオレに視線が集中する。だって、この奴隷だった獣人さんの下半身だけ人間になったんだけど、明らかに立派じゃん。まだ子供だけど、オレがあの大きさになれる自信はない。じっと凝視するオレの目元を、そっとベルナルドが隠した。


「我が君、見ぬふりをするのが礼儀ですぞ」


「異世界人は礼儀知らずで結構ですぅ」


 ブラウを真似て語尾を伸ばし、拗ねた口調でベルナルドに寄り掛かった。くそっ、オレも大きくなるのか? そりゃ大きければいいってモノでもないが、小さいより大きい方が……リアムの負担もあるか。初めての時は小さいと楽? ああもう、分かんない。


「ご覧くだされ! 成功しましたぞ!!」


 ベルナルドが大喜びで叫ぶが、オレの目元を手で覆ってるのはお前だからな? ぐいっと押しのけて指の間から見た獣人は、試行錯誤の末に会得したケモミミ&尻尾の完成体だった。


「すげぇ! よくやった。偉い! ご飯山ほどあげる」


 褒められて顔を緩めた青年は、ぽんとエフェクト付きで獣に戻った。


「ん?」


『主殿、あれは魔法に近い。無意識に体内の魔力を操って姿を作ったのであろう』


「つまり?」


『長続きしないってことよ、主人』


 コウコが止めを刺した。オレのケモミミ天国は、異世界になかったのか。がくりと膝をついたオレの顔をヒジリが舐め回した。それでも溢れる涙を、さらにブラウが舐めた。


「くそっ、お前ら生臭いんだよ!!」


 突き飛ばしたら、ヒジリもブラウもきょとんとしていた。


『意外と元気ではないか』


『ほんと、失礼しちゃうんだから』


 ヒジリとブラウに文句を言われながら、唾液で汚れた顔を拭く。うがい用だと言ってノアがお茶を差し出した。笑いすぎて手が震えてるのは、見ないフリしてやる。皆してオレの夢を笑いやがって。


『ご主人様、僕できます』


 マロンの呼びかけに振り返ると、ケモミミ少女がいた。コウコが龍の短い前足で必死に化粧を施している。マロンの耳に小さな獣耳が乗り、後ろに立派な尻尾があった。スノーが服の前ボタンを必死に留めている。


 猫科の聖獣はオレを慰めにきたが、他の聖獣は揃ってケモミミ少女再現に取り組んでくれていた。感動の涙が浮かぶが、思ってたのと違う。


 ロバに似た耳は、おそらく馬か。マロンが金馬だからだろう。耳とセットなのか、隠せない角が額に生えている。あと……尻尾は間違いなく馬だ。近づいて手招きすると、素直に近づいたマロンが躓いた。スカート姿の美少年を受け止めたら、背中に隠しきれない鬣が風に靡いている。


 うん……2本脚で立ってる馬だった。


『僕、ちゃんと出来てますか?』


 不安そうなマロンの後ろで、スノーが奴隷と作った旗を振って応援している。ダンスがキレッキレで羨ましいな。化粧を担当したコウコは満足そうだが、その化粧品は土産から出してきただろ。


 マロンもあれこれ出ちゃってるし……叱ってもいいんだけど、でも。


 気持ちが嬉しかった。粉々になったケモミミ浪漫がどうでも良くなるくらい、オレはこいつらの気持ちが嬉しい。だったら選べる言葉はこれしかない。


「すっげぇ! 完璧なケモミミだ。可愛いぞ、マロン。皆もありがと」


 コウコとスノーはもちろん、慰めようとしたヒジリとブラウも含んでおく。その意図はきちんと伝わったらしく、照れた青猫を黒豹が影に蹴飛ばした。照れ隠しが過激なヒジリに吹き出し、抱っこしたマロンへ「もういいよ」と撫でてやる。


 粉々になった異世界の夢だけど、こいつらがいればいいや。そう思えた。

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