233.任せたオレが悪かった
ジャックのおかげで、化粧品は王室御用達のお店の製造所で直接買い付けた。お土産だと前置いたくせに、大量に箱買いする。よく考えたら、周囲が女性ばかりだった。傭兵連中は酒と飯で満足するだろうが、他のご令嬢やご婦人はそうもいかない。
当然リアムにはオレが選んだのを受け取ってもらう。残りをシフェルの妻クリスティーン、宰相ウルスラ、メッツァラ公爵家ご令嬢ヴィヴィアン嬢にプレゼントだ。さらにリアムの侍女さんにもいくつか用意した。
いわゆる賄賂だ。袖の下とも言う。この言葉は両方ともベルナルドに通じなかったので、この世界で翻訳に該当する単語はないようだ。意外とクリーンな政治なのか? 東の王族も南の王族も最低だったから、あまり期待出来ないが。
大量の調味料や食材もゲットしたので、今後のお食事は和風から中華風、洋風まで知ってる限りの味を作って楽しもうと思う。
まずは東の王族のざまぁからスタートだ。
宿代わりの宰相家に戻り、『おぼっちゃま』が声高々にオレ達が中央の皇族や貴族で、大切に応対するよう命じた。同時にジャックは家督相続権を正式に放棄、義妹のセシリアが継ぐことになるらしい。男女平等いいね。
中央の国も宰相が女性だったりするし、女性騎士クリスティーンもいた。実力次第なのかも。男女で向いてる作業や仕事はあると思うが、どっちでも務まる仕事は今後も実力で決めていくといいよね。
再び玄関に敷物を用意し、お茶を飲み始める。なんだかこの広いホールが気に入ったらしい。聖獣達が……そう、オレじゃなくて聖獣ね。特にマロンは大きな馬サイズでも狭く感じないと大喜びだった。
「うん、マロンが幸せならいいよ」
許可を出したオレが言うのもなんですが、賓客としてもてなす相手が、玄関でお茶飲み始めた時の執事や侍女の顔ったら……うぷぷ。
「奴隷だった子達は部屋を一緒にしてあげて。たぶん不安だと思うし。食事はオレがあげるから」
部屋に近づかないでそっとしてあげて欲しい。命令というよりお願いだが、すぐにセシリア嬢が手配してくれた。結婚してるから「嬢」はまずいか。夫人?
「一緒がいい」
「ここにいる」
「もの持つ、出来る」
この子達がカタコトなのは、教育どころか愛情をもらえる年齢まで親の手元にいなかった証拠だ。幼い頃に奪われたか拐われたか。ずっと働くことしか知らないらしい。
用意した机にお菓子を山盛りして、お茶も取っ手のないカップに淹れる。こうしたら作法も関係ないだろ? それで飲む真似をして見せると、嬉しそうに頷いた。
椅子が落ち着かないのは、床で食事をさせられた所為。だからちゃぶ台サイズにテーブルの脚をカットして、床に座るお茶会にした。もちろんベルナルドやジャックも付き合う羽目になる。
驚いた顔をしたものの、セシリア夫人も一緒に座った。マロンは器用に前脚を畳むが体は大きいままだ。玄関先で床の絨毯に座る不審者集団――アーサー爺さんは大声で笑って、胡座をかいた。地位があったわりに馴染むのが早い。
「キヨ様、足が……ぐぁ」
最初に痺れたのはベルナルドだった。そうだと思った。ジャックは傭兵時代の生活で床も慣れちゃったし、爺さんは平然と馴染んでる。ふんわりしたスカートの下で何度も足を崩したり向きを変えたセシリアもセーフ。
オレ? 日本人だからね、平然と正座を……くぅ、痺れてなんかないんだぞ。ブラウ、その爪で突いたら殺す。本気で皮剥ぐぞ。視線で脅したら、にやにやしながら下がった。気をつけないとやられるな。
「小公子殿は何をお待ちか」
おうふ、アーサー爺さんの中でオレの呼び名が「小公子」になった。それって王子にも使えそうじゃん。
「うーん、情報」
レイルが戻るのはまだ先だ。だけど、そろそろ……別口が来るはず。
「中央の国、メッツァラ公爵家御当主がお見えになられました」
「ほらね」
シフェルが追いついてくる頃だと思った。ジャックの父で現宰相の相手をしてきたシフェルは、にっこり笑うが……笑みが黒い。
「何か、あった?」
「ええ、それはもう。親族に美しい妙齢のお嬢様がいるそうで、側室にと勧められました。私には最愛の妻がいるのでと断ったところ、今度はキヨに紹介したいと言われましたので、皇帝陛下のお気に入りなので無理と一刀両断にしたのです。そうしたところ、北の王族であるレイル殿でもいい、無理ならベルナルド殿はどうか、と。孫ほど年齢が離れているのに、どれだけ強欲なんでしょうね」
にこにこしながら、不要な情報を息も切らずに吐き捨てたシフェル。ここへ向かう道中、警護した騎士には特別手当と休暇を与えてくれるよう、リアムに頼もう。じゃないと鬱になること請け合いだ。
「あ、うん。ご苦労様」
「東の王族について尋ねたら愚痴が大量に吐き出されまして、そこから波及してジャック殿の悪口も大量にお聞きしましたよ。耳に休暇を与えたくなるくらいには」
その最後の言い回しはオレの世界でいう「耳タコ」現象か。シフェルのストレスが、目の前でプシューと湯気を噴いている。遮ると火傷するやつだ。
「大変だったね、シフェルだから任せられたんだよ」
にっこり笑って受け流そうとしたオレは、思い出して収納から大量の化粧品を取り出す。先にリアムに渡す予定だったが、この際順番を変更させてもらおう。
オレンジのアイシャドウはリアム用じゃないし。クリスティーンに似合うと思って選んだ色の化粧品を並べ、お値段が高い方から2番目の基礎化粧品も用意した。基礎化粧品の意味がわからず、レクチャーしてもらったオレは手短に商品説明をして、シフェルの前に差し出す。
「……もう少し増やせませんか」
苦労に見合わない。文句を言うシフェルへ、追加の道具をいくつか渡した。化粧筆というらしい。ずっと綺麗に化粧された筆の名称だと思ってたが、お化粧の時に使う筆なんだな。口紅や目元の色を塗るのに使うんだと。
女性がデートで奢ってくれと言うのも理解した。美容室や化粧品、服に靴、バッグとあれこれお金をかけて見栄えよくしてくれてるのに、床屋で紙幣1枚でカットしたオレが横に並んだら怒る。飯代くらい負担しろと言いたくなるだろ。今なら理解できるぞ。
女性は褒めて美しくして、釣った魚にも餌を与えて長生きしてもらうのが、恋人や夫の勤めだ。
「これは柔らかくて、肌に優しいと聞いた。あとはこっちもいいな。触るとすべすべする紙だ。口紅を少し押さえるんだって」
製造所の方の受け売りをそのまま伝え、こちらも上納させていただく。もうね、カツアゲされるガキの気分ですわ。早く終わってくれ。
「確かに品質もいい。これで手を打ちましょう」
シフェルはアーサー爺さんに一礼して、ベルナルドのいた場所に座った。真似して胡座をかくあたり、抜け目ないな。ベルナルドは痺れた足で後ろに転がって、そのまま悶えてるため放置された。
「そんで、何かわかった?」
「ええ。王族のやらかした事件は多岐に渡りすぎて把握できていないようです。こうなったら被害者に名乗り出てもらった方が早いですね」
「やっぱそうなったか」
うーんと唸る。聞いた範囲でもひどいが、さらに加速してたはずなんだよ。ジャックがいなくなった後に、誰も止める人がいない王族は増長しまくった。貴族の一部が南の国に逃げてたのも驚きだし……南の味噌屋、昔は東の国で味噌作ってたらしい。道理で和風食材があちこちに飛び火してるわけだ。
技術者が逃げたんだから、東の国から技術はダダ漏れ。逃げた先の南の国もひどいので、近々逃げ出す算段をしていたというから……もうね。聖獣に認められし一族の云々はやめたらいいと思…………うん?
「聖獣が認めないと国が消えるって、本当に世界の法則なのか?」




