232.梅干しは毒じゃない
ジャックは地元民のくせに苦労しながら追いつき、飄々としたベルナルドは簡単そうについてきた。レイルに至っては魔法でズルして移動。性格がよく出てるよ、ほんと。
街の門をくぐり、ジャックの家に向かって歩く。馬を走らせるほど緊急事態じゃないし、誰かにぶつかると危険なので、歩いて移動となった。奴隷の子達は、何も言わなくてもついてくる。
「この子達のいた家って分かるかな?」
まだ奴隷がいると思う。救出は騎士や衛士に任せるとして、家の特定が必要だった。
「お祖父様に聞くのが早い」
ジャックの口から貴族っぽい言葉が出ると、執事の「おぼっちゃま」という呼び方を思い出して、腹捩れる。笑いを堪えるオレに、ジャックがむすっとした乱暴な口調で続けた。
「持ち帰って組み立てるぞ」
「そんな、某機動戦士のプラモデルみたいなこと言わないで」
グロ映像にご注意ください! のテロップ流れるとこだから。あの連中のあれやこれや、パーツを組み立てるのはご遠慮させていただきたい。
「ヒジリ、簡単に組み立てる方法ある?」
『……ふむ、一番早いのは主殿の口付けであろうな』
「却下」
一言で案を潰す。なんでグロ相手にキスとか、オレの罰ゲームになってんだよ。いくら早くてもそんな案は却下だ。たぶん、唾液での治療が一番効果が早いという意味だと思うけどな。
『僕はぁ、ゾンビも嫌いじゃない』
ちらっと青猫ブラウが『やっちゃえよ』と嗾ける。オレの蹴りが猫に炸裂した。が直前で後ろに自ら飛ぶとは?! ダメージを減らす小技が効いて、いやいや――バトル小説じゃねえんだからよ。素直に蹴られてくれ。
「オレは怖いの嫌いだよ」
けっと吐き捨てたところで、ベルナルドが髭を撫でているのに気づいた。何してるんだ?
「ベルナルド、どうした?」
「いえ、髭が少し凍ったのか……ゴワゴワしまして。大したことございません」
笑って誤魔化してるが、つまみ食いのせいか。寒い場所で食べた汁物は急いでいたので髭に垂れた。でもって雪原を抜けてくる間に凍った。
「つまみ食いの罰だ、我慢しろ」
知ってたんだぞと示すつもりの言葉に、ベルナルドが予想外の反応をした。
「我が君の魔法でしたか!」
「……それは違う」
ただの自然現象だ。でもってオレの推理は、見た目は子供で頭脳は大人の名探偵より冴えてない。
「ちょっと外すぜ」
「うん? いいけど。ついでに奴隷使ってる家の情報売ってよ」
「報告書の形でリストアップするから、半日くれ」
ひらりと手を振ってレイルが離脱した。そういや、あいつに頼まれた探し人も見つけないとマズイ。約束だし。
考え事をしながらも、門からジャックの実家までの道すがら、土産物を物色した。買ったものはベルナルドにもたせる。口紅、頬紅、白粉、これは何だ?
奇妙な形のハサミに似た道具も購入し、続いて隣の商店で食料品を漁る。調味料系は外せない。梅干しに似た食材を見つけ、大喜びで甕ごと購入を決めた。驚きに目を瞠る店主の前で、収納へ放り込んで金貨で支払う。
次の入荷も同量の購入するからと予約も入れさせてもらった。味見した梅がカツオ梅だったのは愛嬌、とにかく美味しい。後ろで味見したベルナルドが悶えていたのも面白かった。
「我が君、毒ではありませんか?」
「失礼だな、これは梅干しだぞ。消化にいい薬みたいな食べ物だ」
店主が大きく頷いた後、オレの手を取って感激と感謝を繰り返す。そうだろう、理解されにくいよな。これは外国人に理解されない梅干しを、互いに「うまいじゃんか」と慰め合う日本人の図に近い。
カツオが入ってるから、味もまろやかだぞ? お婆ちゃんの梅なんか、素材の味を生かした塩オンリーだ。ちゃんと赤く色づいてて、カツオの間に紫蘇も……あれ? これって、東の国は鰹節があるって意味で、ファイナルアンサー?!
「て、店主。カツオ、削った鰹節ある?」
「それなら隣の店で扱ってる。余ったのを譲り受けて梅に入れたんだ」
「ありがとう!!」
ここでオレは当初の目的を忘れて、鰹節をゲットした。そりゃもう、鰹漁船かってくらい狩った、じゃなくて買った。山ほど積まれた鰹節を、専用の削り器ごと譲り受ける。そうそう、このカンナがついた箱で削るんだよ。
「カビが……生えてますぞ?」
思わず大声で注意しそうになり、慌てて店主達の目を気にして声を顰めたベルナルドだが、すでに遅く睨まれていた。
「何言ってんだ、これがいいんだ。仕組みは忘れたけど、このカビが旨みを増して……涎でそう」
「我が君はゲテモノ好きでしたか」
肩を落とすベルナルドに衝撃の事実を突きつける。
「何をいう。それなら中央で食ってるチーズも、カビだらけだぞ」
にやにやしながら告げると、ベルナルドは知っていたらしい。顔を上げて反論した。
「あれは、チーズを熟成させるのに必要なっ!」
「じゃあ同じじゃん」
熟成させてるわけよ、鰹節も。強調しながら説明すると、ベルナルドも納得した。まだ収納へ放り込む前の鰹節をひとつ手に取り、齧ろうとする。
「か、硬いですな」
「うーん、削って食べるものだから。チーズも削ってかけるのと同じだよ。そう考えると鰹節は日本のチーズか」
全然違う。生産者でもある店主が微妙な顔をするが、オレは納得して鰹節の山を収納へ入れた。なお、足元でひとつくすねた青猫を叱っている間に、ヒジリが持ち逃げしたのは……気づいたけど見逃してしまった。
普段いい子のヒジリが我慢できないんだ。よほど魅力の匂いと味なんだろう。うんと頷く間に、鰹節とは思えない音がした。
ガリ、ボリ……バリムシャァ。
真ん中から噛み砕いた、だと!? 砕けた破片を拾って口に入れ、ご満悦のスノーがコウコにも手渡ししている。その横でマロンも拾ってカラコロと舌の上で転がした。
鰹節は飴じゃないんだが……まあいいか。さりげなく仲間に混じったマロンも嬉しそうだし。ジト目の青猫は放置だ。しかし非難する視線の強さに負けて、落ちていた欠片を口の中に押し込んでやった。もちろん噛まれたのは言うまでもない。
「牙食い込んだぞ」
『僕だけ主に差別された、差別された』
「差別じゃなくて、区別だ」
きりっと言い直したら何か叫んでたが、落ちていた残りの鰹節も押し込んで黙らせた。今はひたすらガリガリ音をさせながら齧っている。
「チーズとはだいぶ違いますが」
「うーん、国民食って意味では同じだろ。カビはやして美味しくするのも同じだし、削って食べるのもそっくりじゃん」
そう言われるとそんな気がする。複雑そうに反論を我慢するベルナルドだが、別に納豆食わせたわけじゃないし。そこまで反応するなよ。気高い某国のお貴族様かっての……あ、貴族だったわ。
「醤油、味噌、酒、鰹節に梅か……今回の遠征は収穫が多かった」
ほくほく顔のオレの手をブラウが齧る。鰹節食べ終わったのか? しょうがないやつだな。にっこり笑って血塗れの手で、カツオ梅を一握りブラウの口に入れた。
『ぐおぉおおお! 口が、口がぁあああ』
「そのネタはもうやった」
お前の被害がひどいみたいに見えるが、傷だらけの手で梅を掴んだオレの自爆もひどい。塩漬けだったんですよね、梅って。今頃自覚したオレは、じんじんと痛む手を掴んで涙目だった。
手がぁああああ、ってオレがやりたかった。
『……塩辛いな』
文句を言いながらもヒジリが治癒してくれたので、彼にもう1本鰹節を献上した。店主達の名前をメモして、オレはまた購入する約束をして店を出る。途端に周囲の店主達に取り囲まれた。
「うちにもいいのがある」
「うまいぞ、味見してくれ」
「これはどうだ?」
「独特の臭みがクセになる」
売り文句と同時に様々な食材を差し出される。呆れ顔のベルナルドに「お早く」と促されたこともあり、片っぱしから味を見ていく。ちなみに納豆はなかったが、和菓子の甘納豆と羊羹をゲットした。ここは大豆じゃなく、小豆系。メモが分厚くなった。




