231.奴隷解放は異世界人の夢ですから
奴隷達に着替えを渡そうとしたが、サイズが合わない。寒そうなので何か他に……と探していると、レイルが収納から服を大量に取り出した。全部子供服なのが、ちょっと引く。
『ロリ疑惑ぅ』
ブラウが大きな尻尾を振りながら失礼な発言をする。その尻をぺちんと叩いたら、『あん、もっとぉ』と尻を持ち上げて振った。あれ? これ実家の猫がやってたやつか。叩くと尻上げ……ブラウって雌じゃないだろ。
「おまえ、雌みたいなことしてんじゃない。あとロス疑惑な」
ツッコミしたら変な顔された。ロス疑惑は知らないのか。有名な事件だから揶揄ったのかと思ったのに。中途半端なやつだ。
「これは、うちの組織のガキのお下がりだ」
幼児から少年少女まで大量の子供服の理由をさらりと口にして、慣れた手つきで服を渡していく。ぱっとみてサイズを判断するレイルは、靴も持っていた。
というかさ、働かせる道具としての扱いでも雪に素足はないだろう。
「どうやって来たんだ?」
「……あの、あれで」
奴隷の中で一番年長の子が、大木の裏側を指さす。木片っぽい何かが覗いていたので、魔法で引き寄せた。平たい簀かな? 加工された柱に横板が渡された畳1枚くらいの……。
「ソリ?」
どこかで見たことがあると思った。片方にロープがついてたので、ようやく思い至る。なるほど、これならあの我が侭ボディが雪に沈まずにたどり着けるわけだ。子供達は当然、素足で雪の中を行進させられたんだろう。
「ちょっとおいで。手を見せて」
恐る恐る手の甲を並べられた。横向きに細長い赤いミミズ腫れがたくさんあるのは、鞭の傷かも。映画で観た傷痕に似ていた。アカギレになった手や霜焼けの指先が痛々しい。
「痛いのを治すよ」
何かをする前に声をかけるのは、驚かさないためだ。そうじゃないと虐待された動物や子供は怯えるから。
子供ってね、手を出してと言われたら手のひらを出す。愛されて育った子は、何かもらえると思うよね。逆に叩かれる子は手のひらじゃなくて手の甲を出す。これは戦争映画で観たんだけど、手のひらは作業するから傷つけないんだってさ。あと皮膚が薄い手の甲はいつまでも痛いらしい。
ふわっと治癒をかけていくけど、直接肌に触らないようにした。まずは痛みを消す。それから温かい服を着終わった子から、声をかけた。
「パンをあげるから来て」
「餌?」
「うーん、ちょっと違うかな。ご飯」
きょとんとしているから、普段は餌をやるぞと言われたんだろう。言葉を教えるのは孤児院に頼むとして、収納から出したパンを風の魔法ですぱっと切る。それからチーズとハムを挟んで手渡した。
「これを食べて」
目を輝かせる子供達に渡すときは、手を握ってしっかり持たせた。悴んでるから落とすかもしれないし、ついでに手の傷痕を消したかったんだ。痛みを消したり機能を回復する程度なら触れなくていいけど、古傷の痕は触れた方が綺麗に早く消せる。
コッペパンもどきを受け取る子供達は、涎を垂らしているのに食べない。勝手に食べると叱られる環境にいたのは間違いなかった。あのクソガキと取り巻きのおっさん連中は、ざまぁしてやんぜ。レイルかシフェルに案を借りよう。オレはざまぁのレパートリーが少ないから。
「食べていいよ。喉に詰まらせないようにね。あとお代わり……えっと、もう1個ずつあげるから焦らないで」
食べていい、まで聞いた途端に全員が齧り付いた。すごい勢いで喉に押し込もうとするので、窒息するんじゃないかと心配になる。
「レイル、もしかしてだけど……他にも奴隷いそうじゃない?」
誰かに取られる心配をするってことは、この子供達よりガタイのいい大人の奴隷もいたんじゃないか? でもって少ない食事を掠め取られた。だから食べられる時に、必死で喉に詰め込む癖がついた……こういう展開、どっかで読んだわ。
胸糞って呼ばれる、嫌な後味の展開。子供達の汚れた手足に気づいて、肩をすくめる。
ジャックに鍋を渡すと、ヒジリが雪の下の地面を起こしてかまどを作った。理解したらしい。ジャックが鍋を置いて、薪もないのにコウコが火を燃やす。上でスノーが両手を広げて雪から水を作って入れた。
沸いたお湯に乾燥野菜とハーブを入れ、干し肉も出汁がわりに放り込む。こんな場所でクッキングもないが、ひとまず温かい物を食べさせてやりたかった。
器を用意したオレの向かいで、レイルが収納から何かを取り出す。保存食だろうか。乾飯みたいな硬い塊をナイフで削りながら混ぜる。徐々にリゾットの米に似た食材が広がった。あれが米なら、是非譲ってもらいたいものだ。
結界を張って暖かさを保ちながら、奴隷の子を手招きした。近づいた子から温かい汁物を渡す。イメージとしては豚汁おじやか? 具は異世界フリーズドライだったけど。
受け取る子供に触れた時、全員にクリーンをかけていく。浄化の応用だが手足が綺麗になって、風呂に入った後のようにさっぱりする。オレは主に歯磨きや朝の洗顔代わりに利用していた。
「食べたら移動する」
子供達は不思議そうに手を眺めたり、自分の臭いを嗅いだあと……大きく頷く。ぱちんと指を鳴らして彼らの足枷を壊した。
「これでよし。奴隷を開放するのは異世界人のマナーで夢だからな」
街につくまで繋いでおけば行方不明にならないが、気分的に嫌だ。ラノベでも購入した奴隷に優しくしてやってハーレム築いたり、拾った奴隷の首輪を壊してた。そもそも奴隷がいない世界から来た異世界人としては、開放がデフォだろ。
「いいのか? お前に所有権あるぞ」
「そんな権利は放棄する」
奴隷いらないから。ハーレム築く気もなければ、連れ歩いて仲間にする予定もない。孤児院で普通に孤児として生きて行ってくれ。そんなオレの斜め後ろで、ベルナルドが唸った。
「ですが、キヨ様。元奴隷が一人では生きていけますまい。保護するなら孤児院につくまで所有権を一時保持し、食事や宿の面倒を見てやる必要がありますぞ」
「ああ、なるほど……うん」
納得しながら振り返り、余った汁物をちゃっかりおたまで食べたベルナルドに顔がひきつる。髭についてるぞ、スープの具が……。バレてないと思ってるのか、きりっとしてるけど、食ったよな?
指摘しようとしたオレに、笑いをこらえるレイルが首を横に振った。腹筋の限界にチャレンジ中みたいだが、いっそ声に出して笑え。喉が引き攣って窒息しそうで危険だ。
「中央に帰るまで、オレの奴隷にしといて」
余計なことは言わない、見ない、聞こえない。貝のように口を噤んで、子供達にソリを指さした。
「あれに乗っていこう」
「「「はい、ご主人様」」」
聖獣の誰かさんと被ってるが、まあいい。呼び方はどうでもいいが、なぜ君達がトナカイ役なんだ? ソリの紐はマロンが引いてくれるんだが。
言葉が通じてるのに通訳って必要なんだな。空を仰いでしまったが、食器の片付けやら鍋の回収をするレイルは忙しそうだし、聖獣が話しかけたら怖いだろうし、ベルナルドは当てにならん。ここはジャックお兄ちゃんの出番だ!
「ジャック、説明してあげて」
「おうよ。お前らはこの上に乗るんだ。ちゃんと魔法で運んでやるよ」
「え?」
「ええ? 違うのか」
微妙な食い違いがあるが、方向性は合ってる。どうしたものか考えたが、どうせ余ってる魔力なので使うことにした。
「いいよ。それで」
こうしてマロンのトナカイ化計画は方向転換し、オレがトナカイになることで一件落着。ヒジリが慣れた様子でかまどを土に戻した。準備は出来た。
「王族もオマケも回収したから帰るぞ」
「「おう」」
「はい」
元気一杯の声が返り、マロンに乗ったオレは魔力垂れ流しで子供達と一足早く街に帰還した。