230.黄泉がえり、って言わない?(2)
「あれは……」
「獣じゃない!!」
目を凝らして呟く間に、ジャックが銃を抜いて馬の腹を蹴った。全速力で走る馬だが、やはり新雪の上は走りにくい。ずぽっと脚がハマって転がり、一回転したジャックも腰まで埋まった。
うん……途中までいい感じだった。映画の佳境って感じで、お姫様を助けに行く騎士みたいな意気込みもあったけど。馬は前脚沈んで転び、馬上の人は腰まで埋まったわけだ。
諸行無常って、こういう場面で使える?
「ジャック、先に行くぞ」
「え? こら、キヨ助けろ」
叫ぶジャックを置き去りに、マロンは器用に雪の上すれすれを走る。そう、聖獣って空を飛べるわけ。でもってマロンももちろん走れる。埋まる寸前の雪の上を軽やかに走った。
後ろの連中は置き去りだが仕方ないと思ったら、根性でベルナルドが追い縋る。ちょっ、すごい操馬技術だぞ? 馬が飛び跳ねながら硬い地面を見つけて追いついてきた。
苦笑いしたレイルは煙草に火をつけて一服しながら、ひらひら手を振って待機を宣言。こういう展開は、本当に性格が出るよな。
『主殿、人間だぞ』
『死体泥棒だぁ』
『凍らせてもいいでしょうか』
先に到達したヒジリが唸り、茶化したブラウがマロンの上に飛び乗る。自分で雪の上を走りたくないのだろうが、お前も聖獣だから空中を走ればいいんじゃないか? ブラウ。
スノーは殺る気満々の発言を控えるように。見た目は小動物系の愛らしさなのに、どうしてすぐに攻撃したがるんだ? 前の主君がよほど好戦的だったのかも。
「ひとまずステイ」
動くなと命じる。ステイの時は攻撃されたら反撃OKと説明しておいた。つまり一時停止状態だ。相手がバカでなきゃ、オレが行くまで現状維持だが……こんな場所にいる奴が賢いわけなかった。
「くそっ、見つかったぞ!」
「ガキだけか。殺せ」
「早く掘り出せ、急げ」
奴隷なのかな? 薄着の少年とも青年ともつかない年齢の連中が、鎖付きでスコップ持たされていた。必死に掘り起こす彼らの近くで、偉そうなデブが雪にハマっている。ジャックより派手なハマり方は、間違いなく体重のせいだろう。
それから3人の取り巻きらしき男がいる。年齢はまちまちで上は60歳代くらい、下は偉そうな豚さん体型と同じ20代後半か。奴隷っぽい5人ほどが一番若い。
「どう思う?」
『死刑』
「そうじゃなくて、あの子達は奴隷なの?」
物騒なスノーの断言を止めながら、首を傾げた。追いついたベルナルドが、息を整えながら答える。
「奴隷は禁止されましたが、裏では売買が行われているでしょうな。父の代までは普通に奴隷が認められた歴史があります」
なるほど、ベルナルドの父親の代までなら、あの雪に埋もれた太ましい体型のおっさんの祖父は、奴隷を使ってた。そう仮定できる。禁止されても使うんだから、直接奴隷を知ってる世代かなと思ったよ。
「ありがと。よくわかった」
あの我が侭ボディと取り巻きは抹殺してよし。薄着で働かされてる奴は全員保護だ。
「足枷のついた奴隷は保護、あとは要らない」
無慈悲な宣告に、ブラウが普通猫から巨猫サイズに膨らんだ。ぺろりと前脚の爪を舐めて、にたりと笑う。化け猫感すごい。
ヒジリも一回り膨らんで鋭い牙を見せながら唸った。白い雪とのコントラストが綺麗な黒豹は、回り込む様に連中の向こうへ歩いていく。雪の少し上を歩くため、足跡が残らないのがファンタジー感あふれる演出だ。
『主様、僕も』
「スノー、ドラゴンサイズにならないと埋もれて踏まれるぞ」
白いからな。雪と同じ色だと指摘され、スノーは焦ってマロンにしがみついた。
「咬み殺すなよ」
注意だけはしておく。気をつけないとヒジリやブラウはやり過ぎる。一息で殺すなんて勿体ない。悪い奴はそれなりの死に方してもらわないと、周りがまた納得しないぞ。
ヒジリは奴隷の保護に走り、青猫は巨大な爪で死体泥棒と奴隷の間を切り離した。飛びかかられて逃げた男達は全部で4人。転げるようにして雪の上を逃走開始だ。
『僕だって役に立ちます』
マロンが気合を入れて追いかけようとするが、手綱を引いて止めた。
「マロン、こう言う時は先輩に譲るのが礼儀だ」
見てみろと顎で示した先、ゆったりと巨体をくねらすコウコがぐあっと口を開いた。直後、逃げた連中を炎の洗礼が襲う。背中も尻も焦げて丸出しになった連中にぬるい眼差しを向けていると、スノーが『えいっ』と止めを刺した。
足元が完全に凍りつき、抜けなくなったのだ。肥満体型の主犯格の男が、半分ほど持ち上げた足が凍りついて悲鳴をあげ転がった。あの体型ではバランスが取れないだろうけど、スノーのタイミングが酷かった。
えげつない。死体泥棒にかける情けはないけどね。さらにヒジリが爪で襲い、ブラウが首を落とした。あーあ、殺っちゃったよ。
「あん? あれは……公爵家のバカと、取り巻きの子爵やら伯爵のガキじゃねえか」
眉を顰めたジャックの呟きで、死体泥棒の正体が判明した。東の国の貴族が王族の死体を盗む理由がよくわからんが、蘇生できる自信があったのか?
にやりと笑ってオレは提案した。
「この連中も、王族と一緒に蘇らせてさくっとやる? 黄泉がえりの数が多くても少なくても、労力は大差ないから」
噛み殺さないよう注意したら、首を落とされた場合、オレは怒った方がいいのか? だがそれも理不尽か。
「まあ恨まれてるだろうから、誰かが欲しがりそうだが」
複雑そうに呟いたジャックが、雪を掻き分けて近づいてきた。
「お前って残酷だよな」
「そうかな、オレの知ってる法律だとコイツら死刑だもん。だから殺しても心が痛まないし、意外と冷めてるのかも」
「かと思えば孤児を保護なさる。キヨ様は優しいお方です。さすがは支配者の指輪が選んだお方」
阿吽の呼吸でベルナルドが褒める。なんだよ、まるで褒められるために、オレが自己批判したみたいじゃん。指から取れなくなった呪いの指輪、改め支配者の指輪はキラキラと今日も綺麗だった。
聖獣5匹、支配者の指輪、ドラゴン殺しの英雄……オレを縛る鎖が多すぎる気がする。
「ところで『黄泉がえり』ってなんだ?」
「蘇るはわかる?」
ジャックの疑問へ返すと頷く。あれれ、読みと意味が大体同じなのに、通じないのか。黄泉という単語がいけないのかも知れない。あれは仏教の考え方だから、宗教がないこの世界だと説明が難しいのだ。それで自動翻訳されないんだろう。
「蘇ると同じ意味の異世界語」
「……お前、説明が面倒になったんだろ」
ああ、指摘されてしまった。ジャックの無慈悲なツッコミに顔を両手で覆い、オレは大きく溜め息を吐いた。
「それより、どれを生かすの?」
「全部持ち帰ってからでいいんじゃないか?」
安全になってからのこのこ顔を出すレイルが口を挟み、言われて気付いた。そうか、今の状態なら死体だから収納で運べる。聖獣達に指示を出して運んでもらい、死体を麻袋に入れて放り込んだ。食べ物も入ってるから避けたい方法だが、まあ収納空間は特殊らしいから平気だろう。
「回収終わり、ひとまずジャックの家か?」
「いや、おれのところに来い」
アジトがある。レイルの言葉に裏がありそうで、オレはうーんと唸った。だがアーサー爺さんのところに運ぶより、レイルのアジトの方が牢とかありそう。蘇らせた後も腐るだろうし、貴族の館はまずいか。
「わかった」
「よろしいのですか、キヨ様」
「うん。オレはレイルを信じてるから」
騙されるんじゃないかと告げるベルナルドに、ウィンクして白い息を吐く。騙されても不都合はないんだ。切り抜けて逃げる実力はあるし、オレから未集金を回収したい情報屋が攻撃する意味はない。無事に中央に帰ってこそ、オレの価値があるんだから。
「早く行こうぜ、寒いから」
とりあえず今は温かい緑茶が飲みたかった。