230.黄泉がえり、って言わない?(1)
「……このお茶は、うまいですな」
香りもあるし味もすっきり飲みやすい。色が緑なので不審がったベルナルドも納得だ。茶葉と言って渡されたのが緑茶だったので、お湯の温度を下げてみた。確か熱湯玉露だっけ? あれでも80度くらいだったよな。
猫舌に優しい緑茶です。低い温度のお湯で淹れた緑茶をひとくち、レイルが驚いた顔でカップの中を覗いた。
「渋いお茶だと思ってたら、うまい。温度か」
なるほどと納得している。これは誰かにもらったのか? 飲み方を知らずに紅茶と同じ沸騰したお湯で飲んだらしい。そりゃ渋いわ。
「オレが前世界で飲んでたお茶と同じだよ。緑茶は低い温度で飲むと渋くないんだってさ」
祖母の受け売りをそのまま口にしたところで、お茶菓子を聖獣達に分け与える。ついでに緑茶も温度を冷ましてから彼らの器に注いだ。皇帝陛下に下賜していただいた高級絨毯の上で、緑茶を飲む獣の姿はちょっと……。
まあ、違和感で言えば机の上も凄い。洋風なガーデンセットを屋内に設置し、場所は玄関。カップも菓子も洋風なのに、中身は緑茶で……飲んでる人も白髭のお爺ちゃんと赤毛の兄ちゃんだし。オレだって淡い色の金髪だもん。
洋風でお茶だけ和風――のんびりお茶に口をつけ、啜らないように注意した。緑茶だから油断すると、ずずずっと飲みたくなる。でもマナー的にアウトだろう。西洋では音を立てるのはマナー違反だ。湯呑みがあれば許されるかも? よし、宮殿に帰ったら湯呑み作ろう。
夫婦茶碗ならぬ、夫婦湯呑みだ! リアムとお揃いにして、少しサイズを変えるのがポイント。待てよ、いっそ作った作品を緑茶付きで土産にしたらどうか!
「レイル、その緑茶どこで手に入れた?」
「ん、さっきの農村で売ってたぞ」
「マジか! 全然気づかなかった」
現宰相の屋敷を出てから農村や町をいくつか抜けたので、その中にあったらしい。帰りに同じ道を通って買い物したら、きっと見つかるだろう。あとは湯呑みがあれば完璧だ。
にやりと笑うオレに「何か企んでおいでか」とベルナルドが深読みする。意味ありげに笑いかけたが、誤解は放置した。頭の中はすでに夫婦湯呑みでいっぱいだ。
「人ん家の玄関で何しんてんだよ」
呆れたと滲んだ声に振り返れば、妹さんらしき女性を連れたジャックが立っていた。
「ジャックを待ってた」
「このお茶はうまいぞ」
オレの返事にレイルが重ねる。全員が立ち上がる様子もなく、そのまま玄関で寛いでいた。
「お部屋で休まれては……」
御令嬢、話を聞いた範囲では前宰相のアーサー爺さんにひ孫が出来たんだから、ご夫人だな。ジャックの妹に促され、顔を見合わせて立ち上がった。
パチン、指を鳴らしてお茶セットも残った菓子も……生き物以外を収納へ片付ける。魔法で浮遊させて突っ込むイメージだ。魔法使いっぽさ満点なので、試してみたかった。思ったより難しかったので、あまり多用したくないな。
忘れられたポットが落ちて割れそうになり、壺同様に受け止めたブラウが悲鳴をあげる。
『あちっ! 主、僕の美しい毛皮が、毛皮がぁあああ!!』
「それって目がぁああ! ってやつか」
テレビで再放送してるの何回も見たな、あのシーンと破滅の呪文は、たぶん日本人の半数以上が知ってるぞ。
「聖獣って火傷するの?」
大変と慌てるジャックの妹さん……えっと、セシリアさんだっけ? を無視してヒジリに尋ねる。起き上がって伸びをする黒豹はあっさり否定した。
『そのような愚か者は聖獣ではない』
「だそうです」
ブラウが舌打ちしながら身を起こした。小声で付き合いが悪いとぼやいている。いや、お前のノリについていける奴なんてこの世界にいないだろ。向こうの世界に染まりすぎだよ。
「誰もオレらを歓待してくれないからさ、勝手にお茶飲んで待ってた」
言外にこの家のせいだと文句を突きつけると、苦い顔をしたジャックが唸る。
「だが玄関じゃなくても」
「だって、ジャックが出てくるの玄関からだろ?」
他の場所で待ってて、すれ違ったらどうするんだよ。突きつけた事実に、ジャックが目を見開く。おまえ、気づいてなかったのか。もし庭や別室にいたら、オレ達が出かけたと勘違いして駆け出したんじゃないか?
「キヨ様の洞察力と先見の明に感服いたしました」
感動しているベルナルドに、そうだろ? と得意げに胸を張る。しかしレイルが手持ちの菓子を口に放り込みながら、指摘した。
「それほど高尚な話じゃねえ。さっさと行くぞ」
なぜか東の王族復活に乗り気だ。探し人が東の王族にいるとか言わないでくれよ。フラグじゃなくて、本当に洒落にならん。だってまた殺すんだから。
「こらっ、勝手に入り込んではいかん」
なにやら叱られながら駆け込んだ若者が、レイルを見るなり膝をついた。ずざざっと滑る音がしたぞ。
「ボス、孤児の収容終わりました。それからこちらが要望の調査結果です」
「ご苦労さん」
ぽんと頭を撫でて、レイルが受け取った書類を確認する。それからにやっと笑い、収納から取り出した袋を渡した。ひとつじゃなくて2つだ。
「これをガキらにくれてやれ、こっちは金だ。もう少し留守を頼む」
「はい、ありがとうございます」
にっこり笑うと、門じゃなくて壁を飛び越えて帰っていった。何あの運動神経の良さ。あと、あの子……レイルの部下みたいだけど、女の子だった。
「今の子……」
「ああ、シャーリは連絡専門だ」
情報収集してる組織の配達専門係か。集める連中と確認する奴も別にいるっぽい言い方だ。でかい組織みたいだけど、深く聞くのはやめておこう。
「女の子だよな?」
「お? よく気づいたな。さすがはあの人の婚約者だけのことはある」
ここでリアムの名を出すほど馬鹿じゃない。曖昧に濁した言葉に、互いの口元がにやりと笑みを浮かべた。
「馬を用意させろ、すぐに出る」
偉そうに命令する姿を見ると、やっぱりジャックは貴族だと実感する。若い執事かもと思った青年が戻ってきて、慌てて馬の手配をした。その間にオレはマロンに飛び乗る。宙返りできる運動神経を手に入れたオレに、馬に乗るくらい出来ないわけがない。
実際のところはマロンが屈んで手伝ってくれたんだが……。運ばれた馬に飛び乗り、レイルもベルナルドも準備完了だ。ジャックは妹セシリアと何か言葉を交わしてから、慌てて馬上の人となった。
「行ってくる」
先頭はレイル、続いてジャック、オレ、後ろを守るのはベルナルドだ。コウコはベルナルドの筋肉に巻きつき、スノーはマロンの鬣にしがみつく。ブラウは走るのが嫌だと影に飛び込み、ヒジリは勢いよくオレの隣を走った。
馬と人はともかく、オレとベルナルドだけだとサーカスみたいだ。奇妙な一団だが、街を出ると全力で走り出した。誰もいない道が途中から未舗装になる。その先は白い雪原だった。王族を捨てる馬車が通ったなら轍くらい残ってないかと思ったが、見事に真っ白で平ら。何もわからない。
「方角合ってる?」
「問題ない」
地元民のジャックが保証し、報告を受けて場所を把握したレイルも地形を確認して頷いた。ちなみにオレはようやく馬の乗り方を覚えつつあった。膝の少し上で強く馬の背を挟む。で、尻はつかない。これが正しい乗り方みたい。
少なくとも全力で駆けている今の状態で、前の元王族や宰相家の元跡取りがそうやって乗ってる。後ろをちらりと確認すると、騎士で前侯爵閣下も似たような感じだった。
ヒジリに乗るときもこうしたら酔わないのか。閃くように気づいたが……あの揺れ方じゃ無理か。馬と比じゃない脈動するような四次元の揺れだった。全身でしがみつかないと落ちる。
「あの辺りだ」
指差されたのは、雪原にポツンと立つ1本の大木だった。なるほど、あれが目印……ん? 根元で何か動いてる気がしないか?




