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229.なあ、おい、知ってるか?(2)

『主殿の魔力が乱れておった』


 目眩の原因はそれでいいとして、乱れた原因が不明だという。ヒジリは苛立った様子で尻尾をぺしぺしと床に叩きつけ、牙を見せて唸る。皺の寄った鼻先に手を伸ばし、よしよしと撫でた。


「噛まれそうだと思わないのか?」


 興味深いと尋ねるレイルを振り返り、オレは少し考えて答える。


「噛まれるのはいつもだけど」


「ああ、そうだった」


 苦笑いされて終わった。そう、魔力の補充だか信頼度のアップだか知らんけど、よく噛まれてるから今さらなのだ。牙が刺さる感触も、痛みも、その後の治癒の温かさも知ってるから気にしない。まあ、痛いのは嫌いだけどね。


「……キヨヒト様、我が抱き上げて移動しますぞ」


「ありがとう、だが断る」


『僕が乗せます』


 マロンの立候補に、にっこり笑って条件を付け加えた。


「外に出たら頼む」


 屋内で馬に乗るほど、異世界人は非常識じゃないぞ。うっかり頷いたら、屋内でも乗せようとする気がした。この忠誠心はある意味危険だ。


「煙草すいてぇ」


「お前も外に出たらな」


 レイルのぼやきに肩をすくめると、先に外で待ってると踵を返された。顎を乗せたヒジリを撫でて機嫌をとり、オレも立ち上がる。気持ち悪さは消えていて、不本意なベロチューだったが治癒に感謝した。


「ところで、あそこにいるお嬢さんはどちら様?」


 黙って様子を見ていたアーサー爺さんに、庭へ続くテラスのガラス扉に張り付いた御令嬢を指さす。人を指さしちゃいけないんだが、あまりにもベタっと張り付いてるから。突き出した人差し指を、ジャックが握って降ろさせた。


「こら、キヨ。人を指さしたら……セシ、リア?」


「なんじゃと!?」


 動かなかったアーサー爺さんが慌てて立ち上がり、テラスの扉を開いた。剣幕に驚いたお嬢さんが数歩後ずさる。


「っ、なぜこの部屋に。近づいてはならんとあれほど!」


「だって、お兄様……でしょう?」


 震える声でジャックを見つめる御令嬢は、水色の髪に青い瞳だった。まるで人形のように整った顔立ちで、ジャックに似ていない。ああ、そういえば義母の連れ子だって聞いた。


 納得する反面、彼女のたどった運命を思い出して目を逸らした。双子って共感するって聞いたことがある。感情をある程度共有できて、痛みや喜びを分かち合うんだってさ。科学的に証明されてないらしいけど、テレパシーみたいなものかなと思ってた。


 よくアニメやラノベでも使われる設定だ。でもこの子はその共感を実際に体感してしまった。双子の弟がされた行為を、その恐怖と苦しみをどこまで知ったんだろう。同情するのは失礼だ。でもこんな細いお嬢さんが、狂わずに済んだのは奇跡だった。


 双子の弟がたどった運命を、彼女はどこまで共有してしまったんだろう。感情だけでも怖かったはずだ。そこから立ち直って、婿を取って子供が出来たなら……すごく幸運なことだよね。昔のオレみたいに引きこもりを選んでもおかしくない状況だもん。


「セシリア……その……」


「そこは、きっぱり謝って話しておいで」


 ひらひらと手を振ったオレはさっさと離脱を試みる。ベルナルドは肩を竦めたけどノーコメント、冷やかしそうな奴はいない。安心して義理の妹との旧交を温めてくれたまえ。


 部屋を出て廊下を歩きながら、ついてくる聖獣達を眺めた。長生きした分、マロン以外の聖獣もいろんな別れや悲しみを体験してるはず。もちろん嬉しく楽しい記憶も残ってるだろうけど、表に出さないでいられるのって凄いよな。


 黒豹ヒジリの尻尾がぺしぺしとオレの尻に当たる。さっさと歩け、そんな雰囲気だけど触る前に力加減を調整するあたりが優しいし。肩にしがみ付いたスノーは襟を上手に使ってバランスを取っている。鱗が肌に触れると冷たいから気遣ってくれたのか。


 コウコはお気に入りの筋肉、ベルナルドにぐるぐる巻きだ。あの太い腕は確かに頼りがいがある。マロンは斜め後ろを歩きながらオレの上着の裾を噛んでいた。これは遠慮がちで可愛い。ブラウはさっさと影に入って歩かないけど。


 安定の聖獣達の姿に、口元が緩んだ。この子達が幸せなら、国のひとつくらい滅びてもいいんじゃないかな……もう。そう思っちゃう。


 後ろをちらりと振り返れば、ジャックがいなくて……それが不思議と嬉しかった。傭兵は孤児ばかりだと聞いてたから、家族と会える奴は幸せなんだ。きっと。もちろん会わない方がいい家族を持ってる場合もあるけど、ジャックは育ちの良さが滲んでたから。


 他の傭兵も、ジャックが捨て子や孤児じゃなかったのは気づいてたと思う。にも拘わらず、二つ名持ちになった実力は本物だ。ノアやライアン達が一目置いてた理由はそこかも。


 ぼんやり考えながら歩いて廊下を抜けた先で、レイルが煙草を咥えていた。本当に喫煙のために外へ出たのか。何か深い理由や思惑があるのかと勘繰った自分が少し恥ずかしいぞ。


「ジャックは捕まったか?」


「ああ、うん。妹さんが来たよ」


「ふーん」


 興味なさそう。


「キヨ様、王族の死体を探しに行くのですか?」


「案内係がいないけど、先に行ってもいいと思う?」


 ベルナルドの問いに、逆に問い返してしまった。だってさ、この状況でオレが勝手に動くと叱られそうじゃないか。王侯貴族のやり取りに慣れた元侯爵閣下のご意見が欲しいのだよ。


「そう、ですなぁ……」


 難しい案件ですか、そうですか。このまま他人の家の玄関占拠してても平気だろうか。こんなことなら、あの部屋に残ってジャック達に移動してもらえばよかった。後で悔いても遅いのが後悔だっけ。きょろきょろと見回すと、人のよさそうな男性が歩いてきた。


「あの、すみません。ジャックが来るまで待たせていただきたいのですが……」


「ジャック様!? お戻りなのですか!」


 すごい勢いで走っていった。あの人、服装からして屋敷の執事かなんかだよね? 


「今のは、執事ですかな?」


「なんでもいいけどさ、オレらって偉い人じゃん? 玄関に出てきたのはいいけど放置はないよね」


 そりゃ自分達で屋敷から出てきたけど、レイルは王族でベルナルドも前侯爵……オレに至っては聖獣のご主人様なわけ。侍女も通らない玄関ホールで、茫然と立たされてていい肩書じゃないはずだ。


『主殿が軽んじられている……と考えて良いものか』


 ヒジリが物騒な言葉を吐いて唸るので、ここは膨大な魔力を誇るオレの懐ならぬ収納の広さを披露してやろう。黒豹の前に絨毯を引っ張り出す。転がして一気に敷いた。


「我が君、何をなさるのですか」


「くつろげる場所を作る」


 リアムがくれた「お庭で寛ぎのひと時セット」が役に立つ日が来たようだ! 洒落た白いガーデン用テーブルと椅子を取りだす。さすがにこの事態は想定外なのでソファはない。長椅子で寛ぎたいので、次回までに用意しよう。いや、次回があっちゃマズい気がするけど。


 お茶会用のシンプルな椅子だが、背もたれの彫刻がお洒落だ。丸テーブルには専用のクロスがついていて、薄い水色だった。色違いでピンクも用意してある。さらにお茶の準備を始めた。お湯は魔法で沸かすとして、カップはどこだ?


 銀の装飾がついたティーポットとカップのセットを見つけた。こういう時のための収納品リストだ。メモしておいてよかった。


「こら、レイル。手伝え」


 何も言わなくてもベルナルドは動いてるぞ。ごつい指で繊細なカップを扱う姿は、おままごとみたいだった。


「ん? 茶葉があったかも」


 肩を竦めて茶葉の缶を取り出すレイルが机において、当然のように椅子に陣どった。ベルナルドが紅茶の葉を量っている間に、聖獣達も動く。巻き付いたコウコがポットを温め、スノーが机の上で足踏みして水を満たした。ポットを割らないようにしながら、コウコが湯を沸かす。


 振り返ると紅茶のよい香りが漂い始めていた。


「菓子もあるぞ!」


 オレが最後とばかり、収納から焼き菓子を取り出す。ブラウはちゃっかりレイルの膝の上で、喉を撫でられている。そのために小型化した青猫は、焼き菓子に手を伸ばそうとしてレイルに邪魔された。敷いた絨毯の上でヒジリが寝そべる。


「こっちおいで、マロン」


 役割を探して挙動不審なマロンを手招きし、人型になるよう頼んだ。それから紅茶が注がれたカップの前に座らせる。隣に座ったオレが合図するとベルナルドも着座した。これで万全だな!

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