227.東の国を駆け抜けろ
マロンの話を他の聖獣から聞かなくちゃいけないし、レイルの「あいつ」も探すの手伝わなくちゃならない。調味料も街中で選びたいし、大量に買い込むルートも作りたかった。何より重要なのは、リアムの土産だ。
この国は化粧品が有名と聞いた。情報通のレイル、地元のジャックの協力を得て、評判のいい化粧品類を購入しなくては。ちらりとシフェルに目をやる。クリスティーンの分も購入しようと持ちかけたら、多少協力してくれるかも。女性は己を着飾る道具は好きなはず!
「シフェル、相談があるんだけど」
「なんでしょう」
彼の袖を掴んで隅に移動し、ひそひそと計画を実行するための協力依頼をする。リアムへのお土産と一緒にクリスティーンにも買おうと持ちかけると、当初は渋い顔をした。仕事人間だからな。当然だ、しかしクリスティーンは真っ赤な紅より活動的なオレンジの方が似合うと思うと告げると、唸って考え込んだ。
これは異世界チートだ。色の似合うかどうかなんて、男でニートもどき、彼女いない歴=年齢のオレにわかるわけがない。それが推し量れるなら彼女はできただろう。では何の知識かと言えば、アニメの中で出たイケメンのセリフだった。
肌が白いと濃い色は妖艶になり、淡い色は可憐な印象を与える。だがそれ以外に、活動的な女性にオレンジが似合うと……オレは確かにヒロインに勧めるイケメンの話を聞いたのだ。ハーレム野郎の言葉だから、多少軽いが他に使える知識がない。
「いいでしょう。手伝います」
協力者ゲットだ。これで最悪のパターンであるオレが動けない場合でも、リアムを喜ばせることができる。ガッツポーズで喜ぶオレに、シフェルは苦笑いした。なんか作戦に嵌めたというより、出来の悪い弟に合わせてあげてる兄感がすごい。
「ひとまず前宰相を探すのですね」
「領地ならジャックが案内できる」
なんといっても孫だ。そこへ向かう途中でレイルの探し人の情報も集まれば重畳だが、あの情報屋が頼むくらいだから厄介ごとの予感がびしばしだ。
「では私は宰相の相手をしてから向かいますので、このまま抜けてください」
ベルナルドやレイルは? そんなバカな質問はしない。優秀、有能を絵に描いたシフェル氏が「いってよし」と言ったのだから、ここは手筈を整えてくれる。大急ぎでオレがちょこまか歩くと、最初に動いたのはベルナルドだった。さりげなく「ちょっとトイレに」みたいな顔で、しれっと場を抜け出した。レイルがジャックを引きずり、一発殴らせろ的な喧嘩腰の態度で抜け出る。
「マロン! お願い」
両手を合わせて拝むみたいにすると、大喜びで飛び出してきた。ぬいぐるみサイズから、あっという間に元の立派な馬に戻る。金の角が高級感を漂わせてる。うちの子、よその子と違いますのよ……みたいな。
さっと背に飛び乗ろうとしたら、ベルナルドが支えてくれた。余計なお世話に見えるが、非常に助かります。現代日本人は馬に乗らないからね、この高さは怖い。
いつの間にやら数人の騎士も抜けてきていた。彼らは護衛だろう。目配せだけで動くのは訓練された軍人なんだなと思う。さっき名前を明かしたから、護衛の騎士なしで出かけさせるのは、シフェルの立場を考えてもない。
「一気に駆け抜けるぞ」
ジャックが気合を入れて馬を走らせ、マロンが後を追う。上下に揺れるが、今度は酔わないようにしないと……情けない決意で手綱を握る。
「あ、そこの店で止まって」
結論として、何回も寄り道したので酔いませんでした。ついでに体調が良ければ、馬もなんとかなるんだな。尻は痛くて割れるけど。
見つけた店で調味料を大量にゲットして、レイルが店の場所と名前を記録していく。これが重要だ。レイルの探し人は貴族なので、そこらに転がってないこともわかった。
調味料を買うとまた馬を走らせ、見たことのない野菜を買うために降りる。次は化粧品店でおすすめを纏め買いし、スノーが見つけた野生の果物を収穫した。
オレの収納はお土産候補や食料が詰め込まれ、見た目手ぶらで集落をいくつか走り抜ける。止まるたびに、ジャックが呆れ顔だが仕方ないよ。こっちが主目的だもん。
「この先の街を抜けると、屋敷がある」
ようやくジャックの実家がある街に到着した頃には、すっかり日が暮れていた。思ったより肌寒く、上着を引っ張り出す。馬酔いはないものの、尻は完全に真っ二つの痛さだった。
「街中は危険ですな」
飛び出し一発、事故の元って標語が頭をよぎった。お約束だと子供が飛び出して避ける、でオレが頭を打ったりして記憶が……なんて。ラノベテンプレでよくある展開だ。
「降りていくか」
馬を引いて歩き出す。金の角を持つ馬がいるせいか、あちこちで「聖獣様だ」と声が上がった。中には膝をついて拝む人まで現れる。
「マロン、人の姿になれる? 目立ってるみたい」
ひそひそと要望を伝えると、他の馬の陰になったタイミングで、上手に変身してみせた。手を繋いで歩けば、兄弟みたい。問題なし。スノーが肩に乗ると、黄色いネズミ系アニメにそっくりだった。
「こっちだ」
手招きするジャックに従い、大通りから左側に逸れた。少しいくと、突然大きな屋敷がある。攻め込まれた時の対策として、この街は迷路のような作りらしい。領主の館は戦の本陣になるので、見つかりにくいよう、錯覚の仕掛けが施されたんだとか。
魔法と違って魔力もいらないし、なるほどと思ったら数代前の黒髪異世界人の知識だった。もしかして頭がちょんまげで、着物着て、刀を差してなかったか? あっ、違う? いやそんな気がしたんだけどな。
日本の城下町の再現かと思ったが、トルコ全盛期あたりの古い城塞都市の造りらしい。まあどこの権力者も、己を守る方法については知恵を絞った証拠か。似たような思考に行き着くらしい。
案内がないと惑わされて、屋敷を見落とすだろう。そんな緊迫した場面で、オレは足を止めて小さな子供にパンを渡していた。薄汚れた格好は気にかけてくれる親の存在を否定する。孤児でも虐待でも同じだ。オレが暮らした日本は、こういう子供を直接目にする機会がなかった。
実際はいたと思う。探せばいくらでもいたんだけど、目に入らないから知らないフリをした。この世界で孤児を見て胸が痛むのは、オレが恵まれて裕福だからだ。過去の痛みや後悔をやり直すチャンスをもらえたから、少しでも返したい。偽善で結構、それで救われる子がいるなら偽善も役に立つ。
「キヨ」
今は忙しくて、そう告げるレイルの声に頷く。だがパンを与えた子を放置したら、向こうで腹を空かせて覗いてる子に奪われる。その子に与えたら、次は……キリがなかった。街全体は活気づいて見えても、裏まで綺麗な街なんて存在しない。
拾っても育てられないなら、捨て猫や捨て犬に情けをかけてはダメよ。昔誰かに聞いた言葉が過った。なら、責任が持てれば拾ってもいいんだよな?
「この子を……」
「後にしろ」
「この子に次の機会はあるの?」
先を促すレイルの声に、オレの心がすっと冷えた。ここで手を離したら、この子はまた捨てられたのと同じだ。それなのに、次のチャンスを掴めるわけないじゃん。
わかってる、偽善をしてる場合じゃない。国の存続もあるし、今後の国の運営をきちんと管理すれば孤児は減る。遠回りだけど、この子に支援の手を伸ばすことは可能だって……でもさ、それは今じゃない。一番助けを必要としてる時に突き放されて、次の機会に手を伸ばせる子が何人残るんだろうね。
この世界は孤児を守る意識が薄いから、余計にそう思った。福祉制度を整えるのも重要、でも目の前の飢えた子供にパンを与えるのは、オレにとってもっと重要だった。
「偽善だよ」
そう言ってレイルを見上げる。睨みつけたレイルは諦めたように空を仰ぎ、再び視線を合わせた。薄氷色の冷たい瞳が細められ、険しい表情がくしゃっと崩れる。
「わかった。もう好きにしろ」