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226.遠ざかる土産、頭上の親子喧嘩

 具合が悪く無言だった上、乗馬のためにズボン姿の少女と思われたオレは、丁重に奥の部屋に通された。ソファーベッドに似た大きい長椅子に寝かされ、上にそっと毛布をかけられる。


 至れり尽くせりだ。揺れなくなったことで、気分はだいぶ良くなった。マロンは他の馬と一緒に待っていると言ったが、影に入るよう説得する。離れるのを嫌がると思ったんだよ。我慢させるのは嫌だから、聖獣はコウコ以外すべて影に入れた。


 コウコはまだベルナルドの胸筋や腕にうっとりしている。オレとの契約やめて、ベルナルドと契約してもいいんだぞ? 多分、オレは筋肉ムキムキにならないと思うし。


 細い己の腕を確認する。訓練したから筋肉で硬いけど、ベルナルドや騎士と比べたら細い。シフェルもほっそりしてるけど、意外と脱ぐと凄いんですタイプだった。クリスティーンをお姫様抱っこしてたもんな。オレもリアムをお姫様抱っこしたい。


 妄想に半分浸りながら、酔いによる気持ち悪さが収まるのを待つ。侯爵であったベルナルドが膝をつき、公爵のシフェルが随行した。この時点でオレは『皇族のお姫様』に分類されているようだが、反論する気力もない。


 目を閉じてじっとしていると、整った顔のお姫様に見えるんだろうな。口を開かなければ、深窓の御令嬢だった。魔力を日常使いするおかげで、髪も伸びて肩甲骨を覆う長さで結んでいる。


「姫君のご様子は?」


「……ひめ、じゃない」


 その反論は違う意味に取られた。すなわち、皇族だったけど分家に降ったよ、と認識される。エミリアス辺境伯がくるって先触れ出したシフェルのせいだ。


「聖獣様の契約が解除されました。この国は聖獣様が新たな契約をしてくださらないと滅びてしまいます」


 言外に早く話し合いをしたいので、こちらの姫を置いといて会議をしませんか? というお誘いだった。ひでぇ……苦しんでるのはその聖獣様の主人だぞ。


「親父、その前に言うことがあるんじゃねえか? ここにいるのが複数の聖獣様と契約したキヨだ。失礼なこと言うんじゃねえ」


「国を捨て家を出たお前に言われたくない」


「はぁ?! なんだその言い草は」


「親への口の聞き方も忘れたか」


 突然親子喧嘩が勃発した。どっちもどっちだが、ひとつ言わしてくれ。オレの頭上で唾飛ばしながら叫ぶんじゃねえ。


 迷惑な親子喧嘩に、シフェルはさっさと距離をおいた。オレの護衛が暴走してるからオレが止めるのが筋なんだろうか。でも今は無理。動いたら何か出そう。もう少し休んでから仲裁しよう。


 透明結界できっちり防音と唾の飛散防止をした。もちろん付き従うベルナルドも結界内だ。


「音が消えましたな」


「これ、他の奴に教えるとして……いい方法ある?」


 イメージがそのまま具現化した魔法なので、他人に説明するのが難しい。そう告げると手を伸ばして結界をノックしたベルナルドが、脳筋な発言をした。


「経験させるのが一番でしょう」


「……傭兵と同じ結論なんだな」


 いずれその方法で、騎士団や傭兵達に覚えさせるとして……ひとまず上の騒ぎが落ち着くのを待とう。ノアがいれば飲み物を……ん?


 収納へ手を突っ込み、水筒を引っ張り出した。あまり冷たくないと思うので、中に氷を浮かべて冷やすイメージで水筒を振る。からんからんと氷の音がしたのを確かめたところで、ベルナルドが身を起こしてくれた。長椅子に座って水筒を開ける。甘酸っぱい飲み物なら、スポドリもどきがあったじゃん。


 水筒に入れてしまうよう進言したノアに感謝だ。ついでに半分ほど飲んだところで、ベルナルドへ差し出した。恭しく受け取られてしまったが、彼にも飲ませておく。年寄りは脱水症状に自覚がないというから、ジャックやシフェルより気遣ってやらないと。


 コンコンとノックされ、レイルが指先で何か指し示す。その先でジャックは父親に殴られていた。よく反射的に手を出さなかったと感心しながら、結界を解除する。途端に怒鳴り声が聞こえた。


「お前が消えてから、どれだけ……っ」


「だからっ! 俺だって大変だったんだ」


「あのさ……ひとまず、親子喧嘩は後にしない?」


 他国のいざこざに首を突っ込まないスタンスのシフェルは、騒動を放置する。レイルもアウトローだし、北の王族だから下手に口出し出来ない。どちらも立場があるので余計なことをしないのはわかるが、遠回しにオレに役目を押し付けやがって。


 オレだって皇帝陛下の分家の当主だぞ。うっかり親子喧嘩を仲裁した後で、内政干渉とか難しいこと言われたら、軽く城潰すからな。イライラしながら口を挟む。


「悪ぃ。後にする」


 オレの顔から笑みが消えているのを見るなり、ジャックは慌てて謝罪して下がった。笑っているうちは安全だが、オレがキレると表情が消えるらしい。その兆候を見たのだろう。


「キヨ殿、でしたか」


 東の国の宰相が、随分と情報不足ですね。そんな嫌味が出そうになり、ぐっと飲み込んだ。だが完全に我慢できるほど、オレは大人じゃない。


「ベルナルド」


 声をかけて手を貸してもらう。長椅子から立ち上がって、叩き込まれた礼儀作法を総動員して優雅に会釈した。


「キヨヒト・リラエル・エミリアス・ラ・シュタインフェルトです。まだオレに殿と呼びかける地位の方が、この国に残っているとは知りませんでした」


 貴族らしく傲慢に、この国の王族が滅びたのに偉そうだな、おい! と告げる。オレの名を確認する前に、自ら名乗るくらいの礼儀はあると思ったが? ジャックの親で宰相だというから、期待したじゃないか。


 苛立ちに目を細めたオレの声は穏やかで、口元は笑みを浮かべた。それを見て、ジャックが「オヤジ死んだ」と頭を抱える。いやだな、それじゃオレが悪い奴みたいだろ?


 先に無礼を働いたのは、呼びつけたそっちだからな。詫びとしてリアムへの土産とオレの希望する調味料を並べろ。量と質によっては許してやらんでもない。心の中で要望を叫んでおく。


『主ぃ、僕……暴れていい?』


『この国は滅びていいと思います』


 ブラウもスノーも物騒な言葉を足元で囁かない。呪文みたいで怖いぞ。のそっと顔を覗かせて無言の黒豹が一番やばそうだった。牙を見せてるのに威嚇すらしない。いきなり噛み付く気がする。


「し、失礼いたしました」


 慌てて臣下の礼を取る父親を無視し、オレは別の人物と交渉することにした。


「前の宰相がいると聞きました。そちらと交渉します」


 現役の宰相閣下はスルーだ。はっきりと言葉と態度で、お前とは交渉しないと示した。青ざめた父親に、ジャックが溜め息を吐く。


「親父じゃだめか」


「オレはね、拾ってくれた恩人を貶す奴と手を組む気はないよ。戦場にいきなり降ってきた、不審者のオレを面倒見たのはジャック達だし。武器をくれたのはレイル。だから当然じゃない。あ、リアムは特別枠ね」


 深刻になりそうな場を、最後にちょっとだけ和ませる。くすっと笑ったのはシフェルとベルナルド、逆に複雑そうな顔をしたのはレイルだった。中央の皇族分家当主、公爵、元侯爵、北の王族……どこの宴ですか? の豪華メンバーだ。そこに我が子が混じっていたからって、オレ達を無視して騒ぐなんていい度胸じゃん。


 国の一角が消えかかっていたのを、止めたのがよくなかった? いっそ半分くらい滅ぼしてやろうか。


 魔王がよく簡単そうに「世界の半分を消し去る」とか発言する意図がよくわかった。その消す部分に自分の大切な人が含まれないと、実感わかないんだ。だからゲーム感覚でそんな発言が出来る。他人事ってやつだな。


「お詫びいたします。どうかお待ちを」


 焦るおじさんをよそに、オレはジャックに言い切った。


「ジャックのお祖父さんの居場所、わかる?」


「領地の屋敷だろうな」


 隠居した貴族家当主なら当然かも知れない。懐かしむような表情のジャックに、一言。


「じゃあ、そっちに向かおうか」

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