225.ようやくお土産買いに行ける!
南の国も東の国も、ひとまず消滅の危機を逃れたので、最初にやることはこれだ!
「リアムのお土産探しだ」
「バカか、先におれとの契約のあいつを探すぞ」
「え? 王族を蘇らせて殺すんじゃないのか」
オレの発言に続き、レイルとジャックが己の希望を口にする。少し考えて優先順位をつけることにした。
王族は腐るから最優先らしい。いくら寒い時期でも、そろそろ腐敗が始まってるし。そう言われれば仕方ない。ゾンビ映画はあまり得意じゃないんだよ。噛みつかれると仲間になるんだっけ?
「王族をサクッと蘇らせて、ぐさっと片付ける。それからあいつとやらを探すレイルの手伝いをしながら、リアムの土産を探す!」
指折り数えて呟き、思い出した。あ、コウコ達からマロンの事件の客観的意見を聞こうと思ってたんだ。どうしようかな、今の状況でマロンに聞かせるのは早い気がする。だけど彼に離れていてとお願いしたら、絶対に勘違いして泣く。
ちらっと視線でヒジリとアイコンタクトして、マロンの話を聞くのは後回しにした。他の話を先に片付けよう。
「何を騒いでいるんですか」
遅いぞ、シフェル。今頃来て偉そうだな、おい。確かに偉いんだけどね。
「東の国が消えかけたんだと」
端折りすぎた説明だが、察しのいい公爵閣下には十分だろう。嫌がらせを兼ねて簡単すぎる説明をしたら、本当に納得された。くそっ、顔や嫁だけじゃなくてカミサマに贔屓されてるじゃん。頭の回転もいいとか、世界は残酷だ。
「東の国から伝令が入りました。宰相家が代表としてキヨと話をするそうです」
王族がいないなら、誰かが代表として出てくるしかない。貴族間の調整もあるだろうが、宰相は外交も担当するから最適の人選だった。
「わかった。じゃあ……護衛はベルナルドとジャック。レイルは保護者枠、シフェルも行く?」
連れて行く人間を選別する。聖獣はどうせ足元の影に入ってついてくるんだし、問題ないだろう。そういう意味で護衛をぞろぞろ連れて行く必要はないし、オレより強くないと護衛の意味ないし。足手纏いになる騎士の付き添いはお断りだ。
「もちろん。我が皇帝陛下の代理として参加させていただきますよ」
リアムの代わりとか図々しい。顔にはっきりとそう書いて睨むと、にっこり満面の笑みで返された。くそ、負けた気がする。器の大きさとかで。
「さっきのシチューでしたか? あれは美味しかったです」
シフェルが褒めるのは珍しいので「また作ったら分ける」とぶっきらぼうに答えた。突然なんだよ、照れるじゃん。
「陛下が待ちかねて飛び出してこないよう、早めに片付けて帰りましょう」
にっこりと付け加えられた内容に、何か手紙か伝令が入ったのだと知る。それで追いかけてきたのか。
無言で手を出すと、胸元から取り出した封書を渡された。赤い封蝋がおしゃれだ。これって映画で見たけど、実際に貰うと開け方に困るな。封蝋を剥いだら割れるし……できれば残しておきたい。ブラウの風の刃の応用で、うまく上部だけ細く切り落とした。
中身を出すオレは封筒を収納へしまう。そこらに置いて風で飛んだり、誰かに踏まれたら泣くぞ。中に入っていた便箋は白くてシンプルなもの。透かしで端に紋章が入っていた。皇族御用達感がすごい。
ドキドキしながら目を通すと、中身はひたすらに可愛かった。オレがいないと寂しいから始まり、お土産はいいから早く帰ってきて欲しいと続く。オレの作った料理や菓子が懐かしい、養子にする手筈をした報告、新しい名前もちらりと書いてあった。そして最後にまた、キヨがいなくて寂しいと綴ってある。
ぎゅっと抱き締めると、便箋から柑橘系の心地よい香りがした。あ、これ……リアムの匂いだ。鼻の穴を最大まで広げて匂いを堪能していると、シフェルからツッコミが入った。
「変態みたいですよ、あ……変態でしたね」
「……変態でもいい。ほっといてくれ」
罵られても気にならない。呆れ顔のジャック、肩をすくめるレイル、ベルナルドは微笑ましげに髭をさすっていた。それ、お爺ちゃんが孫を見る目だぞ。
匂いを密封して逃さない方法……ビニール魔法かな。ラップ? 唸りながら封筒を取り出して便箋をしまい、上からラップしてビニール袋に入れる。密閉をイメージしながら収納へ戻した。
「リアムの補充が出来た」
口元がだらしなく緩んでる自覚はあるが、戻し方を忘れたのでご容赦願おう。
よしっ! あれこれ片付けて帰るぞ!
「リアムの土産買うぞ!」
あ、本音と建前が逆だった。どっちも大差ないガッカリ具合だが、まあオレだしね。カッコつかなくても仕方ない。
「……これが本当に世界を救う異世界人で、5匹の聖獣の主人かよ」
こらそこ、本音が漏れてるぞ。機嫌がいいから怒らないけどな。肺の中が空になるほど大きな溜め息を吐いたジャックだが、己の役目を思い出したらしい。顔をぱんと叩いて引き締めた。
「東の国へ行こう」
「会談時間まで2時間もあるぞ」
指摘され赤面したのは、オレだった。くそっ、会談時間なんて知らねえよ。ぼやいた声は口の中でくぐもり、賢明にも外へ出すことはなかった。
一応騎士が警護につくので、全員馬で行くことになった。傭兵連中はこの場で待機だ。もう戦争ないなら、戻っててもいいんだぞ? そう言ったら泣かれた。
なんだよ、オレが心配なのか? 可愛いおっさん達だぜ。照れながらそう呟いたら、一斉に首を横に振られる。中央の国に先に戻ると、飯当番がオレ以外になるのが嫌なんだと。群れの最高司令官を飯炊き扱いとは、いいご身分だな。
帰ったら訓練をめちゃくちゃ厳しくしてやる。覚えておけよ。悪い顔で笑っていると、首根っこを掴まれてマロンの上に乗せられた。
『僕、カッコよく歩きます』
気合の入っている金馬の鬣を撫で、立派な角を眺める。影に入り込んだヒジリやブラウはいいが、コウコは断固拒否した。ベルナルドの筋肉が温かくて気持ちいいそうで……本当に契約しちゃえよ、もう。
スノーはマロンの鬣にしがみつき、金瞳を輝かせている。
『マロンはすごいですね。足が速いです』
感動しているが、お前もドラゴンで飛べるんだぞ? あ、聖獣は全部空を飛べるんだっけ。馬の姿だから別のような気がしてた。
「マロンはそのままで十分カッコいいし、可愛いよ」
ぽんと首筋を叩いた。軽く駆けるマロンは嬉しそうだ。こういう触れ合いを前の主人ともしたかったんだと思う。でも失敗した。無理矢理引き離されたとしたら、本当に可哀想だ。斜め後ろにシフェルとレイルがいて、前方にベルナルドが走る。それぞれ護衛の騎士から借りた馬だが、どれも足が速かった。少なくともマロンに置いていかれないスピードを誇る。
「……不本意だが吐いててよかった」
気持ち悪くなってきたし、尻が痛い。ひとまず尻は物理的な問題なので、エアクッションを敷いてみた。上下に体が跳ねるのは諦めよう。馬車ならサスペンションで高級車の乗り心地も可能だけど、仕組みもわからないし。馬自体に乗ってるからね。跨った馬が上下するんだから、オレも上下する。そして先ほどまで酔っていた三半規管は仕事を放棄した。
吐く……でも吐くものない。胃の中は空っぽだった。わかるか? 吐く物がないとさらに酔いが辛い。梅干し欲しい。
東の国に着いたら、お土産探すんだ。リアムのお土産……それだけを口の中でぶつぶつと繰り返しながら、垂れてくる唾液を飲み込んで耐えた。この苦行が早く終わることを祈りつつ、マロンにしがみつく。
「キヨ、乗馬は姿勢を正しく。背を伸ばしてください」
「無理ぃ」
本音でシフェルに返すが、彼は大きく溜め息を吐いた。あ、これは乗馬レッスンが新しく追加されて、オレの尻が割れるコースだ。すでに割れた尻を撫でながら、オレは涙目で東の国の王宮まで駆け抜けた。
城の入り口で馬から降りると、両足がガニ股だった。治らんぞ。がくがくと情けない歩き方に苦笑いし、ベルナルドが「失礼」と断って抱き上げてくれた。有難いんだが、オレはお姫様抱っこはちょっと……。
主君は足を怪我しておられる。そんな見えすいた嘘でオレを助けてくれるベルナルドだが、お姫様抱っこのせいで、しばらく性別を勘違いされる羽目に陥った。