224.国の消滅、危機一髪?!
肩に担いで運ばれた経験があるだろうか。あれな、吐くぞ。頭は下向くし、相手の肩で腹が圧迫される。しかもぐらぐら揺れるし、三半規管弱い子はこの時点で吐くの確実だった。
「レ、ィル……吐くっ」
「我慢してろ」
「無理ぃ……」
走るレイルの体が揺れるたび、オレの腹に肩が食い込む。鳩尾のあたりに骨が食い込んでますから!! ケロりますから!! 全力で抗議したいものの、弱く背中を叩くのが手一杯だった。しかも進行方向どっちよ。逆さだと方角が判断できん。頭が左右に揺すられながら連れ去られるオレに、誰も助けの手を伸ばさなかった。
そのまま国境に着くなり、どさっと落とされる。意外と近かった。つうか、国境付近に移動するって言われてたわ、うん。
ぶつけた尻が痛いと撫でていれば、ごろんと転がされる。あ、ここ天気が違う。晴れていた空が曇りになった。何度経験しても慣れない。この天候の変化はあれだ、猫の目のようにって表現するやつ。
「よし、これでしばらく保つな」
レイルが満足そうに告げるので、転がされて草だらけになったオレはその格好のまま尋ねた。まだ頭がくらくらして起き上がりたくない。車酔いの状態だからな。
「この状態の説明を求め……うぅっ」
げろっと白いのが出た。くそ……もったいない。一度吐くと止まらなくなる。再び嘔吐いてげほげほと咳き込んだ。吐くと体力消耗するし、何より喉や鼻が痛い。吐いた臭いに誘われて、また吐いた。これはいかん……。
這って移動するオレを、レイルが止めた。
「こっち来るなよ」
「うっ、ひど……誰の、せい」
お前が食後すぐにシェイクしたから、こんな事態になったんだぞ。恨みがましくぼやいたら、後ろの方を指差された。
「東の国の領地にいろ」
あ、そういう意味か。東の国はスノーが数日前に契約者を排除したから、滅びの危機に瀕していた。オレがいないと消えちゃうもんな。
少し離れた左側に移動して気づいた。レイルは南の国にいるのか。こっち肌寒いぞ。収納から上着を引っ張り出して羽織った。
『主ぃ、追いかけっこ終わり?』
「ブラウ、あの場面は助けるとこだろ」
ぼやいて見上げるレイルがほっとした顔でどこかに連絡を始めた。どうやらどこかの土地が消えかけてたみたいで、その報告に慌ててオレを東の領地に運んだらしい。
「止まった? よし」
「悪い。東の国が消えるとこだった?」
「ああ。おれとの約束もあるってのに、のんびりしてんじゃねえ。アイツが消えたらどうする気だ」
むすっとしたレイルに文句を言われ、国境越しに頭を小突かれた。
追いついたジャックが苦笑いして、しゃがむ。視線を合わせながら、ノアがタオルを差し出した。
「ありがと」
濡れタオルで吐いて汚れた顔や手を拭く。右側にある吐瀉物を、ヒジリが埋めていた。魔法って便利。手を触れずに清潔処理だ。
「そっちは寒いだろ」
ジャックは故郷の寒さを指先で確かめるが、国境の手前で足を止めた。
「うん」
この数歩の差で気温や天気が変わるの、本当に不思議だ。でもこの違いで、文化や作物が変化して多様性が保たれてる。そう考えると悪くない。オレが求める調味料様も、この寒さが必要かもしれないし。
『主様、契約どうします?』
そこで思い出した。いけね! スノーかマロンに命令して、王族の契約を保留にできるか試そうとしてたんだ。
「命令してみるから、聞いてて」
『『はい』』
マロンとスノーがハモった。走るのが苦手なチビドラゴンとミニ龍を抱っこしたマロンは、小型版のオレだ。つまりコウコやスノーを連れたオレは、外からこう見えるのか。
客観的にみると、蛇を巻いた奴ってイタイな。龍だとカッコいいのに、蛇だと思うと複雑な心境になる。龍珠だっけ? あれを手に持たせてみるか。でもあれがこっちの世界で龍の持ち物と認識されてなければ、ただのボール持った蛇……あ、詰んだかも。
余計なことを考えて落ち込みながら、ひとまず命令してみることにした。
「スノー、マロン。東と南の国を維持して。契約者は自分で決めていいけど、オレが生きてる間は国を維持。できる?」
きっちり言い聞かせてから、最後に尋ねる。唸っていたスノーはぽんと手を叩いた。
『出来たっぽいです』
『こちらはちょっと、難しいです』
マロンが唸る。その違いは性格とかじゃないよな。聖獣に順位や大きな力の差はないと習ったけど……じっと2匹を見比べてからオレは気づいた。
聖獣の主人のいる場所が影響してるんじゃないか? 東の国にオレがいるから、スノーに命令が浸透しやすい。だとしたら……。
のそのそと南の国の国境線に向かう。明らかに生えている草が違うから、綺麗に線が出ていた。跨ごうとしたオレにストップの声がかかる。
「キヨ、さっきのおれの話を聞いていたのか?」
鼻にシワを寄せて腕を組んだレイルに、実験だからと言い含めて国境を跨いだ。ほわんと暖かい。
「マロン、さっきの命令を繰り返すぞ」
頷くマロンにしっかり言い聞かせて命じると、今度は成功した。ぱっとマロンの顔が明るくなる。
『出来ました! ご主人様』
「よくやった。マロンもスノーも偉いぞ」
『え……それでいいなら、あたくしも解約して来ようかしら』
コウコが最初に文句を口にする。彼らだけ褒められたのが面白くないと、尻尾で地面をぺしぺし叩いた。
『我はどちらでもよいぞ』
『僕はぁ、命令されるのヤダな』
ヒジリは別段皇族であるリアムに不満はない様子で、ブラウはとても猫らしい理由だった。動くのが面倒なんだろ、お前。
「コウコ、北の王族はオレの家族で実家だから。そのままキープ」
『主人の命令ならよくてよ』
頬を染める龍の短い手が頬に伸びるが、届かない。じたばたする手がぺたりと鱗に落ち着いた。どう見ても短い手で万歳する赤い蛇……。いや余計なことを言って、彼女の乙女心を傷つけてはいかん。それはセクハラでパワハラだからな。
「……そんで、実験とやらはどうなった」
呆れ顔のレイルに促され、慌てて契約状況を説明する。主従契約に基づいた、土地の臨時管理契約……と説明した。オレが生きている間に次の王族を見つければいい。聖獣のお眼鏡に適う奴が生まれるかもしれないし、見つからないままオレの寿命がきたら逃げるしかないんだけど。
じっと聞いていたジャックが、レイルに向き直る。
「おい、今の情報を流したほうがいいぞ」
「言われなくても大々的に広報してやるよ」
にやりと笑って受けた情報屋が、嬉しそうにピアス経由で情報を流している。意味がわからずきょとんとするオレを取り残して。
とてとてと走ったマロンが抱きつき、咄嗟に受け止める。勢いに転びかけた尻をヒジリが支え、たたらを踏んだ足がブラウの尻尾を踏んだ。コウコがマロンからオレの首に移動し、スノーも「えいっ」と可愛い掛け声でしがみつく。
その間にベルナルドが、落ちた上着を拾って畳んだ。あんた、本当に侯爵だったの? 経歴詐欺を疑うくらい甲斐甲斐しいんだけど。我らがオカン、ノアが追いついてペタペタと腕に触る。冷えた肌に「風邪をひく、熱を出すぞ」と文句を言いながら、ベルナルドが回収した上着をかけた。
こちら側は暖かいけど、冷えた肌はそのまま。素直に上着に袖を通した。鼻が垂れてきたと思ったら、オカンがしっかり拭ってくれる。オレは幼児かっての。でも素直にチーンと鼻をかんだ。
吐いた話を聞くと、今度は収納から水筒を取り出して差し出す。口を濯いで、ついでに少し腹に入れた。ようやく人心地ついたぞ。
踏まれた尻尾を嘆くブラウがごろんと寝転ぶ。
「ジャック、どうして情報公開するんだ?」
広報するって言われても、秘密にするんじゃないのか? オレが契約者だと知ったら、襲われる。そう尋ねれば、ジャックがにやりと笑った。
「お前が死んだら国が滅びるんだぞ? 聖獣はお前を殺した奴に協力なんてしない。つまり、手を出したら終わりだ」
ああ、なるほど。そういう考え方もあったんだ。積極的に情報をだして牽制する方法は、宰相家の坊ちゃんだったジャックらしい提案だった。




