222.元気を出すには、美味い飯だろ
立ち上がったオレと手を繋いだ少女マロンは、指が絡んだ手を何度も確認している。不思議そうに手を緩めて握り直すから、その度にぎゅっと握り返した。こんな接触も知らないなんて、マロンはよほど主人運が悪いのかな。
まあ、オレに引っかかる時点で聖獣のくじ運は最悪だと思うけどね。マロンの話は、彼の一方通行だった。でもコウコを始めとして聖獣達は事情を知っている。なら、後の客観的な話を彼らから聞こう。その前に、そろそろお昼ご飯の時間か。
「夕食はマロンの為に黒酢炒め作るけど、お昼は何がいいかな」
『主ぃ、こないだの白いどろっとしたスープ!』
『あれはあたくしも好きよ』
『少し甘いので、僕も飲みやすかったです』
全員シチュー希望か? どろっとしてて飲みやすい上に、野菜が溶けて甘かったんだろう。聖獣は完全に子供舌だった。カレーとかも好きそう。問題はカレーのスパイス調合が出来ないことか。オレもカレーライス食べたいもんな。
どこかの国にないか、探してみよう。繋いだ手を揺らしながら歩く。小さな笑い声を立てるマロンが、とても可愛く思えた。
「キヨ様、お話は終わりましたかな?」
「ああ、護衛ありがとう。ベルナルド」
離れていたベルナルドが合流し、意外なことにコウコがするすると彼の腕に絡み付いた。赤い舌をちらちらと覗かせながら肩まで登ると、くるっとこちらに向き直る。
『主人、このひとの筋肉凄いわ』
何が凄いのか尋ねるまでもなく、盛り上がった立派な筋肉に頷いた。確かに凄い。コウコはもしかして筋肉フェチか? ベルナルドと契約しちゃえよと考えながら、それも問題あるのかと眉を寄せた。北の国の聖獣だから、兄のシンと契約が継続してるもんな。
『心配しなくても、あたくしは主人一筋よ』
「……ありがと」
その心配はしてなかった。言ったら泣かれそうだから言わないけど。それにしても、東と南の聖獣契約どうしようか。王族が滅びた国と見捨てられた国……どっちも消えたら困る。オレはまだ特産物の確認が終わってないし、調味料もあれこれ欲しい。種類があるほどいいよね、調味料。
「ひとまず……昼食を作ろう」
すべてはそれからだ。腹を空かせた傭兵達が待ち受けるテントへ踏み入り、聖獣を整列させた。
「シチューの再現に挑むが、同じ味になる保証はない。まず、ブラウは野菜の細切り。スライスじゃなくてダイスだぞ」
『わかったぁ』
前回の記憶を頼りに、野菜を取り出す。それを興味深そうに見ている聖獣達へ仕事を言いつけた。
「スノーは野菜の皮剥き。ヒジリは肉の調達してきて。鳥と兎がいいな。コウコはいつも通り火の番を頼む」
『承知した』
頼られた聖獣の喜びようって、忠犬そのものだ。ヒジリは尻尾をゆらゆら左右に振りながら、機嫌よく影の中に消えた。ネコ科の奔放さは黒豹ヒジリから感じない。
火加減調整はコウコが最適だ。ヒジリの狩りの腕はお墨付きだし、夕食用の黒酢に漬ける兎も追加注文した。スノーは小さな手でもそもそ皮を弄っていたが、すぐに凍らせて剥がす方法を会得する。彼が凍らせた隣で、傭兵が手袋でごりごりと皮を剥いでいく。
この辺は任せてしまおう。鍋を取り出し、いつもの位置まで水を満たした。すぐにコウコが下で熱し始める。
『ご主人様、僕……僕は』
何か仕事をくれと強請るマロンが、ぽんとオレの小型版に戻った。こちらの姿の方が楽なのかな? 抱っこして連れて行き、少し離れた机の上にどろりとした小麦粉の塊を乗せた。
前回、鍋から回収した小麦粉だ。入れすぎた分をそのまま収納へ証拠隠滅したが、これを乾燥させて重さを量る。
「マロン、これは重要任務だ」
お前だから任せる、そう告げると緊張した面持ちながらも勢いよく頷いた。
「オレが乾燥させた小麦粉を、これで量ってくれ。重さを正確にだぞ」
『わかりました』
コウコの火とブラウの風を操って、飛ばさないように小麦粉の乾燥に挑戦する。何度か調整しながら、サラサラになった小麦粉を渡した。ちなみに入れ物がないので、魔力で作ったビニール袋もどきを使用している。
魔力に重さはないので、計量の際に便利という思わぬ効能があった。今後も積極的に利用しよう。オレの異世界人の恩恵として、この魔法を伝えてもいいな。異世界人って、何かしらこの世界に恩恵を与えてるっぽいし、やっぱり一つくらい何か残しておこう。
ビニール素材の概念がない世界だから、ラップとか便利かも。そんなことを考えながら小麦粉を弄っていたオレは、風で舞った粉を吸い込み、盛大にクシャミをした。粉が舞い散るのを見て、慌てて巨大ラップを作って覆う。危なかった……。
量が計算できなくなるじゃん。真っ白になった巨大ラップの内側で、ブラウ譲りの風を操作して粉を一ヶ所に集め直す。ラップを想像してたおかげで、魔力をすぐに変換できて助かった。
真っ白になったオレとマロンからも、粉を回収した。驚いた顔をしたマロンが嬉しそうに笑う。何か気に入ることでもあったか?
『今、僕とご主人様はお揃いでした!』
「……確かにお揃いだったな」
頭から真っ白な粉塗れだった。くすくす笑いながら集めた粉を量る。だいぶ慣れたマロンの手元を見ながら、次の粉を渡した。一緒に作業すること自体が嬉しいようで、マロンはにこにこと笑顔を絶やさない。
「これで終わり」
前回ひっくり返した粉は袋ひとつ分、そして今回量った小麦粉の重さを引いて、バターはこの塊1つだったかな。
思い出しながら材料を混ぜると、匂いで気づいた傭兵連中が集まった。覗き込んだ彼らの目に期待が浮かんでいる。
「これってこないだの?」
「めちゃうまのスープか!」
一度味を見て、何かコクが足りないと目を細める。そこへヒジリが戻ってきた。彼が持つ鶏肉にぽんと手を叩いた。
「そうだ、肉が入ってない!!」
大急ぎで捌くノアをサシャが手伝う。よく切れるナイフで皮を削ぎ落とし、あっという間に鶏肉が用意された。前回は細い繊維状の肉だから、違う肉だった気がするけど……覚えてないんだよな。あまった肉を適当に入れた気もする。シチューなら鶏肉で美味しいはず。
「この料理はシチューって名前だぞ」
教えてやれば、「おお!」と盛り上がっている。肉を粉砕して入れる。この辺はブラウが得意げに担当してくれた。肉を持ち帰ったヒジリを撫でて、その背中にマロンを乗せた。焦って恐縮するマロンだが、ヒジリは毛繕いのようにマロンの手を舐める。
「前回と同じように攪拌すれば、再現できるはず!」
オレの宣言に、傭兵の目が期待に輝く。離れたキャンプ地から正規兵が数人様子を見にきていた。ちなみにシフェルは姿を消したままだ。捕まえた後、しっかり約束したから大丈夫だと思うが余計な報告してたら〆るぞ。
ビニールや料理のレシピ、そんな平和な物だけこの世界に置いていける人生がいいな。喜ぶ傭兵を見ながら、満足げなマロンの頭を撫でた。
用意した粉とバターを入れて、ミキサー化した水流で鍋の中身を細かくする。ブレンダーだっけ? あんな感じだ。イメージが大事なので、ドロドロの野菜ジュースを想像しておいた。
個人的にシチューは白か茶色だと思う。白くなれと願えば、材料のせいで青紫だった鍋の液体が脱色された。魔法、まじ万能だな。
「よし!」
ドロドロのルーみたいになったシチューを、並んだ3つの鍋に均等に分ける。量を計りながら蜘蛛から絞る牛乳もどきをたっぷり注いだ。コウコはあっという間に4つの鍋の火加減を調整する。聖獣もまじ万能、便利すぎた。
大量に作ったシチューをひとつ味見する。少し薄いか? いや、ハーブ塩で調整すればいける。湯気とよい匂いを漂わせる鍋をひとつ、収納へ入れた。
「食べる準備しておいて」
声をかけてから、正規兵の方へ向かう。シフェルが何やら書類作成する隣のテントで、収納から鍋を取り出した。成功だ! ちゃんとこぼれないで運べたぞ。満足しながらシフェルに声をかけた。
「これ、シチュー。食べるならどうぞ」
「ありがとうございます、皆も喜びます」
公爵閣下らしい満点の返答に頷き、オレは大急ぎで傭兵テントへ駆け戻った。オレの分、ちゃんと取ってあるんだろうな!?




