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13.盾となる名誉(3)

 興奮が冷めるに従って、ひどく悪いことをした気がした。無気力だった過去と違い、今のオレは不安定で感情的だ。あの男を殺した後悔はない。血に汚れたのも当然で、リアムの手を取れないのも仕方なかった。


 なのに……なぜか泣きたい。


「少し外せ」


 俯いたままリアムの声を聞いて、唇を噛んだ。遠ざけられてしまう――複雑な感情を押し殺して顔を上げる。最後なら、リアムの顔を見ておきたい。


 だが、顔を上げた先には誰もいなかった。騎士はもちろん、倒れていた侍女もとうに運ばれている。残っているのはオレとリアムだけ。誰もいない前ではなく、左側から腕を取られた。


 気配を感じる前に、象牙色の指がしっかりとオレの指を握る。手を繋いだ右腕にリアムが寄りかかるような形で、腕を絡めていた。


「あの…っ」


「人払いをした。こちらへ」


 今度こそ逆らう余裕がなくて、一緒に歩き出した。庭の先へ進み、小さな平屋の扉を開いて入っていく。中は薄暗く、しかし不思議なほどよく見えた。扉をくぐる瞬間だけ、僅かな違和感が肌をすり抜ける。


 竜という属性を得てから、かつてのオレの経験や培われた常識は役に立たない。だから見えすぎる視力に疑問をもつより、“こういうものなのだ”と素直に受け止めた。


 一部屋しかなかった。外から見た大きさから判断しても、他の部屋はない。木造の丸太小屋に似た作りで、豪華な宮殿の庭に建っているのは奇妙な印象を与えた。華奢な東屋ならばわかる。繊細な彫刻も高そうな建材も使われていなかった。


 横たわれそうな大きめのソファと小ぶりな机、壁の一面は書棚があり沢山の本が並ぶ。窓もあるようだが、雨戸のような板で日差しを遮られ、奥にランプが用意されていた。読みかけなのか、本が1冊机の上に無造作に置いてある。


「ここは隠れ家だ」


 秘密を明かすように、楽しそうにリアムは告げる。そこで絡めていた腕を離すが、指を絡めて握った手はそのままだった。リアムの手が温かくて、何も言えずに見つめる。


 赤い血に塗れた青白い手に、象牙色の温かな指が絡まっていた。


「汚れる」


 手を解こうとすると、さらに強く握られる。少し痛いくらい力を込めたリアムは、聞こえなかったフリで言葉を重ねた。


「お前には特別に入る許可をやろう、今回の褒美だ」


「……ほうび?」


 首を傾げるオレに、リアムはようやく手を解いてくれる。しかし正面に回りこまれ、今度は両手を掴まれてしまった。


「ああ、俺を守った褒美だ」


 褒美の意味がじわりと胸に届いた。


 そうだ、オレはリアムを守った。彼の盾となり、敵を排除し、この身を捧げて――。


「俺を守る盾となる栄誉が増えただけ、だろう」


 慰められている、そう否定も出来るだろう。不思議とそうは思わなくて、素直に言葉が胸に落ち着く。皇帝を守る盾となった栄誉、その褒美が彼のお気に入りの場所への立ち入り許可だ。


 大したことをしていないと遠慮するのが常識なのか?


 子供だからまともに受け取ってもいいのか?


「大体、血など洗い流せばいい」


 汚れたと繰り返すオレを笑い飛ばすリアムは、肩を竦めて己の手を目の前に掲げて見せた。彼の柔らかそうな象牙の肌は赤い色が移っている。手にふぅと息を吹きかける仕草をすると、忌まわしい赤は消えてしまう。


 ぱちくり目を瞬くオレの手を掴んだリアムは、同じように息を吹きかけた。魔法なのだろう、赤はやはり綺麗に消える。表と裏を返して何度も血が消えた両手を見つめ、ようやく息をついた。


「ありがとう」


「それは俺のセリフだ」


 助けられたのは俺だからな。そんな気安いリアムの言葉に、強張っていた頬が緩む。ようやく笑みを浮かべたオレを、皇帝陛下らしからぬ行儀の悪さでリアムが引いた。後ろへ倒れこむように体重を使って引っ張られたことで、踏ん張る余裕もなく一緒に転がる。


 ベッドサイズの大きなソファは柔らかく、子供2人を受け止めてもまだ広い。並んで転がりながら、くすくす笑い始めた。


 泣きたかった気持ちの正体がわかったのだ。きっと、リアムに嫌われると思った。もう会えなくなって、二度と声をかけられなくて……怖い想像をしたから泣きたくなったのだろう。


 血をかぶったオレを肯定されれば、現金にも不安は吹き飛んでしまった。


 外見に引き摺られて幼くなっていた感情は、ようやく落ち着きを見せる。頬にかかる白金の髪を掴んで……ふと気付いた。


 あれ? なんでこんなに髪が長いんだ?


 大きく首を傾げて、首にかかる長さの髪を指先で摘む。謁見前はぎりぎり結べるくらいだった。簪を挿すときに、侍女のお姉さんが苦労してたから間違いない。


「髪がどうかしたか?」


「いや、短期間で長くなったな……と」


 短期間と称するにも早すぎる。わずか半日足らずで7cm近く伸びていた。人差し指の長さだと考えたら異常だ。確か1ヶ月で1cm前後だっけ? かつての記憶を辿るが、すぐに“ここは異世界だった”とまず常識を疑ってかかる。


「オレのいた世界だと、1ヶ月にこのくらいしか伸びないんだよ」


 爪の大きさを示して長さを示せば、得心がいった顔でリアムが頷く。1cmという単位が通じるか分からず、間抜けな尋ね方になったが、どうやら通じたらしい。なんか爪も長くなってないか?


「魔力を使うと伸びるな、爪も伸びた筈だ」


「……なるほど」


「キヨヒトの世界は何もかも違うのだな」


「面倒くさい?」


 いろいろ教えてくれると言ったリアムの発言に、意地悪な言い方をしてみる。たぶんリアムは楽しんでいる。だからこうやって秘密の部屋も教えてくれた。見捨てられないと知っていれば、強気に出られるものだ。


「幼い弟が出来た気分だ」


 やはり面倒見がいいんだな。リアムの黒髪に手を伸ばして、懐かしい色に目を細めた。ここまで見事な色じゃないが、かつてのオレも黒髪だった。学生時代に染めなかったから、日本人の中でも黒い方だっただろう。


「オレ、黒髪好きだ」


 見開かれた蒼い瞳を覗き込む。外見だけなら弟のような美人、中身は大人でしっかりしていて面倒見がいい。どこまでオレに好きにさせたら気が済むんだろう。ホント、異性ならよかったのに。


 うっとり見惚れていると、突然声が聞こえた。


『陛下、いい加減にしてください!!』


「……見つかったか」


 しかめっ面で舌打ちする美人が身を起こした。ベッドが揺れて、仕方なく同じように起き上がる。ごろごろ転がれる大きさのソファベッドは居心地がいいが、今の声から察するに、この甘い時間は終わりらしい。


「今の、シフェル?」


 聞き覚えのある声色だと思いながら尋ねると、リアムは黒髪を手で梳いて乱れを直した。ちらりと見えたうなじが色っぽい。いや、断じて腐ってないから。


 なぜか自分に言い訳しながら、同じように髪を梳いて整える。


「ああ。あれでも皇帝直属部隊の隊長だ。どうやら結界が見つかったようだ」


「結界? ――ここに来たときの、膜みたいやつ?」


「気付いたのか。さすがだ」


 人払いをしたと連れてこられ扉をくぐった瞬間の違和感を思い出す。あれは、なんらかの目晦ましに似た結界だったのか。この世界では過去の知識や常識を捨てて、直感で生きた方が楽そうだ。


 異世界でのコツがつかめた気がして、少し嬉しくなった。前の世界のオレは頭ざくろの死体で、生き返ることはもう不可能だ。どうしたって、今の世界に馴染んで生きていく必要があった。


 なんだかんだ、トラブルを起こしているけれど……楽しく生きていけそうだ。この身体が竜属性で、通常の人間より長生きできるのなら、寿命を(まっと)うして老衰(ろうすい)で死にたい。

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