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221.余計なお世話ってやつか

 契約した主人が、聖獣を憎む? 何かの勘違いじゃないか。そう問いたい声を無理やり飲み込む。背中を預けるマロンが小さく震えているから、伝わる不安を拭うように引き寄せた。密着する面積を増やして、体温を伝える。


「どうしてそう思ったの?」


 促す言葉を選んだ。出来るだけ明るく尋ねるつもりだったのに、声が少し掠れる。情けない、しっかりしろ! 自分を叱りながら、マロンを抱く手を檻のように組んだ。腹の上で両手の指を絡めたオレの手に、マロンが顎を乗せる。甘えるような仕草に、切なさが増した。


『ご主人様……あの人は僕の存在が邪魔になったんです。出会った頃は優しくて、よく笑う人でした。でも……僕は失敗しました』


 その失敗がすべてを変えてしまったのか。ぽつりぽつりと語るマロンの震えは止まらない。辛いのに口にしてくれる勇気が嬉しかった。だから否定する言葉は言わない。そんなことないよ、なんて残酷な傷をつけたくなかった。


 他人は所詮他人だ。オレがマロンの主人であっても、違う個体である以上、彼の本当の気持ちや傷は共有できない。マロンが傷ついたなら、それは立派な傷だ。大きくても小さくても、深くても浅くても関係なかった。外から「たいしたことない」なんてほざく奴は、本当の痛みを知らない。


 相談されたら最後まで聞いてやる。告白してくれる内容が酷くても、ただ黙って受け止める。それが受け手側の礼儀だと思うから。


「出会ったときは優しかったんだね」


『はい。僕の毛をブラシで手入れしてくれて、笑いながら話をした……あの人にとって、僕は愛馬なのだと思ってました』


 過去形で語るマロンは、うっとりとした目で首を傾けた。コウコは丸くなって頭をクッションの下に突っ込む。事情を知っているのか。あの頃のマロンの話を聞くのが耐えられないようだ。スノーもぽとぽと涙を零した。


 ブラウは拗ねたフリで尻を向け、こちらを向こうとしない。ヒジリを含め、聖獣達は顛末を知ってるようだ。


『あの日、僕はあの人と森に出かけて……』


 マロンは言葉を止めた。口元を押さえる仕草で俯き、震えが大きくなる。もう無理なら言わなくていい。知りたくないと言ったら嘘になるけど、苦しいなら言わなくていい。そう告げる前に、マロンはぎこちなく振り返った。


 大きな金の瞳は予想に反し、濡れていなかった。泣くことも出来ないほど、傷は深いのか。きらきらと光を弾く瞳が瞬き、視線を逸らすように伏せられた。


「不安なら、こうしようか」


 顔を見て話をするのは辛いだろうと後ろから抱っこしたが、不安が大きすぎて反応が見えないのも怖いのだろう。ぬいぐるみサイズのマロンをくるっと反転させた。姿勢を直して向き合い、顔を見ないよう胸に彼を抱き込む。


『人の姿でもいいですか』


 抱きつきやすいのかな? 好きにしたらいい。


「マロンが好きな姿で構わないよ」


 許可を出せば、マロンは見せたことのない少女姿になった。栗毛の少女はやはり7〜8歳に見える。これって、あれかな。前の主人の姿とか。オレの姿の時もそうだけど、マロンが幼い子供の姿を取るのは、それだけ精神年齢が低いから。不安定な子供は、大人の姿を維持できないのかも。


『これ、あの人の姿です。嫌ですか?』


「いや。平気だよ」


 やっぱり、そうだと思った。そのまま少女姿のマロンを抱きしめる。栗毛の頭頂部にキスを落とし、正面から抱きしめあった。小さな手を精一杯のばし、子供の腕が背中に触れる。


『僕の背に乗せたあの人は、飛び出した魔狼に驚いて滑り落ちました。落下した先に大きな石があって……腰を強くぶつけてしまったんです。僕、治癒が出来ないから……っ、だけど』


 必死に頑張ったのだ。マロンに出来る限りの手を尽くした。魔狼を蹴飛ばして撃退し、痛みに呻く主人を背に乗せ、必死で走った。人がいる場所に行けば、きっと助けてくれる。彼女が保護されている南の国に駆け込んで……。


 説明の言葉は途切れた。泣き出したマロンの涙が、シャツに染みてくる。温かい涙はすぐに冷えて、マロンの気持ちのようだった。泣き顔を誰にも見せないよう、しゃくりあげながら抱きつく幼子の背を叩く。軽いリズムをつけて、鼓動の速さが一番落ち着くんだよな。


 ぽんぽんと背を叩くリズムに、マロンは鼻を啜る。ごそごそ動いて顔を見上げ、すぐに伏せてしまった。気づかないフリで、そのまま背中を叩き続ける。


『あの人は歩けなくなりました。僕のせいです』


「直接そう言われたの?」


 その人が口にしたのなら、なんて短慮なのだろう。聖獣である金馬と契約したんだから、信じてしがみつけばよかったのに。なんで手綱を離した? 森に入るのに、魔獣への心構えもなかったのかよ。


 当事者ではないからこその八つ当たりが、心の中に湧いて、ぼやきが溜まる。守ってくれるマロンの気持ちを踏みにじったのなら、そもそも聖獣の主人として器が足りてない。


 ――いや、オレも含めてだけど。


 話の感じからして、前の主人は南の国に保護された異世界人だろう。この辺はシフェルやウルスラに聞けば教えてくれるかな。


『ご主人様は……僕に、二度と……っ、会ってくれません、でした』


 これは嫌な予感がするぞ。そんなオレの視線に、スノーが鼻を啜りながら頷いた。コウコはまだ顔を上げない。彼女は知ってるから、マロンがやらかした自分への裏切りを許したのか。その頃の関係性はわからないけど、コウコは「助けられなかった」と後悔してたみたい。


 丸くなって顔を見せないコウコを敷物ごと引っ張って、右手を上に乗せた。撫でるんじゃなく、ただ手を乗せただけ。その手にスノーが頬擦りする。隣国だから状況を知ったけど、それぞれに動けなかったとしたら。聖獣ってのも不自由なんだな。


「それがお別れ?」


『いいえ。命令はくれたんです! だから頑張りました』


 人伝に命令だけが届いて、主人に会えない。ああ、オレが考えつく最悪のパターンだった。


 ずっと馬として厩にいたんじゃないか? きらきらした目で、主人に見捨てられなかったと言い切ったマロンが、ひどく可哀想だった。彼はオレと同じ部屋で寝ることも遠慮した。他の聖獣は己の地位を自覚してるのに、マロンだけ違う。それは彼が家畜のように扱われた証拠みたいで……。


 前の主人は本当に動けなくなったんだろう。落馬で下半身や体が動かなくなる話は、前の世界でも聞いたことがある。他人の気持ちは推し量るしかないけど、王族や貴族は状況を利用した。


 聖獣の主人が動けなければ、伝言する存在が必要だ。本当ならマロン自身が影を使って会いに行けばいい。だがケガをさせた負い目があって、大人しく金馬の姿で待ち続けた。


 主人が「会いたくない」と口にした。そう言われたかも知れない。それが嘘だと知らず傷付いたんじゃないか?


 南の王族の腐りっぷりからして、その頃の王族が真面だったと考えにくかった。マロンの力は手放したくなくて、聖獣の主人を拘束したとしたら。動けないまま、豪華な鳥籠に閉じ込められた人は、マロンの置かれた状況を知らなかったに違いない。嘘を教えられ、誤解したかも知れない。今のマロンのように。


「そっか。頑張ったんだな」


 真実を知らないことが幸せか。それとも傷が増えても知ることが、マロンにとっていいことなのか。オレに判断は出来なかった。それにオレが思いついた話に証拠はない。


『はい、僕でも役に立てるなら頑張ります』


 真っ直ぐな目で、曇りのない眼差しで言い切ったマロンの姿に、オレはもう何も言えなかった。抱き締めた少女姿のマロンは、おずおずと背中に回した腕に力を込める。叱られないか確認する所作に、どれだけ愛情や好意に臆病なのかと泣きそうになった。


 当事者じゃないオレが泣くのは間違ってる。マロンの気持ちに失礼だ。そう考えて堪えた。


『僕、もう落としたりしないです。だから僕に乗ってくれませんか』


 ヒジリに慣れてしまったから、ついヒジリに跨がる。その無自覚な行為は、きっとマロンを傷つけてきた。背にのれと必死に訴えた彼の気持ちが、今になって重く心に沈む。


「うん」


 頷くのが手一杯で、もし何か言おうとしたら声が震えて涙が溢れる。そう思ったから、何度も頷いてマロンを抱き締めた。気づけばヒジリの尻尾が巻きつき、ブラウが足の上によじ登り、腕に絡んだコウコとしがみつくスノー。聖獣に絡みつかれたオレは、ギリギリで涙を堪えた。


『主様、僕お腹すいたぁ』


 明るい声で場を切り替えるブラウに「そうだな」と返した声は震えていなかったよな?

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