220. 黒幕特定は任せた! オレは大切な用がある
魔獣使いが口封じに動いた。その情報から、レイルは何かを掴んだらしい。黒幕の特定に関わる情報収集は、彼の独壇場だろう。オレやシフェルが出る幕はない。サムズアップして「任せる」と口を動かせば、頷いたレイルが親指を上げる。
「それで、仲間をみんな殺されたってわけ?」
「ああ。俺らを殺して口封じしようだなんて、汚ねえこと考えやがって」
吐き捨てるように告げる男に、黙って聞いていたライアンが口を挟んだ。
「汚い? 当たり前だろ、貴族の権力闘争に巻き込まれたんだぞ。お前が生きてただけ運がいい」
貴族が雇い主だと知らなかったようだ。目を見開いた襲撃犯は「きぞく……嘘だろ」と呟いた。唖然とした表情に演技は感じられなくて、どうやら何も知らない下っ端らしい。これじゃ生き残った男の使い道がなかった。
「キヨ、また連れていくとか言うなよ」
「言わない。使い道ないもん」
ジャックが眉を寄せて忠告するのを、肩を落としてひらひらと手を振りながら答える。傭兵はもう足りてるし、今さら信用できない不穏分子を手足に使う意味はない。そういう意味だったんだが、殺されると思ったらしく慌て始めた。
「や、役に立つぞ! その……えっと、そうだ! 東の王族と中央の貴族の繋がりとか、知ってる」
「何それ」
スノーがすでに東の王族は処分してしまった。
ジャックの家族のために一度蘇らせて、また処刑するつもりだが……中央の貴族とくっついてる?
「誰が?」
リアムの周辺にそんな危険な貴族がいるってのか? 皇帝に直接危害を加える気はなくても、同じだ。己の利益に反するなら、皇帝の側近や他国の王族に分類されるオレに攻撃する貴族――獅子身中の虫じゃねえか。
絶対に排除してやる。ぐっと拳を握り、硬くなりそうな表情を笑顔で固定した。シフェルに教わったひとつの外交手段だ。心を読ませたくない時は、笑顔が一番効果が高い。笑ってる奴の内心を探るのは難しかった。
「その貴族の名は?」
「名前……しらね、いや……あの……紋章! 紋章なら分かる!!」
傭兵が貴族の家名を知ってる可能性は低い。相手側もそれなりに用心しているから、家名を聞かせたりしないだろう。何が弱みになるか、脅される原因になる単語を口にする馬鹿なら、貴族社会でとっくに潰された。
紋章……それが嘘の可能性もあるが、その辺を調べるのはシフェル達の仕事だ。宰相ウルスラ、メッツァラ公爵夫妻、そして公爵令嬢ヴィヴィアン――誰が動いても探り当てるだろう。
「ふーん、言ってみて。使える情報なら、数ヶ月の牢屋生活で許してやるよ」
ごくりと喉を鳴らし、本当かと念を押す男に頷いた。北の王族を殺せと命じられ、失敗して捕まったのに禁固で済むなんて思わなかったらしい。金に困っての犯行だろうが、こんな頼りない傭兵をよく雇ったもんだ。
「大きな鳥が羽を広げていて、刺のある花を爪で掴んでる紋章だった。背景が丸じゃなくてこんな形だ」
縛られた手で拾った枝を使い、がりがりと五角形を描いた。珍しいな、普通の紋章は丸が多い。あとは皇族の六角形か。ひとつ欠けてる角……ん? 見覚えがあるような??
ぐいんと首をかしげて考え込むオレに、レイルが舌打ちした。戻ってきてたのか。斜め後ろに立った従兄弟を振り返ると、心当たりがあると顔に書いてある。
「オレも見たことある気がする」
「そりゃそうだ。お前が与えられたエミリアス家も五角形だからな」
「うん? つまりオレの家紋で偽装された、でオーケー?」
「全然違う、皇族の分家はすべて五角形だ。エミリアス、リューブラント、シュテルン、ヴァーデンフェ、グランバリで5つ。五角形は分家の数だよ」
なるほど。ちゃんと意味があったんだ。ということは、リアムの本家が六角形なのは……5つの分家と1つの本家を示している。複雑なこと考える奴がいたんだな。
「エミリアス家は本家預かりで、皇帝の姉妹や兄弟が臣下に下るときに与えられる家名――つまり本家に一番近い筆頭分家ですぞ」
ベルナルドが説明を追加してくれた。つまりオレが分家筆頭で、他の分家の当主にやっかまれて狙われた……で、ファイナルアンサー?
竜殺しだろうが平民みたいな奴が、皇族分家の筆頭になったと思ったら、今度は本家の養子だ。それは気分が良くないだろう。だからといってオレを殺せばいい話ではないが、考えが短絡的過ぎた。
「大きな鳥の紋章はどの分家?」
オレの紋章は竜が薔薇を踏み締めるデザインだった。
「エミリアスが竜、リューブラントは世界樹、シュテルンは海、炎のヴァーデンフェ、鳥は……」
残ったのはひとつ。
「グランデリだな」
「グランバリだ」
ドヤ顔で言い切ったオレの後ろで、くつくつ肩を震わせて笑うレイルが訂正する。くそ、そこは流してくれ。恥ずかしいだろ。
「我が君、お勉強をサボられましたか」
「……焼き付けの急ごしらえだぞ。たぶん焼き付けに入ってなかった」
魔法陣で焼き付けた知識から漏れてたんじゃないか? だとしたら内容を決めたシフェルの手落ちだな。責任転嫁して、オレは赤くなった頬をコウコの鱗で冷やした。
『主様、私も』
飛びついたスノーが肩にとまり、ぺたりと寄り添った。ありがとうよ、冷たくて気持ちいい。
「ここまで絞れれば、あとはシフェルにやらせりゃいい。オレは別の方向から探る」
何か気になることがあるのだろう。レイルはそれだけ言い残し、さっさと森に消えた。いつも思うけど、絶対に転移魔法陣とか持ち歩いてるぞ。あいつ……移動がやたら早いんだよ。
「それで、こいつは?」
二つ名持ちに囲まれて震える襲撃犯に、ジャックが顎をしゃくる。殺すのか引き渡すか、決まってるだろ。
「オレは約束を守る奴なの。シフェルの隊に引き渡してきて」
ブーイングが上がったが、そこは無視だ。オレはこれから大切な用事がある。
「ちょっと外すから、後よろしく」
よいしょとマロンを胸元に抱き上げる。コウコやスノーを乗せたまま歩き出すと、後ろからレイルとジャックの声が掛かった。
「おい、護衛は連れて行けよ」
「単独行動禁止だ」
「あ、うん。じゃあ……」
誰にしようかな。そんな迷いから言い淀んだオレに、ベルナルドが立候補した。反論しないで肩を竦めるのは、二つ名持ちばかり。戦闘において、ベルナルドの腕前は高く評価されてるからね。
「お供しますぞ」
「じゃあ、ベルナルドに頼むね」
足元を8の字に歩くブラウを、軽く蹴飛ばして邪魔だと告げる。左側に寄り添って歩くヒジリが、ぱくりとブラウの首を咥えた。ぶら下げられて歩く猫に苦笑いし、テントから離れた場所で足を止める。
「こちらでお待ちしておりますので」
そっと囁き、声は聞こえないが姿は見える位置で木に寄り掛かった。ベルナルドの気遣いに大きく頷いて手を振る。収納から取り出したシートを敷いて、その上にクッションをいくつも並べた。こそこそとお願いすれば、ヒジリがクッションと畳んだシートを運んで、ベルナルドに届ける。
戻ってきたヒジリに指を噛まれながら、丸くなった彼に寄りかかる。大量のクッションにスノーとコウコを下ろし、ブラウを足元に並べた。クッションに座ったオレの膝に、ぬいぐるみサイズのマロンを乗せる。
「約束通り話そうか」
困ったように目を逸らすマロンを、抱き上げてくるりと回した。オレに背中を預けるようにして座らせる。顔を見ない方が話しやすいだろ?
「話せることだけでいいよ。全部じゃなくても……命令はしないから」
自分で言葉や内容を選んでいい。そう告げると、もぞもぞしていたマロンの動きが止まった。恐る恐る振り返る様子に、くすくす笑いながら鬣を撫でてやる。すると安心したのか、マロンの強張った体から力が抜けた。
『僕は……前のご主人様に憎まれていたんです』
彼の過去語りは、衝撃の告白から始まった。




