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219.忘れ物と、小さくて大切な約束

 やることが積み重なっている。


 まず、リアムへのお土産確保が最優先だ。スノーとマロンが放棄した土地の契約者探し。それからマロンの話を聞いてあげて、ああ……コウコが捕まえた犯人も絞りあげないと。


 指折り数えてみたが、片手が塞がる勢いだぞ。お仕事が順番待ちだった。元ニートに、これはハードスケジュールです。環境の改善を要求したい。オレはリアムのヒモ希望者だぞ。


「リアムに会いたいぃ……」


 魂が抜けるような情けない声で、昼寝用のベッドに転がり込む。東の国の国境にテント村を移動した。ここまでは順調だが、実は大変な忘れ物をしたのだ。


「お前、部下を働かせて何を勝手なこと言ってんだ」


 呆れ顔のレイルに指摘され、頭を抱えて拗ねる。だって、忘れてたのオレだけじゃないもん。コウコやシフェル、レイルだって全員忘れてたじゃんか。


 そう、コウコが折角捕まえてくれた早朝の襲撃犯の、主犯格を忘れたのだ。森の中に蔓で縛り上げて吊るしたまま、放置。捕らえに来たのが人間じゃなく、赤龍の聖獣だった時点ですぐ降伏したらしい。なのに全員綺麗さっぱり忘れて、置いてきてしまった。


 ジークムンド班が腹ごなしの運動を兼ねて、回収に向かった。あと1時間ほどで戻るかな。


「あと1時間くらいか。寝てろ」


 咥え煙草でオレの上に毛布を放る。乱暴なレイルだが、気遣ってくれたらしい。無人になったテントで、足元に丸くなるヒジリとブラウ。スノーはちゃっかり枕元に転がった。コウコは道案内でついていったが、ジークムンドの太い腕に感動していた。確かに子供の胴くらいありそうだよな。


「マロン、おいで。1時間だけど一緒に寝よう」


『いたいけな美少年を毒牙にかける、腐ってる系のアレですな?』


 ニヤニヤしながら突っ込む青猫を蹴飛ばし、にやりと笑った。


「マロンはオレの分身同然だぞ。自分の顔に欲情するナルシストじゃねえよ」


 手招いたマロンが素直に近づき、ベッドの脇で立ち止まった。入りやすいよう場所を開けると、膝からのそのそと上がってくる。でもベッドの端に座って動かなくなった。


「抱っこするぞ」


 手を広げると、ゆっくり近づいて体の力を抜いた。まだ緊張しているマロンを横にして、腕の中に入れたまま引き寄せる。小柄な体を腕に収めるなら、彼の顔をオレの胸元に持ってくるのが一番いい。


「起きたら、ご飯までの間に色々話をしよう……約束だ」


『約束、僕と、約束?』


「そう……やくそく」


 言葉の途中でうっかり眠気に負けた。細めて閉じた目蓋が完全に視界を塞ぐ寸前、にっこり笑ったマロンに……オレはちゃんと笑い返してやれただろうか。






 人の気配に反応して目を開ける。そのまま周囲の状況を音で判断するのは、訓練の賜物だった。敵襲と騒がれれば飛び起きるが、人の気配が増えただけだ。どうやら襲撃犯を回収に向かった連中が戻ったらしい。


「おはよう、マロン」


 きょとんとした顔のマロンに声を掛けると、不思議そうに『おは、よう?』と繰り返した。まさかとは思うが、お前、挨拶すら知らないとか? いや、それはないな。この時間のお昼寝でもおはようを使うのか判断できなかった感じか。


 くしゃっと彼の髪を撫でてから起き上がる。報告が来るなら、そろそろだ。テントの入り口を見ると、ジャックが顔を覗かせた。


「ジークが帰ったんだが……」


 だが? 言い淀むジャックの表情に、何かあったと察する。頭の中でいく通りか想定しながら、靴に足を入れた。立ち上がったオレに、マロンが不安そうに見上げるから視線を合わせる。


「小さい馬になれる? いつものぬいぐるみぐらいの」


 大きさを両手で円を描いて示すと、嬉しそうに頷いてくるんと前転した。その間に小さな馬姿に変化する。んん゛、その変身の仕方可愛いな。


 縦抱っこで抱き上げてテントを出た。曇り空は重そうな灰色で、雨が降りそうだ。肩に前足を掛けたマロンは後ろ向き、揺れる尻尾が尻を支える手を撫でる。ぽんぽんと背中を叩いて落ち着かせながら歩き、帰ってきた連中に声を掛けた。


「お疲れ」


「おう。残念だが遅かった」


 オレが? 問うより早く、目の前に積まれた袋に答えを見つける。これ、死体の収納袋だ。


「全部?」


「1人だけかろうじて生きてた」


 死体袋は血が滲まないよう、内側に加工されている。だから開かなければ死体の状況は分からない。しかしケガ人の状況で、大体の事情が掴めた。魔獣に襲われたのだろう。引っ掻き傷が至るところに血を滲ませていた。


「変だな。そいつ話せる?」


「治療すりゃ、なんとか話すんじゃねえか」


「まだ死んじゃいねえ」


 ジャックやジークムンドの返答に、男の脇に屈んだ。低くなったついでに、マロンを横に座らせた。不安なら裾を掴んでていいぞと言い聞かせる。ぱくりと口で裾を噛む姿は可愛い。真似してスノーが隣でぱくりと噛んだ。こっちも可愛いな。


 ヒジリの治癒をイメージするのは怖いので、温かいものが降り注ぐ光景を思い浮かべながら治癒を施す。魔力は大して使わないらしく、すぐに光は消えた。ほとんどの傷が治っているが、完全ではない。慣れない治癒の割に上手くできた。


 満足しながら質問する。


「なあ、魔獣に襲われたにしては……傷に違和感があるんだけど、何があったの」


「……口封じだ」


 まあ、そうだよね。魔獣に襲われたことにして、雇い主の名を知ってる傭兵を殺そうとした。ここまではよくある話だ。


「魔獣はカモフラージュかな?」


「鴨はよくわからんが、魔獣使いがいた」


 鴨じゃないぞ、カモフラージュだ。


「「「「魔獣使い!?」」」」


 一番食いついたのはレイルだ。心当たりがあるのだろう、ぶつぶつ呟きながらピアス経由で部下に連絡を取り始めた。離れていく彼の後ろ姿を見送り、オレは聞いたことがない単語に唸っていた。


「魔獣使いって」


「「「何? とか聞くんだろ(ぜ)」」」


 声を揃えて先を読まなくてよろしい。後ろに控えるベルナルドが説明してくれた。いつもの知恵袋レイルが離れちゃったからね。


「キヨ様、魔獣使いとは言葉の通り、魔獣と言葉や意思を疎通させる能力を持つ者です……その」


 言いづらそうに言葉を濁すベルナルドに代わり、肩を竦めたジークムンドが後半を引き継いだ。


「差別対象なんだよ。本人相手に言えないが、混じり物って呼ばれるんだ。獣の血が混じった人間以外の生き物って意味だとさ」

 

 胸糞わりい。そう付け足したジークムンドの態度がやけに気になった。まるで周囲にそういう仲間がいるような口振りだ。


「魔獣使いの人って、珍しいの?」


 混じり物という表現が差別用語なら、絶対に使わないようにしないといけない。冗談でも口にしないようにしよう。心に誓いながら、傭兵が口にした方の呼び方を使った。


「ああ、魔力がない人間に多いんだが」


「魔力が、ない」


 あれ? 心当たりがあるぞ。コウコがするりと腕に絡み付いて、首の周りに入り込んだ。温かい場所を求めてだろうが、背筋がぞくっとしたぞ。叱ろうと彼女に手を伸ばしたところで思い出した。


「あっ!」


 戦場で転移魔法陣が使えなかった奴がいる。簡易用だから1人ずつしか転移できなくて、だから本人が魔力を持たない彼はコウコに乗せて運んだ。そうだ、確か名前は……。


「マイク?」


 そんな名前だった。オレの呟きに、舌打ちしたジークムンドが訂正する。


「マークだ」


「あ、ごめん。彼も魔獣が扱えたりする?」


「出来るが、あいつじゃないぞ」


 なるほど。オレが疑ったと思ったのか。言葉が足りなくて申し訳ない。ぺこっと頭を下げて謝った。


「悪い、嫌な言い方した。そうじゃなくて、彼がそうなら同じ魔獣使いの痕跡を追えないかな? と思ってさ。協力を頼みたいんだ。疑ったら頼まない」


「……っ、聞いてくる」


 普段は隠しているのだろう。ジークムンドは群れのボスだから知ってたけど、魔力なしの件もコウコが指摘しなきゃ、オレだって気付かないもんな。


「キヨ様の部隊に魔力なしがいるのですか?」


「いるけど」


 ベルナルドは言葉を選びながら忠告した。


「知る者を限定なされよ。彼らは魔法が使えぬ。捕まれば洗脳され、魔獣使いとして酷使されます」


 それって奴隷じゃん。恐ろしい言葉に、オレは頷くしかなかった。

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